青春18きっぷは2024年から利用条件が大きく変わった。経済ジャーナリストの櫛田泉さんは「金券ショップで長年行われきた転売への対策だという見方があるが、JRに直接取材してみると、異なる回答が返ってきた」という――。

■JRのルール変更は転売対策?

SNS上で「青春18きっぷ」を検索すると、夏の鉄道旅を満喫する多くの旅行者の投稿が目に付く。とはいえ、この「青春18きっぷ」の販売枚数が大きく落ち込んでいることを、2026年7月17日付記事(「青春18きっぷ離れ」が止まらない…2年で販売数「62万→24万枚」に激減させたJRが選んだ“最悪の選択肢”)で、詳しく紹介した。2023年度の約62万枚に対し、2024年度は32%減の約42万枚、2025年度は61%減の約24万枚まで減少している。

激減の理由は、2024年冬季分の販売から、それまでの「期間内の任意の5日間利用」から「連続する3日間または5日間」に利用条件が改められたことが大きいとみられるが、実は30年前にも大きな条件変更が行われている。

こうしたJRの対応には「金券ショップでの転売対策が背景にある」という通説があるが、果たして本当なのだろうか。

■5枚綴り→5回分のスタンプ方式に

青春18きっぷは、国鉄時代の1982年春に「青春18のびのびきっぷ」として誕生した。このときは1日券3枚と2日券1枚のセットで、価格は8000円であった。この後、数年にわたってマイナーチェンジが繰り返されてきた。1983年春季分からは、名称が「青春18きっぷ」となり、1984年夏季分から「期間内の任意の5日間利用」という原型が完成した。

このときは1日券が5枚綴りの形態で販売されていたが、1996年春季発売分から1枚のきっぷに5回分の日付スタンプを押す方式に変更になったのだ。

筆者撮影
1996年から1枚のきっぷになった「青春18きっぷ」 - 筆者撮影

当時、青春18きっぷの発売期間中には、金券ショップで1枚単位でのばら売りが行われていた。このような分売ができないようにする対策として、5枚綴りから5回分のスタンプ方式に変更されたというのが通説となっている。

■「使い途中」でも金券ショップに並んだ

筆者も、中学生だった1990年半ばごろから金券ショップを利用するようになり、青春18きっぷのばら売りを購入して、「乗り鉄」旅を楽しむこともあった。5枚綴りでの販売最終年度となった1995年度(平成7年度)の夏休みには、事前に購入した5枚綴り1冊分では足りなくなり、追加で1枚を金券ショップで購入している。

筆者撮影
5枚綴り時代の「青春18きっぷ」 - 筆者撮影

当時の青春18きっぷの販売価格は1万1500円で1枚当たり2300円。金券ショップでは、それに若干の利益を上乗せして、2500円から3000円程度で販売されるのが相場だったと記憶している。また、当時の鉄道雑誌の巻末には、金券ショップでの青春18きっぷのばら売りの広告も見られた。

1996年春季分から、1枚のきっぷに5回分の日付スタンプを押す方式に変更されたが、それでも金券ショップの店頭から消えることはなかった。1回分または2回分を残して、金券ショップに売却されたものが販売されたり、金券ショップ側が顧客から買い取った旅行券を使用して旅行会社で青春18きっぷを購入し、ディスカウント価格で5回分を販売するケースなども見られたのである。

■JRは「関係ありません」と通説を否定

こうした状況に対して、JRグループはいったいどのような認識を持っていたのだろうか。今年度の青春18きっぷの幹事社であるJR九州に取材を行ったところ、意外な答えが返ってきた。

青春18きっぷの金券ショップにおける販売等については、コメントを差し控えさせていただきますが、効力変更と金券ショップでの販売は関係ありません」

1996年の変更については、複数人で利用する際には同一行程で旅行をするという趣旨に合わせるため、2024年の変更については、自動改札の利用を可能にしてお客様の利便性を向上させるためと回答し、巷で言われている「金券ショップでの転売対策」説を否定した。

■30年前の新聞記事が起源だった?

ただ、1996年4月26日付の毎日新聞に掲載された学生記者による記事では、JR東日本は金券ショップとの関係には言及していないものの、それに関連付けるような形で当時の金券ショップの実情が記されており、これが「金券ショップ対策説」の起源となった可能性がある。

JR東日本に聞くと「制度の基本的な所は同じです。最近は学生さん以外の利用者が増え、正規料金がもらえるはずの人たちが使っている。改訂は本来の利用をお願いするためです」(JR東日本関係者)。
一方では、こんな事情もある。青春18きっぷを使う場合、日帰り客は少ない。2回旅行して、2往復しても1枚は余る。JRでは払い戻ししないからそれが金券ショップに持ち込まれる。金券ショップでは原価かそれより少し高く引き取ってくれる。こうしたバラ売りは大学生協でも売られていたという。そんな切符を出張などに利用するサラリーマンが増えたことが改定につながった……。
(毎日新聞夕刊[キャンパる]学生の味方だったのに…――青春18きっぷ、2月20日に「改定」)

また、この記事では、「改定で利用者離れが起きるかもしれない。利用者本位に考えるのが本当の民営化ではないのですか。JRさん」と締めくくられていたことも象徴的だった。

