学校の先生“だから”子どもを持ちたいと思えない/『今世は母になりません』

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結婚するかしないか、子どもを産むか産まないか。女性に選択肢が増えたからこそ悩む時代。現在発売中の月岡ツキ『今世は母になりません』(太田出版)は、子どもを持たないことを選択した既婚女性11人の本音に迫るノンフィクション。今回は特別に、本書から【森 杏奈さん(35歳・中学校教員)】のエピソードを抜粋してお届けする。

「子どもと接する職業ゆえに、産みたくない」 森 杏奈(35歳)中学校教員

 森 杏奈さん(仮名/35歳)は地方都市の某県在住、公立中学校の教員をしている。結婚して6年目になる同い年の夫との関係は良好であるものの、「ひとりくらいは子どもが欲しい」と言う夫と、「子どもを持ちたいとは思えない」と考える杏奈さんの議論は平行線気味。子どもを教育する仕事をしている杏奈さんは、なぜ自身の妊娠・出産に踏み切れないのか。話を聞くと、教育現場で働いているからこそ感じる、子育てへの解像度の高い不安が見えてきた。

学校の先生”だから”子どもを持ちたいと思えない

 私が教員になろうと思ったのは、もともと国語が好きだったからでした。生徒に国語を教えることをやってみたくて。なので、「子どもが好きなので教師になった」わけではありません。中学生だと「子ども」というよりは半分大人みたいなものですし。

 実際教師になってみて、国語を教える仕事はとても楽しいです。でも、それって中学校教員の仕事の中の2割くらいでしかないんです。あとの8割は生徒同士のトラブル対応や保護者の対応。それが本当に大変です。

 今の生徒はみんなスマホを持っていたりSNSをやっていたりするので、そこで人間関係がこじれてしまい、保護者がSNSのスクリーンショット画像を持って学校に駆け込んでくることもしょっちゅう。夜遅くまで話すこともあります。

自分の子は、クラスでどの立ち位置になるのだろう

 学校教育も、子どもの「多様性」や「個性」を大事にするという方針になりつつありますが、クラスメイト35人の生徒の個性や特性を尊重しながら担任ひとりで見るというのは無理がありますし、落ち着きのない生徒や暴れてしまう生徒がいるとクラスも荒れてきて、さらにトラブルが増えて……悪循環です。

 赤ちゃんや小さい子どもはかわいいですが、大きくなって自我が芽生えてくると「かわいい」だけでは対処できないことが増えてくるのを感じています。友達のSNSで幼い子どもの写真を見ても、かわいいなとは思いつつ「大変なのはこれからだよなぁ」などと思ってしまうこともあります。

 こんなふうに、一筋縄ではいかない子育ての現状を目の当たりにする環境にいると、「もし自分の子どもがいじめに遭ったらどうしよう」「自分の子どもは、クラスでどの立ち位置になるの?」などと考えてしまい、子どもを持ちたいとは思えなくなってしまいました。

 結婚当初は、「子どもが欲しい」気持ちも少しはあったと思います。数字で言ったら50%くらいかな。でも、30代という仕事にもある程度慣れてプライベートも充実してくるタイミングで、だんだん「今、子どもがいたら大変かも……」と思うようになり、50%あった気持ちが薄れて、今は10%くらいしか残っていません。

 たまに幼い姪や甥と遊ぶと楽しいし、そういうときは「子どもがいたらかわいいかも」と思わなくもないんですが、遊び続けるとめちゃくちゃ疲れるので、正直2時間が限界。産んだらこれが24時間続くのかと思うと、「やっぱりいらない」と思ってしまいます。

 よく「子育てすると人生をもう一度体験できる」みたいなことを言う人がいますが、私自身は子どものころや思春期があまり楽しくなかったので、もう一度体験したいとは思いません。ずっと「早くおばあちゃんになりたい」と思っていたくらい嫌でした。

 教室で無視し合ったり、嫌い合ったり、今教えている生徒たちがしているようなことを自分も経験してきました。親に対して、「こんなに嫌な気持ちになるのに、なんで私を産んだんだろう」と思ったこともあります。

 そんな嫌な思いを自分の子どもにさせたくないし、もしいじめに遭ったり不登校になったりして、あのころの私みたいに「なんで産んだの?」って言われたら……何も言い返せません。

