「シートの配置が悪い」JR座席をカッターで切りつけた50代男性、法廷でぶちまけた鉄道会社への不満
JR西日本の車両の座席シートをカッターナイフで傷つけたとして、器物損壊の罪に問われた50代男性に対し、大阪地裁は9月2日、拘禁刑7カ月(求刑:拘禁刑1年)、執行猶予2年の有罪判決を言い渡した。
起訴されたのは2件だが、JR西日本が把握している同様の被害は300件を超えていたという。すべてについて、被告人の犯行と裏付けられたわけではなく、裁判の対象にもなっていない。ただ、被告人自身は起訴された2件以外にも、繰り返し座席を傷つけたことを認めている。
被告人は鉄道に詳しく、利用していた路線の運行形態や車両の内装に強い不満を抱いていた。法廷では、なぜ座席にカッターを向けるようになったのか、その胸の内を語った。
一方で、余罪分を含めてJR側に900万円を支払って示談を成立させたことなどが考慮され、判決は検察官の求刑から5カ月短い拘禁刑7カ月となった。
法廷で語られた犯行の背景と、裁判所が酌量した事情とはどのようなものだったのか。(裁判ライター・普通)
●事件をきっかけに無職となった被告人
被告人は50代後半の男性。身柄は拘束されておらず、スーツ姿で入廷した。決して小柄ではないが、事件への申し訳なさからなのか、終始縮こまっているように見えた。
人定質問で職業を聞かれると、「今は無職です」と答えた。この事件を機に、長年勤めていた会社を退職していた。
起訴状によると、被告人はJR西日本の車両の座席シートをカッターナイフで切りつける行為を2度にわたっておこない、計3万6000円の損害を与えた。
被告人は2件の起訴内容を認めた。
●反省文からにじんだ被告人の「不満」
検察官の冒頭陳述などによると、被害に遭ったのは、被告人が通勤で利用していた路線の車両だった。
被告人は、その路線の運行形態や車両の内装などにかねて不満を抱いていた。事件の4年ほど前から、仕事や家庭でのストレスも重なり、その鬱憤を晴らすようにカッターで座席を傷つけるようになったという。
弁護人が証拠として提出した被告人の反省文には、被害を受けたJR側への謝罪とともに「ロングシートからクロスシートになり許せない気持ちであった」「シートの配置が悪いと思って繰り返してしまった」「身勝手な正義感で」といった言葉も記されていたという。
JR西日本は座席への被害を把握していたが、警察への被害申告に至るまでには約3年を要した。
被害に遭った車両の運行状況や利用者のIC乗車券の履歴、防犯カメラの映像などをさかのぼり、緻密な調査を重ねたという。その間、同種とみられる座席シートへの被害は320件にまで膨らんでいた。
●「中古車両が多い」「遅延が多い」法廷で語った不満
被告人質問では、被告人自身が犯行当時の状況を語った。
当時、仕事が多忙を極め、後にうつ病と診断されるほど精神的に追い詰められていたという。同じ時期に16年間連れ添ったペットが亡くなり、さらにコロナ禍も重なって、ストレスを抱え続けていた。
そして、日々利用する鉄道への不満も募らせていた。
通勤に使っていた車両の座席が、それまでのロングシートからクロスシートへと変わった。被告人は、それによって通路が狭くなり、通勤時間帯に乗客同士が接触してトラブルになることもあったため、通勤車両には不向きだと感じていたという。
このほか、「冷房車が少ない」「中古車両が多い」「遅延が多い」など、それまで抱えていた不満を次々と法廷で明かした。
相談窓口に意見を伝えることも考えたが、過去の経験から「マニュアル的な回答しか返ってこないだろう」と考え、諦めたという。
もちろん、そうした不満が座席を傷つける行為を正当化するものではない。
被告人は「現場で座席の手配をした人、交換をした人に余計な手を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」と謝罪した。
ただ、その言葉がJR西日本という会社ではなく、現場で対応した人たちに向けられていたことからは、会社に対してはいまだ割り切れない思いを抱えているようにも感じられた。
●退職金などから900万円を弁償
被告人は現在も精神科への通院を続けている。
事件を経て、自身がストレスをためやすく、一つのことに執着しやすい性格であることを認識したという。精神科医にも事件について伝え、二度と同じような犯行をしないと誓った。
被害弁償もおこなった。起訴された2件の被害額は計3万6000円だったが、起訴されていない被害も含め、JR側に900万円を支払って示談した。
被害総額は明らかにされていないが、全額を補填したわけではないという。被告人はJR側が譲歩してくれたことへの感謝を述べた。
●再就職を目指しながら90代母を介助
決して経済的に余裕があったわけではない。
900万円は預金と、36年間勤めた会社から受け取った退職金で工面した。会社からは、本来であれば懲戒処分となり得る事案だったものの、それまでの貢献などを踏まえ、依願退職として扱われ、退職金も支給されたという。
被告人は会社への感謝とともに、技術者として十分な引き継ぎができないまま退職することになった申し訳なさも口にした。
50代後半で再就職を目指しながら、90代の母親の生活を支えていくことに不安もあるという。その母親も、被告人の生活改善に協力する旨を記した嘆願書を裁判所に提出した。
被告人は、迷惑をかけながらも周囲に支えられていることを強く意識し、二度と同じ過ちを繰り返さないと語った。
●求刑1年から「7カ月」に軽減された理由
大阪地裁が言い渡したのは、拘禁刑7カ月、執行猶予2年。検察官の求刑は拘禁刑1年だったため、刑期は5カ月短くなった。
裁判官は量刑の理由として、経済的に余裕がない中、起訴されていない被害分も含めて高額な弁償をしたことについて、財産犯である本件では十分に考慮すべき事情だと指摘した。
また、被告人なりに犯行に至った原因を振り返るなど、反省が深まっていることも評価した。
最後に裁判官は、被告人にこう語りかけた。
「審理を通じて真面目な性格だと感じました。今後の生活に不安もあるかと思いますが、技術者としての評価もあるようですし、まだまだ社会で活躍されることを期待しています」

