(※写真はイメージです/PIXTA)

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長年仕事中心の生活を送ってきた夫婦にとって、退職は生活のリズムが大きく変わる節目です。それまで朝と夜しか顔を合わせなかった夫婦が、突然一日の大半を同じ家で過ごすようになることもあります。そうした生活の変化をきっかけに、それまで見えにくかった互いの生活習慣や考え方の違いが表面化することもあります。

昼食の時間まで気にする日々…退職後に変わった夫婦の距離

「退職したら、しばらくゆっくりしたいと思っていたんです」

隆夫さん(仮名・62歳)は、約38年間勤めた会社を60歳で退職しました。

退職金は約2,600万円。住宅ローンは数年前に完済し、妻の裕美さん(仮名・60歳)との間には別に約1,200万円の預貯金があります。子ども2人もすでに独立していました。

隆夫さんは退職後、再雇用を選びませんでした。

「ずっと忙しかったから、少しくらい何もしない時期があってもいいだろうと思っていました」

一方、裕美さんは週3日パートに出ています。友人とのランチや習い事など、夫が仕事をしていたころから自分なりの生活リズムを作っていました。

退職して間もないころ、裕美さんから言われた一言があります。

「今日も家にいるの?」

何気ない言葉だったのかもしれません。それでも隆夫さんには引っかかりました。

朝食を終えてテレビを見ていると、「掃除したいんだけど」。昼前になると、「お昼どうするの?」。午後にリビングで本を読んでいれば、「ずっとそこにいるの?」。

次第に隆夫さんは、妻が家にいる日は図書館やショッピングモールへ出かけるようになりました。

「今日は何時ごろ出かけるの?」

裕美さんにそう尋ねてから、自分の予定を決めることも増えました。

「退職してから、妻の顔色ばかり見ていました。自分の家なのに、いていい時間を確認しているような気分になっていたんです」

ただし、裕美さんにも言い分がありました。ある日、些細なことで口論になった際、裕美さんはこう言いました。

「あなたは退職して突然家にいるようになっただけでしょう。でも私は35年間、この家のことをやってきたの」

子どもが小さいころも、隆夫さんの帰宅は遅く、休日出勤も珍しくありませんでした。学校行事や家事の多くを裕美さんが担ってきたといいます。

「あなたが好きに仕事できたのは、誰が家のことをやっていたからだと思っているの?」

厚生労働省『令和7年人口動態統計(確定数)』によると、2025年の離婚件数は17万9,068組。そのうち同居期間20年以上の離婚は3万9,886組で、長期間連れ添った後に離婚する夫婦も一定数存在します。

隆夫さんも最初から離婚を考えていたわけではありません。それでも、「これから毎日、この空気のなかで暮らすのか」と考えることが増えていきました。

「このまま20年暮らせるのか」35年目に出した夫の答え

退職から約2年後のことです。隆夫さんは友人から3泊の旅行に誘われました。久しぶりに気兼ねなく過ごせると楽しみにしていましたが、裕美さんに予定を伝えると、思いがけない言葉が返ってきました。

「旅行に行くのはいいけど、帰ってきたら少しこれからのことを話さない?」

「これからのことって?」

「このままずっと、2人でこうやって暮らしていくのかなって」

隆夫さんは、その言葉に戸惑いました。裕美さんは続けます。

「あなたが退職してから、私もずっと息苦しかった。毎日お昼をどうするのか気にしたり、出かけようとすると予定を聞かれたり。あなたは私の顔色を見ていたって思っているかもしれないけど、私も同じだったよ」

隆夫さんにとって、それは意外な言葉でした。自分ばかりが家で居場所を失っていると思っていたからです。

「だったら、別々に暮らしたほうがお互い楽なんじゃないか」

口にした瞬間、裕美さんは否定しませんでした。

「私も考えたことはある」

その夜、2人は結論を出しませんでした。しかしこの日を境に、隆夫さんにとって「離婚」が現実の選択肢になりました。

数日後、自宅や預貯金、退職金を含め、離婚した場合にどのような財産を整理する必要があるのかを調べ始めました。

そこで隆夫さんは、2,600万円の退職金も「自分が働いて受け取ったお金だから、すべて自分のもの」と単純に考えられるわけではないことを知ります。

財産分与は、夫婦が婚姻中に協力して形成・維持した財産を離婚の際に分ける制度です。一方名義の預貯金や不動産であっても、夫婦の協力によって形成されたものであれば対象になり得ます。2026年4月施行の改正民法では、財産形成への寄与は、異なることが明らかでない限り夫婦で等しいものとされました。

そのため、退職金についても婚姻期間や勤務期間との関係などから財産分与の対象として問題になる場合があります。実際の対象額や分け方は個別の事情によって異なるため、単純に「半額」と決まるわけではありません。

さらに、離婚時には厚生年金の年金分割もあります。合意分割では、婚姻期間中の厚生年金記録について、当事者の合意または裁判手続によって按分割合を定めます。2026年4月1日以降に離婚した場合、年金分割の請求期限は原則として離婚後5年です。

調べていくうちに、離婚後の生活が思っていたほど単純ではないことも分かりました。

「家を売って財産を分ければ、それぞれ何とか暮らせるだろう、くらいに考えていました。でも実際に調べると、退職金も含めて整理しなければならない財産がいろいろある。離婚した後、自分にいくら残って、毎月いくらで暮らせるのかまで考える必要があるんだと気づきました」

夫婦が考える「これから」

それでも隆夫さんは、裕美さんに改めて離婚を考えていることを伝えました。現在、2人はすぐに離婚届を出すのではなく、まず別居し、財産の整理を進めています。

「妻が悪かった、自分が悪かったというだけの話ではないと思います。35年間、それぞれが我慢していたことを、退職してから初めて毎日目にするようになったんでしょうね」

老後には、夫婦で過ごす時間が長くなる可能性があります。長年大きな問題なく暮らしてきた夫婦でも、退職をきっかけに生活リズムが変わり、それまで気づかなかった不満やすれ違いが表面化することもあります。

ただし、熟年離婚を考える際には、夫婦関係だけでなく、その後の生活も無視できません。住まいや預貯金、退職金、将来受け取る年金などを整理し、別々に暮らした場合の家計まで見通しておく必要があります。

隆夫さん夫婦も、すぐに結論を出すのではなく、まずは別々に暮らしながら今後について話し合っています。35年続いた生活を変えるからこそ、離婚するかどうかだけではなく、その先をそれぞれがどう暮らしていくのかまで考えようとしています。