夫は「子育てってメリットしかないでしょ」と言うけれど

 夫も、結婚当初はそこまで真剣に子どもについて考えていなかったようですし、想像で「子どもがいたらこんな感じかなぁ」などと話すことはあっても、具体的な話はしてきませんでした。それが最近になって「ふたりも楽しいけど、子どもがいたらもっと生活にメリハリがつくんじゃないか。やっぱり、ひとりくらいは欲しい」と言うようになったんです。

 平日はお互いずっと仕事で、土日もそれぞれ好きに過ごすこともあれば、ふたりで出かけたりすることもあるという、いわばルーティーン化した日常にスパイスが欲しい、という理由のようです。年齢もお互い35歳なので、子どもを望むなら早いほうがいい、という焦りもあるのでしょうか。

 あとは、夫のまわりには「独身」か「既婚子持ち」の友人・知人しかおらず、「既婚子なし」がいない、というのもあるかもしれません。地元の同級生と集まったとき、みんな親になっていて自分だけ子なしだった、と言っていました。夫の気持ちもわかるけど、子どもを産んだら引き返せないし、スパイスどころの変化では済みませんよね。

 それに、もし健康に生まれてこなかったら、何か障がいがあったら……。私の不安を伝えてはいますが、話し合いは平行線です。夫の趣味はバスケとキャンプなので、「子どもが生まれたら自由に行けなくなるんだよ」と言っても、あまりピンときていないようです。

 もし子どもが生まれたとしても、私も働いているので育児も家事も平等に分担したいんです。夫は「手伝う」と言っていますが、「手伝う」じゃないだろ、と。どうしても私の負担が多くなることは目に見えています。

 まだ見ぬ子どもに対して私は不安だらけなのに、夫は「メリットしかないでしょ」と言っています。たぶん、夫のまわりの親になった男友達たちはそこまで育児を負担に思っていなくて、そういう様子を見て、夫も楽観視しているのではないかと思います。でもそれって、もしかすると妻側に負担が偏っているから、夫側から見たら「メリットしかない」ように見えているだけなんじゃないですかね。

 たとえば男性が友達と遊びに行くとき、「ごめん、預けられなくて」って子どもを連れて行くことってそんなにないですよね。女性の友達同士だとそういうことはよくあるのに。たぶん、妻側がいろいろとカバーしているから、父親たちが「楽しそうに育児してる」ように見えているだけ。

 学校で起こる生徒のトラブルについて夫に話すこともあるんですが、「たいしたことではない」と思われている節があります。

 たとえば、禁止されているのにスマホを学校に持ってきた生徒を指導したという話をすると、「そもそもスマホを学校に持ってきちゃいけないのってなんで?」「根本的にルールを見直したほうがいいんじゃない?」といった反応で。物事について「論理的に考えて対処すれば簡単に解決できる」という考え方をする人なんです。実際子どもと対峙すれば、論理ではどうにもできないことってたくさんあると思うのですが。

 子どもの勉強に関しても、私は教室で勉強についていけない生徒がいかに苦しい立場にいるかを見ているので、「自分の子どもが生まれたら勉強ができる子になってほしい」と思ってしまうのですが、夫は「勉強ができなくたっていい。テストが60点だっていいじゃないか」と言います。

 もちろん、テストの点数が低くても「いい子」はいます。でも、勉強についていけない生徒が人間関係でも苦労するケースを見てきましたし、生きづらい思いをしているのを見ると、もし自分の子どもが生まれたらなるべく賢くなってほしいと願ってしまうのですが、それも夫はあまり理解してくれないようです。

 私も、教師の仕事をしていなかったらたぶん、子どもを作っていたと思います。職業のせいにするつもりはありませんが、「(子育てにおける)〝大変なもの〞が見えてしまったこと」は、子どもを持たない理由のひとつでしょうね。もし自分の子どもが学校にうまくなじめなかったり、まわりの人に迷惑をかけたりしたら、申し訳ないと思ってしまうんです。

出産したら、朝礼で拍手&お祝い金

 前に働いていた学校では、結婚しているということを伝えると「じゃあ子どもをバンバン産まなきゃね!」と言ってくる先生がいました。今の学校では「子どもはまだ?」などと聞かれることはありませんが、同僚の先生自身やその配偶者が妊娠・出産されると、朝礼で手を挙げて「〇〇先生、第2子ご誕生です!」みたいな感じで教員全員に報告され、全員で拍手するという文化があって、それがすごく嫌です。