■金券ショップと青春18きっぷは「同級生」

そもそも「金券ショップ」という存在は、いつ頃から市民権を得るようになったのだろうか。

金券ショップの歴史は、諸説あるが、半世紀以上前に大阪で始まった地下鉄回数券のばら売りという個人ビジネスにさかのぼるという。大きな転換期を迎えたのが1980年代。1982年に東京の新橋駅前にあるニュー新橋ビルで切手や古い紙幣などを扱っていた店舗が、商品券に着目しディスカウントチケットを専門に扱うようになったことがきっかけだった。

写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

これが、バブル景気の波にも乗り、ニュー新橋ビルは10店舗以上が軒を連ねる、東京を代表する金券ショップ街へと成長していったのだ。

この時期は、鉄道の世界でも大きな変化が起きていた。1982年には東北新幹線と上越新幹線が開業し、同じ年には青春18きっぷの前身となる「青春18のびのびきっぷ」が登場している。金券ショップと青春18きっぷは、実はほぼ同じ時代に世の中に登場したのである。

■古物商の営業許可を取った合法ビジネス

その後、金券ショップは、東京にとどまらず大阪・梅田のターミナル駅周辺でも専門店へと進化を遂げ、新幹線回数券や商品券、株主優待券などを扱う店として全国に広がっていった。

業界団体も1990年代に相次いで設立されている。日本チケット商協同組合の沿革によると、1990年に東京チケット商協同組合、1994年には西日本チケット商協同組合が設立され、1996年には東京の組合が東日本チケット商協同組合に改組。1999年には東西の組織が統合され、現在の日本チケット商協同組合が設立された。

またこの年からは、古物営業法の改正により、金券ショップもリサイクルショップ同様に都道府県の公安委員会による古物商の営業許可が必要になった。

つまり、青春18きっぷが、5枚綴りから1枚での5回分の日付スタンプ方式に変更された1990年代半ばは、金券ショップはすでに特殊な存在ではなく、駅前や繁華街に店を構え、「正規料金より安くきっぷを買える場所」として、社会に広く知られる存在となっていたのである。これは、前掲した1996年の新聞記事が金券ショップでの「ばら売り」に触れていることとも整合する。

■売上激減は「ある程度覚悟していた」

今回の青春18きっぷの「改悪」を受けて、金券ショップ側には実際にどのような影響があったのか。

日本チケット商協同組合に取材を申し込んだところ、同組合理事長の土居貴洋さんが取材に応じてくれた。

青春18きっぷは売れ筋商品の一つでしたが、制度変更以降に売上が激減したのは事実です。ただ、これまでも私鉄割引切符や新幹線回数券の廃止など、鉄道系のチケットは商材としての取り扱いが難しくなる流れなのは分かっていたので、ある程度覚悟はしていました。

われわれは発行元ではないので、何も言えませんが、今後はQRコード乗車券など電子チケットの普及により紙のきっぷが姿を消し、お客様にとって身近でお得な商材が消えていくのは寂しいですね」

■「善か悪か」で捉えられない問題

SNS上では、金券ショップでの青春18きっぷ販売について否定的な意見も見られるが、今回の取材を通じて感じたのは、これを「善か悪か」という二元論だけで捉えることには、あまり意味がないということだ。

もちろん、金券ショップはJRが設定した販売方法とは異なる形で青春18きっぷを流通させていた。そのことをJRがどう受け止めるかは、販売元であるJRの判断に委ねられる。

一方で、金券ショップは、余ってしまったきっぷを買い取り、それを「1回だけ使いたい」「2回だけ使いたい」という人に再び流通させる役割も果たしていた。少なくとも筆者にとっては、中学生のころ、限られた小遣いで鉄道旅行を楽しむための身近な存在だった。

■「本当の民営化」はできているのか

1996年の制度変更が金券ショップ対策だったのかについて、JRは明確に否定している。当時の新聞記事には金券ショップでの流通と制度変更を結びつけるような記述も残っているが、「転売対策が理由だった」と断定できるだけの材料はない。むしろ、複数人利用での同一行程の徹底や、発券業務の省力化など、別の事情があったと考えることが妥当だろう。

筆者撮影
現在の青春18きっぷ - 筆者撮影

改悪の理由はどうであれ、2年で販売数が62万枚から24万枚に激減したことは事実である。「これが一般企業であれば、当該商品のブランドマネージャーは、相応の処分を受けなくてはいけない程の失態だ」という声も耳にした。また、巷では改悪は廃止への布石であるという懸念も根強い。

前述した1996年の毎日新聞の記事では「利用者本位に考えるのが本当の民営化ではないのですか。JRさん」と締めくくられていた。民営化から40年余りが経過した2026年においても、青春18きっぷだけではなく、みどりの窓口の大量閉鎖や京葉線の通勤快速の廃止に代表されるようなサービス改悪が目立つ点は、いまだJRグループが利用者本位ではない経営体質であることの象徴ではないのだろうか。

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櫛田 泉(くしだ・せん)
経済ジャーナリスト
1981年北海道生まれ。札幌光星高等学校、小樽商科大学商学部卒、同大学院商学研究科経営管理修士(MBA)コース修了。大手IT会社の新規事業開発部を経て、北海道岩内町のブランド茶漬け「伝統の漁師めし・岩内鰊和次郎」をプロデュース。現在、合同会社いわない前浜市場CEOを務める。BSフジサンデードキュメンタリー「今こそ鉄路を活かせ!地方創生への再出発」番組監修。
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(経済ジャーナリスト 櫛田 泉)