【特集】全盲の両親と歩んだ家族の絆 「今度は自分が支える立場に」 広島・呉
目が見えない両親のもとで育った男性が、この春社会人になりました。進んだのは、障害のある子どもたちを支える仕事。その原点を見つめます。
広島県呉市。岩谷晃佑さん。この春、社会人になりました。
■岩谷 晃佑さん
「3桁からスタートね。497。反対から」
■児童
「794」
障害のある子どもたちの成長を支援する放課後等デイサービスで働いています。
島根県で生まれ育った晃佑さん。幼い頃から野球に打ち込む活発な少年でした。大学進学を機に広島へ移り住みました。2025年11月からは、呉市で新生活を始めました。
「海が好きで海っぽくやってます」
この日は、なんだか落ちつかない様子。
■玄関チャイム
「きたきた、どうぞ」
島根に住む家族が、新居に遊びに来ました。晃佑さんは5人家族。両親はともに目が見えません。子どもたちは、幼い頃から見えるものを言葉で伝えるのが日常です。
■父・岩谷 誠さん
「ここお風呂か?」
■岩谷 晃佑さん
「でた!お決まりのここお風呂か」
父の誠さんは家族をいつも笑顔にします。
■父・岩谷 誠さん
「晃佑さんこのベッド表裏逆だぜ」
■岩谷晃佑さん
「めっちゃ寝心地いいんだけど」
■父・岩谷 誠さん
「表裏逆。ぼこぼこが上ですよ」
■岩谷 晃佑さん
「え、うそー!寝心地いいんだけど」
離れていても2か月に一度は会うほどの仲の良さです。にぎやかな家族の始まりは、母・みどりさんの夢からでした。
■母・岩谷 みどりさん
「目が見えなくなっても、こうやって結婚できるのかなっていう気持ちはあったんでしょうかね。自分の家族が欲しかったっていうんですかね」
みどりさんは、中学3年生で脳と脊髄の難病を告げられ、18歳で視力を失いました。
■母・岩谷 みどりさん
「そりゃあ怖かった。どうなるんだろうって思ってましたね。いつまで生きれるんだろうまでも思ったこともありますけど、病気が病気だったんでここまで生きれるとは、奇跡です」
盲学校で出会ったのが、誠さんでした。元気な人柄にひかれたといいます。父・誠さんは、高校卒業後、視野が徐々に狭くなる難病と診断されました。晃佑さんが幼い頃に正面の視野がなくなりました。
■父・岩谷 誠さん
「これ変な話なんですけど、ものすごいこのショックとか突き落とされるようなとかそういう感覚が一切なかったです僕は。むしろ何かやってやろうっていうくらいの気持ちが、その時に湧いたっていうのがよく覚えていますね」
笑いが絶えない家族にしたい。それが夫婦の一番の願いでした。でも、子育ての日々は試行錯誤の連続。間違えてズボンを2枚履かせたこともありました。
■母・岩谷 みどりさん
「あら、まだ下のズボン履いとった。晃佑おいで」
「触らないと何しているか分からないんで、何してるにも離れていると目で確認することができないんで、ご飯とかつくっていても何分かおきに触りに行かないといけないんで、それがちょっと大変というか気になって」
■両親
「騒いでいるとやかましいし、静かになれば不安だしっていう静かになればちゃんと息しとるかって触りに行かないといけない」
たくさん触れて、子どもたちの成長を感じてきました。
■父・岩谷 誠さん
「風に向かっとるなこれ。そんなに暴風じゃないな」
■岩谷晃佑さん
「波はすごい」
父・誠さんが視力を失ってから始めたマラソン。今では晃佑さんも一緒に走ります。
■岩谷 晃佑さん
「いや~楽しいですね。おしゃべりしながらなんで」
でも中学生の頃は、親に反発することもありました。
■岩谷 晃佑さん
「他の家庭と比べちゃってたところはありますね。『他の人はこうだよ』っていう風にも言ったこともあるし。自分のことがしたかったりとか思うようにできない時期もあったし、常に買い物とかも一緒に行かないといけないとか」
外出の付き添いが嫌になったこともありました。でも、その日々が新たな夢へとつながりました。
親元を離れ広島の大学に進学した晃佑さん。将来を考えた時、ある思いが芽生えました。
■岩谷 晃佑さん
「両親が視覚障害があってそういう環境で育ってて、結局今のまま何もないならもったいないかなって思って、 せっかく資格がとれる学校にいるから」
自分の経験を生かしたい。4年生から障害者スポーツについて学び始めました。安全に運動ができるよう、あごを支えて支援する方法などを身につけました。
この日は、障害のある子どもたちが体を動かすイベントです。それを学生たちがサポートします。授業で学んだ方法で晃佑さんも支えます。
■岩谷 晃佑さん
「よし、スピードアップだ」
寝たきりの子どもにとって、体を動かすことは、呼吸がしやすくなるなどの効果が期待できます。
■岩谷 晃佑さん
「自分がその子に対してやった行動によって、その子の表情が柔らかくなったりとかそういう喜びを感じるようになって、笑顔を増やしたいというか生きやすい社会にしていきたい とは思いますね」
2026年、発達障害の子どもたちを支援する放課後等デイサービスで働き始めました。家族との日々が導いた夢、新たなステージで子どもたちを支えます。ここまで育ててくれた両親の存在は。
■岩谷 晃佑さん
「どっちも見えない状態で子ども3人育てるってなかなかぼくがその立場だったらできんよなって、相当な覚悟もあっただろうし、そういう決断をする2人ですから一番尊敬する人誰ですかって聞かれたら両親ってこたえるんで、そのすごさを一番近くで見ていて分かるから」
たくさんの笑顔に囲まれて育ってきたように、今度は自分が、その輪を広げていきます。
【2026年9月4日 放送】