 報告と拍手にとどまらず、毎月「親睦会費」として徴収されているお金から、結婚や出産した先生(配偶者が出産した男性の先生も含む)にお祝いとしていくらか渡すという決まりもあります。今の学校は月にひとり5千円徴収されて、体育祭や文化祭などの教員の打ち上げ費用などにも使われていて、余ったら年度末に戻ってくるのですが、結婚や出産のお祝いが多いとお金が戻ってこない年もあります。

 教員同士の親睦会なんて年に何度もあるわけではないのに、年間6万円も取られるのは財布に厳しいですし、私は今の学校にいるときに結婚したわけではないので、ずっと払いっぱなしです。

 おめでたいことですし、出産に関してはまわりが仕事をカバーするために報告は必要だと思いますが、みんなで拍手したりお金を徴収したりすることに、なんだかモヤモヤしてしまいます。人知れず不妊治療をしている先生や、ずっと独身の先生はどんな気持ちなのでしょう。

 そもそも、職場が「結婚したら子どもがいるのが当たり前」「子どもが欲しいと思って当たり前」という空気なので、「あえて子どもを持ちたくない」という人の存在は見えていないのかもしれませんが。

子なしは蚊帳の外? 職場に感じる不満

 今の職員室では、私の席の両隣と正面にいる先生、全員が子持ちです。お子さんの発熱などで学校を休んだら、私が代わりに授業をしています。やむを得ないことだと思いつつ、それが賃金や評価に反映されることはありません。

 言いにくいですが、子なしは蚊帳の外だと感じることもあります。たとえば、子持ちの先生たちは朝からずっと子育て談義に花を咲かせていて、「今朝もご飯を食べてくれなかった」とか「あの育児グッズがよかった」とか、すごく盛り上がっています。

でも、挟まれている私は何も言えないし、苦笑いするしかなくて、いづらくなって席を立つことがしょっちゅうです。

 でも、そんな先生たちを見ると、やっぱり大変そうだなとは思います。いつも時間に追われて慌てていたり、見るからに疲れ切ってイライラしていたり。自分に時間をかけられなくなるってすごく嫌だなと思ってしまいます。

 ショッピングモールなどへ行くと、お子さん連れの方をたくさん見かけますが、「うらやましい」とか「やっぱり子どもが欲しい」と思うことは、正直まったくないんです。むしろ子どもがぐずったりして親が困っているところを見て「私は身軽でよかったな」と内心思ってしまうくらい。いつも職場で子持ちの同僚に対して、肩身の狭い思いや損な役回りをしているから、反抗心が芽生えてしまうのかもしれませんが。

 友達の出産報告を聞いても、もちろん「おめでとう」という気持ちはあるけど、「これから大変なんだな」という気持ちが勝ってしまいます。我ながら嫌な感じですが、「子どもがいる人がうらやましい」という感情が湧かないんです。

「圧倒的マイノリティ」でい続けることへの不安

 同い年の夫とは、友人の紹介で出会って交際し、大事にしている価値観や倫理観が似ているところに惹かれて結婚しました。前に付き合っていた人がお酒にだらしなかったので、生活習慣が整った暮らしを一緒に作っていける人がよかったんです。

 最初はささいなことでケンカもしましたが、結婚して6年も経って、ようやく落ち着いてお互いを受容し合えるようになりました。ここに子どもがいたら、きっと育児のことでまたケンカをするでしょうし、お互い成長しながらまた関係性を築き直さなきゃいけないのかと考えると、気が遠くなります。

 職場でも「仕事が忙しくて子どもとの時間が作れず、妻の気持ちが離れてしまい、離婚寸前」という男性同僚の話を聞きました。子どもを作るって、果たして夫婦にとっていいことなんだろうか? 子どもが原因で悪化する夫婦仲もあるのでは? などと考えてしまいます。私は夫との安定した関係に満足していて、このままでいいと思うのですが、夫にはこの安定感がちょっと物足りないのかもしれません……。

 ただ、私も「子どもを持ったほうがいいのではないか」と思う瞬間がないわけではありません。このまま既婚子なしという「圧倒的マイノリティ」でい続けることが本当にいいのか? 身体的に出産が難しい年齢になったとき、産まなかったことを後悔しないのか? と考えてしまう日もあります。

