【永宮 和美】なぜライブやイベントがあるとホテルの価格は「跳ね上がる」のか? 予約画面の裏でうごめく「イールドマネジメント」の正体
注目集める「原則ワンプライス」の東横イン
建機メーカー営業社員のAさんは、地方の政令市にある顧客企業からの依頼で急遽、出張することになった。まずは宿泊先を押さえることにして、よく利用するビジネスホテルチェーンのサイトで検索したところ、唖然とした。前に利用したときは1万円しなかったはずのシングルルーム料金が2万円を超えている。これでは会社の旅費規程の範囲にとても収まらない……。
近年、ホテル業界でも需要に応じて料金を大きく変動させる「ダイナミックプライシング」が主流となっている。Aさんが予約しようとしたその日、出張先の都市では人気アイドルグループのコンサートが開催されることになっていた。そのために料金がかなり強気の設定になっていたのだ。
だが、そんなダイナミックプライシングのすう勢に背を向けつづけるビジネスホテルチェーンがある。全47都道府県と海外5ヵ国で361店舗・7万2991室(2026年2月末時点)を展開する東横インだ。「原則ワンプライス」を謳い文句に、料金を変動させず、上限価格も設定する。
もっとも料金水準の高い東京都心のホテルでも、シングル料金上限が平日・日曜1万円強、土曜・祝日前日でも1万8000円程度(2026年2月時点)で、しかもこれはゴールデンウィークなど繁忙期でも変わらない。ただし近年は施工費や電気代などが高騰しているので、料金改定はおこなっている。「原則」と断っているのは、需要変動が大きな一部のホテルで例外的に特別料金、季節料金を導入しているためだ。
「強欲に料金を吊り上げる」イメージがあるが…
需要があればとことん強気になり、なければ、グンと料金を下げてでも売りさばく。それがエンターテインメント系などさまざまなビジネスで導入されているダイナミックプライシングだ。
しかしレジャー利用ならともかく、直前予約が多いAさんのようなビジネス客にとっては、これはとんでもない不安要因、不確実要素となる。旅費規程に収まるように少しでも安いホテルを探して、いろいろなホテルサイトや旅行予約サイトを探しまわって疲労困憊。そんな経験をしている人も多いだろう。
東横インがワンプライス路線を堅持する一方で、その対極にあるのがライバルのアパホテルである。
「ダイナミックプライシング」を堂々と謳い、閑散期と繁忙期の客室料金差が大きいところでは3倍ほどにもなる。それをよしとするかどうかはユーザー次第だ。たとえばシーズンや曜日に縛られない属性のレジャー客であれば、ボトム料金を狙ってかなりリーズナブルに旅行をすることができる。
ダイナミックプライシングというと「強欲に料金を吊り上げる」イメージもあるが、あくまで経済合理性に即したもので、閑散期にはディスカウント料金という果実をユーザーは手にできる。一方のワンプライスはといえば、繁忙期でも比較的安い料金で利用できる反面、閑散期であっても料金が下がることはあまりない。つまり総体としての収益確保の手段がちがうのだ。
客室販売効率化の歴史
ホテル業界では、1990年代に客室販売効率化のためのコンピュータソフトが開発された。それまで過去の予約記録と担当者の勘に頼っていた作業を自動化するための取り組みだったが、操作はやっかいで専門知識を要した。まだ客室料金には「定価」があって、紙のホテルパンフレットに別刷りの料金表が挟み込まれていた時代である。
世紀をまたぐと、それはより高度化して「客室イールドマネジメントシステム」といった名称となった。イールドマネジメントはもともと航空座席販売の用語で、座席の売り逃しを最小化する手法である。
航空座席もホテル客室も、その便、その日に売れなければそのまま機会損失となる。おなじ概念から、ホテルでも同様のシステムが構築されていった。過去のデータから最適な販売価格をリアルタイムで提示することによって、売り逃しを可能なかぎり少なくするシステムだ。
それが今日ではAIのサポートも加わって確度をおおいに高めている。またユニバーサル化が進んで、専門知識がなくても操作できるようになっている。ダイナミックプライシングのホテル業界での普及は、そうしたシステムの急速な進化があってこそのムーブメントなのである。
【後編記事】『なぜ東横インは頑なに「価格吊り上げ」をしないのか?ワンプライス路線を守り抜く納得の理由』へつづく。
