「悪魔のような制度」自治医大・修学資金3766万円“一括返還”巡る訴訟 「約束したんだから返せ」の声に原告医師が反論
「『約束したんだから返せ』『税金で医者になったんだから文句を言うな』と言われるが、この問題を見過ごすことはできない」
自治医科大学(以下「自治医大」)を2022年に卒業した医師のA氏は、母校と愛知県を相手取り、修学資金3766万円の“一括返還”を求められる制度は違憲・違法だと主張して、東京地裁で争っている。
産業医として企業と働く人の契約を日々見てきたというA氏は「契約書に書いてあっても、法律に照らせば無効なものはたくさんある。働く現場では、それが日々問題になっている」と語る。
8月26日、第7回口頭弁論の期日後、A氏は都内で会見を開き「約束だけで世の中がうまく回るなら、そもそも法律という仕組みはいらないのではないか」と述べ、報道を見る人にこの一点を考えてほしいと訴えた。
「分かって入学しただろう」にどう答えたかA氏は昨年3月の提訴時の会見で、自治医大の修学資金制度を「無知な受験生を囲い込んで、卒業後、退職の自由を奪った上、不当な労働条件で使いたおす、まさに悪魔のような制度」と非難していた。
だが、A氏の訴えに対し、ネット上などで繰り返し向けられてきたのが、「そういう大学だと分かって入ったのに、なぜ文句を言うのか」という声だという。会見でA氏は「卒業後に地域医療に従事する大学だという点は理解して入学した」と認めたうえで、知らされていなかった点が2つあったと語った。
1つは、条件の苛烈さである。卒業後の約10年間、勤務地も診療科も決められ、制度から離脱すれば、元本に利息が加わって一括返還を迫られる。「防衛医大や国家公務員の留学制度に備わっているような減額の仕組みもない」と指摘した。
もう1つは、そうした具体的な契約内容が、国立大学の受験機会を失った入学手続きの段階で初めて示されたという経緯だという。
A氏は「地域医療が嫌で辞めたのではなく、常勤で勤務することが不可能な状況に追い込まれた」と強調。
「世の中には約束より上位に立つ法律がある。約束だけで世の中が回るなら法律はいらないのではないか」と訴えた。
「今も強い憤りを感じている」自治医大の修学資金制度は、学費などを貸し付け、大学が愛知県の意見を聴いて指定する過疎地域の「指定公立病院等」に、貸付期間の1.5倍にあたる10年6か月勤務すれば返済を免除する仕組み。
期間内に勤務する病院を辞めれば、直ちに元本に加えて年10%の損害金、年15%の遅延損害金を支払わなければならない。
A氏は卒業後、愛知県職員兼知多厚生病院の研修医となった。ところが父の失職により、母や自閉症の弟を扶養する必要が生じ、勤務先が毎年変わりうる指定公立病院等での常勤継続が困難になったという。
愛知県に退職を申し出ると「将来9年間、地域の公立病院で働く意思がないなら、これ以上給料は払えない」と告げられ、依願免職の形で県職員の身分を失った。家庭の事情への配慮はなかったとして、A氏は「今も強い憤りを感じている」と語った。
「残念な訴訟指揮だった」この日の期日で最大の攻防となったのが、消費者契約法をめぐる主張だった。同法9条は、違約金などのうち「平均的な損害の額を超える」部分を無効とする。原告側は、10%の損害金や15%の遅延損害金がいくらの“平均的な損害”に当たるのかを示すよう大学側に求めてきた。
しかし大学側は「10%は利息であり損害金ではない」「15%も債務不履行の利息だ」として、平均的な損害の主張は必要ないという立場を崩さなかったという。
弁護団長の伊藤建弁護士は、この日の期日で「(損害に関する主張を)出すのか出さないのか、はっきりしてほしい」と大学側に迫ったと明かした。
「提訴から1年半近く経つのに、平均的な損害がいくらなのかという主張がいまだに出てこないこと自体がおかしい。このままでは訴訟がどんどん遅延する。事実を解明したいのなら、裁判所も大学側に主張を促すことを考えるべきだ」(伊藤弁護士)
だが裁判長は、裁判所が当事者に不明な点を質問したり主張・立証を促したりする「釈明権の行使について「必要ない」との判断を示した。この点について伊藤弁護士は会見で「残念な訴訟指揮だった」と語った。
もっとも伊藤弁護士は、消費者契約法の適用に関する意見書を提出し、次回期日で意見陳述を行う方針であるとして、「意見書を読んでいただければ、心証は変わるはずだと考えている。懲りずにもう一度、釈明を求めるつもりだ」と続けた。意見書の内容はほぼ固まっているという。
なお、この他に原告側は、年10%の「利息」の性質自体についても争っている。
「泣き寝入りすれば、制度は1ミリも動かない」今も医師として現場に立ち続けているA氏は、提訴に至った理由について
「(提訴にいたったのは)3766万円を払いたくないからという理由ではない。払いたくないだけなら、訴訟ではなく他の手段もあったのかもしれない」と改めて説明。以下のように続けた。
「自分が声を上げなければ、10年後、20年後の受験生が同じ条件をそのまま突きつけられる世の中であり続けてしまう。
泣き寝入りをしてしまえば、制度は1ミリも動きません」(A氏)
大学側「憲法をはじめとする関係法令に適合」次回期日は11月11日。
なお、自治医大はこれまでの弁護士JPニュース編集部の取材に対し次のようにコメントした。
「本学では、経済的事情により高い資質や志を持つ方が進学の機会を失うことがないよう広く門戸を開き、『修学資金貸与制度』によって、入学金・授業料等が実質不要となる制度を実施し、経済面から学生の志を支えています。
この制度により、本学に入学された学生は平等な学びの機会が得られ、本学の教員も一丸となって、学生の志や社会の要請に応えようと総合医の育成に取り組んでいます。
在学中に貸与した修学資金は、医師となった卒業生が一定の年限を出身都道府県の地域医療に従事することで返還が免除されます。
これまでに3900名以上の卒業生がその志を実現し返還が免除され、返還が免除された後も約7割の卒業生が出身都道府県にとどまり、それまでの経験を活かしながら、地域医療に貢献しているところです。
しかしながら、免除の要件を満たさない場合には、在学中に貸与した修学資金(本来大学に納めるはずの修学資金)は返還いただくことになっています。
これらの修学資金貸与制度については、あらかじめ受験生に公表しており、本学を受験するか、もしくは受験して合格しても入学するかはご本人の判断に委ねられています。
実際の貸与にあたっても、本学と学生との間で貸与契約を締結し(学生が未成年の場合には親権者が連帯保証人となり、親権者の同意のもとで締結し)、合意のうえで貸与しており、本学が学生に対し貸与制度を強いているかのような評価は妥当ではありません。
また、本制度が違憲との指摘も全く当たらないと考えております。
本件で原告となっている医師は、本学の理念や本制度を理解したうえで本学に入学し、貸与契約に基づき修学資金の貸与を受けて医学を学び、医師の国家資格を取得され、臨床研修を修了されております。その後、自らの判断で地域医療への従事を断念されたため、返還免除の要件を満たさなくなりました。
このため、本学は貸与契約に基づき返還を求めているものです。かかる返還請求は、契約に基づく正当な対応であると考えております。
本学としては、本制度が大きな社会的意義を有していること、また、憲法をはじめとする関係法令に適合していることについて、今後も引き続き主張を尽くしてまいります」