 そんなときは、50代のDINKsの方のブログを読んだり、関連する本で情報収集したりして不安を抑えていますが、完璧に割り切れたわけではありません。もし夫が「やっぱり絶対に子どもが欲しい」と強く望むようになったら、実際に授かれるかはわかりませんが、たくさん話し合った上でそういう方向で動くかもしれません。

 逆に、夫が「やっぱり子どもはいらない」と言ってくれたら、私は正直安心する気がします。もう子どもの話をしなくて済むから。私は夫とふたりで過ごしたり、おしゃべりしたりするのが楽しくて、今の暮らしに心から満足しているんです。

 私たち夫婦の共通の趣味は旅行で、年に1回は海外旅行をしたり、連休があれば国内もあちこち行ったりして、とても楽しいです。子どもができても旅行にたくさん行っている人はいますが、子どもが小さいうちは目的地や移動手段に制約ができて、大人が100%楽しむ旅行はできなくなるでしょう。

 旅行以外でも、休日はふたりでゆっくりNetflixを観たり、ひとりで気ままにショッピングしたり、夫はバスケの試合に行ったりと、お金と行動の面で自由度高く過ごせるのが、子なしのいいところです。
 どうしたら夫との話し合いが着地するのか、どうしたら「後悔すること」への不安が解消されるのかはまだわかりませんが、もっと「子なし」を望む人の存在が世の中に受け入れられるようになったら、今より生きやすくなるのではないかと思います。

インタビュー後記(文:月岡ツキ)

 子どもや保護者と関わる機会が多い人ほど、子育てのネガティブな面がよく見えてしまい、親になることを躊躇する、というのはしばしば聞く話である。しかし職業柄、そういった思いは吐露しにくい、とも。

 杏奈さんの夫が「生活に変化が欲しいから、子どもが欲しい」「メリットしかない」と言えるのは、そういったネガティブな面に遭遇するシーンがあまりなかったからなのかもしれない。以前と比べれば男性の育児参加は進んできているけれど、出産・育児で心身ともにダメージを受けたり、仕事や私生活に影響が出たりという「デメリット」を受け入れているのは、やはりまだまだ母親の側が多いだろう。

 そして、そういったデメリットは「母親が働く職場」も受け入れざるを得なくなる。子どもの用事で仕事を休む役割が母親側に偏れば、その職場の誰かがいつもカバーに回る必要が出てくる(おそらく、そのほとんどが無給で)。誰かにとっての「メリットしかない」育児は、ほかの誰かが代わりにデメリットを担い、偏った負担をしているからそう見えているに過ぎないのではないか。

 そして、〝負担を受け入れる側〞は透明化されやすい。杏奈さんの夫が子育てに「メリットしかない」と言えてしまうことと、杏奈さんが職場でいつも損な役回りをしていることは、問題の根は同じであるような気がした。

 子どもが嫌いなわけでも、子どもを育てている人が嫌いなわけでもない。それでも、「自分のような生き方が想定されていない」と感じる場所に身を置くことはつらいし、マジョリティに対して嫌な気持ちを抱くこともあるだろう。

 杏奈さんは「子なしを選択した人と話したい。まわりにあまり話せる人がいない」とインタビューに応じてくれた。「子どもを持たない選択」についてはまだまだ口にしづらい空気があるし、人に話せないから、より孤立感を抱いてしまう。

 結婚する・しない、子どもを持つ・持たない。人生の選択において優劣がないのであれば、なぜ一方は肩身が狭くなるのか。そうさせるものは何か。そんな視点を忘れないでいたい。

【9/26 (土)】『今世は母になりません』刊行記念

月岡ツキ×よしの トークイベント
「となりの芝生はソーブルー」Podcast公開収録【番外編】
2026年9月26日 (土)
18:00~19:30(開場17:40~)
青山ブックセンター本店 大会場
https://aoyamabc.jp/collections/event/products/9-26-2026

子どもを持たない人生にも、持つ人生にも、それぞれの大変さがある。私たちはそれぞれの選択をしたあと、何を思い、何に悩み、どんなふうに生きていくのか。

新刊『今世は母になりません』を入り口に、子どもを持つこと、持たないこと、母になること、ならないことについて、ふたりがそれぞれの立場から率直に語ります。

書誌情報

『今世は母になりません 子どもを持たない私たちの本音と幸せ』
著=月岡ツキ
価格:1800円+税
仕様:四六判/192ページ

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書籍情報(太田出版Web)
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Credit:
文=月岡ツキ