【井上 久男】ホンダで起きていた「内紛」元社長と有力OBが現社長に突きつけた驚きの要求と人事を巡る攻防の中身
急すぎたEV転換で低迷するホンダでは、「49歳の次期社長」が動き出した。一方、日産でも混乱の要因となった社外取締役が相次いで退任。一度は頓挫した「2位・3位連合」に勝算はあるのか?
「蓄電池」「軽自動車」で協業、統合も視野に
ホンダと日産自動車が、電気自動車(EV)向け蓄電池での協業に向けて最終調整している。ホンダと電池大手のGSユアサは'23年にEV向け蓄電池の開発や調達などを担う合弁会社を設立し、滋賀県守山市に建設した新工場が来年から稼働する予定だが、同工場から、日産の軽EV「サクラ」に電池を供給する計画だ。さらに日産はEV「リーフ」への搭載も検討している。
ホンダとGSユアサは蓄電池の合弁プロジェクトに約4300億円を投資する計画で、このうち最大1587億円を「経済安全保障推進法」にもとづき、経済産業省が助成することを決めている。政府が蓄電池を半導体などと並ぶ「特定重要物資」と位置づけて、国内での安定的な供給を目指しているからだ。
現在、「サクラ」や「リーフ」に搭載している蓄電池は中国資本の「AESCグループ」が日本国内で生産したものだが、経産省の「総合的な判断」により、購入時の補助金支給額が下げられている。中国資本の会社が製造した蓄電池を採用していることが影響しているとみられる。
日産がホンダ・GSユアサ側から購入した蓄電池を「サクラ」や「リーフ」に搭載すれば、消費者への補助金支給額は増える見込みで、つまりは、日産にとって販売増につながる可能性がある。ホンダ・GSユアサ側も、供給先が増えることで工場の稼働率が高まる利点がある。
この蓄電池での協業計画は、いわば序曲だ。いま日産と、同社が筆頭株主の三菱自動車が合弁で運営する軽自動車の企画・開発会社「NMKV」にホンダが加わり、3社による軽事業での協業について話し合いが急速に進んでいる。3社の軽事業の統合も、視野に入っている。
若き次期社長が会社を変えている
すでに日産とホンダは8月31日、ソフトウェア・デファインド・ビークル(ソフトウェアで定義される車=SDV)と言われる次世代車の「頭脳」部分を共同開発すると発表。両社はSDVの電子制御ユニット(ECU)や車載OS、車両制御ソフトウェアを共通化することに合意した。これが両社にとって、初の本格的協業となる。
ホンダの三部敏宏社長は、かねてより社内で「将来的にホンダの四輪事業は単独では生き残れない」と説明してきた。その大きな理由の一つが、このSDVに莫大な投資が必要だからだ。協業によって、両社ともに開発投資の負担が軽減できる。
この共通化では、日産が開発したものをベースにするため、知的財産権は日産が持つ。SDVに関してホンダは独自の「アシモOS」を開発していたが、戦略を見直す。ホンダ側が譲歩した格好だ。
この「譲歩」が今後、日産とホンダが協業を進めるうえでの大きなポイントとなる。これまで両社は協業交渉を断続的に進めてきたが、いつも最終的には「総論賛成・各論反対」となり、決着しなかった。背景には、両社の技術陣が自社の開発レガシー(遺産)にこだわってきたことがある。
ここに来て協業交渉が急速に進展している大きな理由は、ホンダ社内の意思決定の在り方が大きく変化しているからだ。とりわけ、今年6月1日付で「司令塔」とも言えるコーポレート戦略本部長に、49歳の四竈真人氏が就任した影響が大きい。
三部氏が担っていた「企業変革責任者」のポストを受け継いだ四竈氏は、6月26日の定時株主総会で取締役にも就き、早ければ来年4月1日付で社長に昇格することが有力視されている。四竈氏は日産との協業を重視しており、ホンダが「四竈体制」に移行すれば、日産との経営統合計画が再燃するのは確実な情勢だ。ホンダ幹部のA氏が打ち明ける。
