同級生にイジメられた「3軍女子」→男子11人に告白されて“モテまくり”…八丈島出身の人気セクシー女優が語る、中学時代に「人生が変わった」ワケ〉から続く

 調理師免許を持ち、シェフとしても活動しているセクシー女優の川越にこ。

【衝撃画像】「彼氏に1日6回も“行為”を求められた」川越にこさんの“可愛すぎる女子高生時代”を写真で見る

 6月に発表した3冊目の写真集『TRITON』(徳間書店)が好評を博している彼女に、脅迫状まで届くというSNSを中心にした誹謗中傷借金を抱える恋人を助けようとしてはまり込んだマルチ商法、恋人からのデートDVの数々などについて、話を聞いた。(全5回の3回目/4回目につづく)


川越にこさん ©細田忠/文藝春秋

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料理動画に「汚い手で食べ物に触るな」というコメントも

--今の仕事を始めてから嫌がらせを受けることが多いそうですね。

川越にこ(以下、川越) そうなんです。SNSも酷くて、私が投稿したものに対して「匂わせ」的な嫌がらせをされることもありますね。

--誹謗中傷も多いですか。

川越 この前、料理動画がバズったときには「汚い手で食べ物に触るな」というコメントが来ました。私がこの仕事をしていることへの偏見からくる言葉です。

--川越さんがいる業界は汚れているというわけですか。

川越 ええ。それを遠回しに言われたのですが、アンチコメントはファンの方々がすぐに論破してくれて。こちらとしては、「むしろ話題にしてくれてありがとう」ですね。

--もう動じないと。

川越 そこは「嫉妬されるってことは、相手は負けを認めたってことなんだよ。あなたには、あなたにしかないスキルがあるんだから、むしろ強気でいきなさい」という中学の担任の先生に掛けてもらった言葉があるので。なにかされるたびに「よっしゃ!」って思います。

「もう学生じゃない。タレントみたいだね」島を活性化させる活動に取り組んた高校時代

--その担任からの言葉や体育の先生への恋をきっかけに中学はポジティブになって、高校時代は島を活性化させる活動に積極的に取り組んでいたそうですね。

川越 高校の校長先生と仲良くなって、学校外で島を活性化させるプロジェクトをたくさん立ち上げました。

 例えば、八丈島の給食に出す新メニューを開発するために、保育園から中学校までの全生徒にアンケートを取ったり。自分で企画書を書いて、各学校の校長先生にお願いして回ったんです。

 ハワイや小笠原諸島との交流事業で、高校の代表として派遣されたりもしました。そうやって島の人たち、外の人たちとつながっていって、ある日突然、60万円を渡されて、「このお金で、1か月後にやる音楽フェスに屋台を出してよ」と言われたり。

 そういうことをやっているうちに、周りからは「なんかもう学生じゃない。タレントみたいだね」って言われるようになりました。

「お金をすべて渡してしまった」高校時代に借金まみれの男性と交際→マルチ商法に引っかかり…

--そんな充実した高校生活の一方で、人生を狂わされた男性との出会いもあったとか。

川越 借金まみれの男性と付き合ってしまったんです。髪をピンクに染めて、ピアスをたくさん開けていて、そんな人は島で唯一だったんですよ。真面目な型にはめられて育ってきた私には、彼が持っているものがすごく魅力的に見えて。

 完全に沼ってしまいました。彼は東京で働いていたんですけど、借金を抱えて働けなくなって島の実家に逃げ帰ってきてたんです。

 沼った挙句、それまで貯めていたお金を、彼の借金返済のためにすべて渡してしまいました。当然、手元のお金はなくなるじゃないですか。そこから「ヤバい、お金を取り戻さなきゃ」と思って、ネットでいろいろ検索して、マルチ商法に引っかかってしまって。

--男沼とマルチ沼の両方にどっぷりと。

川越 はい。しかも、そのマルチでお金を失って、また別のお金儲けの話を探したら、それもマルチで。そういうことが4件くらい続いて。

--島で育った純粋さから、人を疑うことを知らなかった。

川越 そうなんです。全部、クリーンに聞こえちゃって。「これをやれば稼げるんだ」「この入会金を払えば仲間に入れるんだ」って。気づいたら、貯金はほとんどゼロになっていました。

 パニック障害のようになって、ご飯も食べられなくなりました。味覚もなくなってきて、震えも止まらなくなって。でも、誰にも相談できなかったんです。おじいちゃんおばあちゃんには絶対に言えないし、友達にも言えない。ある日、家で倒れて、自衛隊のヘリコプターで緊急搬送されました。

