(※写真はイメージです/PIXTA)

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熟年夫婦であっても、些細な価値観のズレやすれ違いの蓄積から離婚を選択するケースは少なくありません。「これからの人生を穏やかに過ごしたい」と決断した先に待つのは……。事例を見ていきましょう。

順風満帆だった地方移住生活

会社を定年退職し、66歳を迎えたコウイチさん(仮名)。現役時代は世帯の稼ぎ手として専業主婦の妻と娘と息子を養ってきたものの、家庭内での孤立感や価値観のズレに悩み続けた末、定年後のセカンドライフを機に妻と別々の道を歩むことを決めました。

現役時代のコウイチさんは、毎晩遅くまで働き、週末も仕事の付き合いで外出することが多い日々を送ってきました。当時は夫婦お互いに自分の役割を果たしているつもりでしたが、長年別々のリズムで生活してきたことで、二人のあいだには少しずつ、けれど確実なズレが生じていました。

食好みの変化やテレビ番組の嗜好といった小さなことから、休日の過ごし方に至るまで、気づいたときには共通の話題がほとんどない状態。子どもたちが独立した60代目前のころには、妻との会話は必要最低限の事務連絡のみとなり、食卓を一緒に囲むこともなくなっていたのです。

決定的な対立があったわけではありません。しかし、65歳で定年を迎え、コウイチさんが一日中家にいるようになってから、その些細な違和感が日々のストレスへと変わっていきました。

コウイチさんが気を遣って買ってきたお酒やつまみが妻の好みと合わなかったり、食器を洗う手順や掃除の仕方の些細なこだわりが噛み合わなかったり。小さな食い違いでも、毎日の暮らしのなかで重なると、家庭内に重苦しい無言の空気が漂うように。お互いに悪気がないからこそ改善の糸口が見えず、同じ部屋にいること自体が負担となっていきました。

「お互いにとって、無理をして一緒に居続けることが本当の幸せなのだろうか」と悩み続けたコウイチさん。あるとき、妻から「話がある」と時間を設けられました。これまでの感謝とこれからの人生について言葉を交わすなかで、妻もまた同じような居心地の悪さと限界を感じていたようです。いがみ合うためではなく、お互いのこれからの人生を穏やかに過ごすための選択として、二人が辿り着いたのが「熟年離婚」という答えでした。

離婚による年金分割と財産分与

離婚前のコウイチさんの世帯資産と収入は、決して乏しいものではありませんでした。

新卒からいたメーカーを定年退職した際に支給された退職金は1,400万円。長年の生活でコツコツと蓄えてきた夫婦の預貯金が1,200万円ありました。さらに、ローンを完済していた築35年の分譲マンション(評価額1,100万円)を所有しており、世帯全体の金融資産と不動産を合わせた総資産額は3,700万円です。また、コウイチさん個人の公的年金の見込み額は、長年の厚生年金加入実績から分割前で月額約19万円ありました。

しかし、熟年離婚に伴い、これらの資産と収入は大きく姿を変えることになります。夫婦で築き上げた総資産3,600万円は、財産分与として双方で過不足なく折半されることになりました。家をどうするかという話になったとき、妻は「もう次の家を見つけてある」といいました。コウイチさん自身も、「この広い家に一人で住むのは……」とマンションを売却することに。売却によって現金化した1,100万円と、預貯金1,200万円、そして退職金1,400万円を合わせた3,700万円のうち、半額の1,850万円が妻へ渡りました。

収入面においても大きな変化が生じました。婚姻期間中の厚生年金記録を分割する年金分割手続きを行った結果、コウイチさんが将来受給できる年金額は月額19万円から約7万円が減額され、月額12万円へと目減りしたのです。

かつての住まいを手放し、自分の取り分である1,850万円の資金と月12万円の年金を手にしたコウイチさんは、郊外にある家賃3万円の公営住宅へと移り住みました。誰の目を気にすることもなく、自分のペースで朝を迎え、好きな本を読み、静かに食事をとる暮らしに、コウイチさんは「長年の緊張感から解放され、心底平穏を取り戻せた」といいます。

月12万円の年金があれば家賃3万円の公営住宅での生活費はなんとか賄うことができ、手元の1,850万円を万が一の予備費として残しながら、穏やかなセカンドライフを再スタートさせています。

熟年離婚の現状と高齢期の一人暮らしの課題

コウイチさんのように、長年連れ添った末に熟年離婚を選択する夫婦は現代社会において珍しくなくなっています。厚生労働省『令和6年人口動態統計』によると、2024年の離婚件数18万5,904組のうち、同居期間20年以上の離婚は4万684組となっており、全体の約21.9%を占めています。熟年期における離婚は一時的な感情によるものではなく、セカンドライフの生き方を見つめ直す選択肢として定着しつつあります。

しかし、熟年離婚によって心の平穏や自由を得られる一方で、老後の生活設計においては単身ならではの新たな課題も浮き彫りになります。特に注意すべきは、経済的な再構築と同時に生じる社会的孤立のリスクです。

内閣府『令和5年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査』によると、配偶者やパートナーと離婚している65歳以上では、普段、人と話す頻度が「1週間に1回未満・ほとんど話をしない」という人が18.3%に達しています。また、病気や災害といった日常生活のトラブルや作業が生じた際に「頼れる人はいない」とする割合も20.9%にのぼっています。

熟年離婚後に公営住宅などで一人暮らしを始める場合、本人が「一人の時間が心地よい」と感じて精神的な満足を得ていたとしても、加齢に伴う身体的な変化や緊急時の対応を考えると、周囲とのゆるやかなつながりをどう保つかは避けて通れない課題です。年金分割や財産分与によって引き締まった家計をやりくりする金銭的な管理はもちろんのこと、地域のコミュニティや趣味の集まりなどを通じて、孤独に陥らない生活環境を整えておくことが、持続可能なセカンドライフを支える鍵となるでしょう。