「社内の一部は来年の社長交代を前提に動いている。若い四竈さんを盛り立てたいという雰囲気が出始めている」
別の幹部B氏によると、四竈氏は「意思決定の速さ」を重視し、社内での報告・会議体制をフラットに改めている点が、現場から好感を持たれているという。
現社長の「暴走」で4239億円の最終赤字
'02年入社の四竈氏はエンジン制御の開発などに携わった後、ホンダのSDV開発の責任者となった。'24年3月に日産とホンダが協業を検討すると発表した後に設けられたワーキングチームでは、SDV領域でのホンダ側のリーダーも務めた。
「よく働き、よく遊んで発想力が豊か」といった社内評もある。日産幹部は「SDVの交渉がまとまったのは、四竈氏のリーダーシップの影響が大きい」と評する。
三部氏の四竈氏に対する評価も高く、「三部チルドレン」の一人と見られている。このため、三部氏は四竈氏に対して「俺の指示通りに動けばいいと指導しているそうだ」と、ホンダ幹部C氏は証言する。逆に、それが社内で不安視され、「暴走しがちな三部社長が四竈氏に誤った指示をしないように、社長の相談相手となるAI(人工知能)役員システムを導入しようとしたら、三部社長が不快感を示したという話が社内の一部で出回っている」(同)。
三部氏がEVへの過剰投資を進め、その軌道修正が遅れたことで、ホンダは'26年3月期決算では上場以来初となる4239億円の最終赤字に陥った。確かに三部氏は、他人の意見に耳を傾けることよりも、先頭に立って自分の思いを遂げることを優先し、社内では「暴れ馬」とも評される。'21年の社長就任時の会見では「私は激動期に向いているタイプ。むしろ安定した時代だとやる気が出ない」と言い放ち、大企業病に陥ったホンダの経営を変えようとした。評価できる部分もあるが、EV戦略では結果として「暴走」につながった。
実は今回、四竈氏が重要ポストに就いたのも、三部氏の経営に反発する幹部が今春起こした、「クーデター未遂」事件が影響している。
取締役のクーデター未遂
筆者は今年4月上旬、「ホンダ社内でOBが関与する内紛が勃発し、一部の役員がやる気を失い始めている。日産よりひどい状態だ」との情報を得た。取材を進めると、次のような構図が見えてきた。
EV戦略の失敗を受け、元社長の川本信彦氏と元副社長の雨宮高一氏が4月9日、都内のホテルで三部氏に会い、辞任を迫った。その時点ですでに、有力OBと一部の取締役が同調して「三部降ろし」に動いていた。トップ人事を決める指名委員会でも、三部氏の辞任を迫る動きが加速したが、指名委員長の國分文也氏(丸紅名誉顧問)が三部氏を守った-。
「反三部勢力」が次にターゲットにしたのが、三部体制の「官房長官」と言われた執行役常務コーポレート戦略本部長の小澤学氏だった。三部氏は小澤氏を守り切れず、氏は急遽退任に追い込まれた。その後も人事を巡る攻防戦があり、最終的に、後任の同本部長には次期社長含みで四竈氏の起用が決まった。
ホンダの今年4月以降の執行体制と6月の株主総会に諮る取締役人事案は、すでに2月に発表されていた。にもかかわらず、5月14日に追加で小澤氏の退任と四竈氏の取締役就任案が発表されたこと自体、ホンダ上層部で異変が起きていたことを物語る。
こうした内紛を経て、ホンダ社内は「経営の立て直しがまずもって最優先されるべき」という方向でまとまりつつある。これが現在、業績面でのシナジーが期待できる日産との協業交渉を加速させている一つの要因でもある。
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取材・文/井上久男(いのうえ・ひさお)/ジャーナリスト。'64年生まれ。大手電機メーカーを経て朝日新聞社に入社。経済部で自動車産業などを担当し、'04年に独立。『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』ほか
「週刊現代」2026年9月28日号より