 卒業式の直前だったんですけど、東京の病院に1か月間入院しました。

「1日6回くらい、ひたすら口で…」AV好きの高校生の彼から受けた壮絶なデートDV

--高校時代は、そのピンク頭以外の男性とも壮絶な恋愛をされたそうですね。

川越 初めて付き合った彼ですね。別れてから気づいたんですけど、実は遠い親戚だったんですよ。その彼が、AVが大好きな高校生で。

 お互い初めてだったんですけど、彼の中ではAVでやることがセックスのすべてだと思っていたみたいで。今思えば、この経験が今の仕事につながっているのかもしれません。

 私がうまく感じられないと、1日6回くらい、ひたすら口でさせられたり。「手はこう!」「角度はこう!」みたいに、細かく指導されて。

--デートDVじゃないですか。

川越 そういうことをするのは、彼の親が近くにいるキッチンとか、畑や森の中、海とか。この仕事をしていて「ああ、彼がやりたかったのはこういうシチュエーションだったのか」って気付きました。

 私は実家暮らしだったので彼を家に呼ぶことはできず、どんなにバイトで疲れていても、夜中にバイクを走らせて会いに行っていました。大嵐の日でも、何十キロも離れた山奥にある彼の家まで。着いたらすぐにセックスか口でさせられるだけでした。

「私はただ彼の欲求を満たすための道具だった」彼氏と別れた“きっかけ”は?

--どこかへ遊びにいくようなことは。

川越 なかったです。彼との記憶は、それしかありません。でも、当時はそれも一種の愛情表現なんだと思っていました。

 そんな毎日を送っていたんですけど、ある日、「俺の家に来るってことは、そういうことだからね」と言われて、「ああ、私はただ彼の欲求を満たすための道具だったんだ」と一気に冷めてしまって。「そこに愛はなかったんだな」と気づいて、別れました。

--噂が原因で別れることになった彼氏もいるそうですね。

川越 その彼は幼なじみだったんですけど、私が家に帰る途中、たまたま別の男の子と一緒に歩いていたんです。それを後輩が見て写真を撮って、「あいつ浮気してるぜ」って島中に広めて。

 私はそんな噂のことはなにも知らないまま、夜中に彼から山奥に呼び出されて。「浮気するようなやつとは付き合えない」って、一方的に振られました。

 理由も聞かせてもらえず、私は歩きなのに、彼は自転車で走り去ってしまって。寒い12月の夜の山奥に、1人置き去りにされました。

東京の調理師専門学校へ進学、実技でトップを争い嫉妬の嵐

--高校卒業後に上京して、調理師専門学校に。

川越 本当はイルカの調教師になりたかったんです。でも、すごく現実的に将来のことを考えてしまって。もし調教師になれたとして、怪我をしたらどうなるんだろう、60歳になったらどうなるんだろうって。次のキャリアアップが見えなかったんです。

「じゃあ、一番長く続けられる仕事って何だろう?」と考えたときに、祖父母のお店が思い浮かんで。飲食店なら、おじいちゃんおばあちゃんみたいに最後まで続けられる。

 調理師免許を取れば、先生にもなれるし、研究者にもなれる。海外にも行けるし、家族にご飯も作ってあげられる。すごく夢があるなって。

--もともと料理をするのは好きだったのですか。

川越 はい。小学生のとき、私をいじめていた子たちを家に呼んでご飯を作ってあげていました。腹は立っているのに、誰かに食べてほしくて。「嫌いなヤツにでも食べさせたい」と思うくらい、人に振る舞うのが好きだったんですよ。

 高校時代も、3年間毎日違うお弁当を作っていました。それもあって、自分は料理が得意なのかもしれないと感じていましたね。

--池袋にある専門学校に通っていたそうですね。

川越 関東で一番大きい調理師専門学校に行ってました。専攻は西洋料理で。和食も良かったんですけど、洋食はアートだと思っていて。日本料理よりも先に海外のことを知ってから、日本のことを学びたいという気持ちがありました。

 実技の成績はトップクラスでした。生徒が1000人くらいいる中で一番優秀なAクラスに入って、その中でもトップを争うくらい。勉強も、そこから頑張るようになりました。校長先生とも仲良くなって、また嫉妬の嵐でしたけど。

撮影=細田忠/文藝春秋

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(平田 裕介)