「AI失業」のウソ…経験豊富な中高年が若者に勝てる「ノスタルジック・ジョブ」という希望

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AIに奪われない「仕事の正体」

AIに仕事を奪われる「AI失業」の議論が進むなか、新たなキーワードが注目されている。「ノスタルジック・ジョブ」だ。

ノスタルジック・ジョブとは、AIが人間の仕事を代替できるようになったとしても、「人間にやってほしい」「人間が担うべき」と人々が望み、あえて残される仕事や役割のこと。

バージニア大学のアントン・コリネック教授が提唱したこの概念を、一橋大学経済研究所の宮本弘暁教授は自身の著書『AI大格差――最先端の研究が明かす仕事と給料の未来』(日本評論社)で触れ、AI時代の雇用の維持には人間が担うべき仕事を社会が選び取り、保護・支援していくことが必要だと説く。

「人間が担うべき仕事」を宮本弘暁教授はこう説明する。

「倫理観や人間的な判断、感情の度合いが重視されるような仕事で、例えば弁護士や裁判官。AIにも過去の膨大な裁判記録から無罪なのか有罪なのか、科せるべき刑罰を導き出すことはできますが、その判決に人々が納得できるかといったら別。やはり人間が担うべきだと思うでしょう。

このようにAIが代替できるとしても、『人間にやってほしい』と思われる仕事を総称してノスタルジック・ジョブと呼びます」(宮本弘暁教授・以下同)

介護、保育、教育、医療分野の仕事も然り。介護や医療の現場なら、見守りや安全管理はAIに任せ業務効率化を図れるが、利用者が日々の暮らしで求めている“ぬくもり”や“思いやり”まで完全に補うことは難しい。“心から人に寄り添う”のは人が担うべき役割だ。

効率やコストの削減を重視するならAIを選ぶべきだが、果たしてそれだけでいいのか――。

ノスタルジック・ジョブの存在は人間にそう問いかけているようでもある。

「何を人間に求めるのかを決めるのは“人間”です。何をAIに任せ、何を人間に残すかは人間が主体的に決めていくことが大切で、結果、“人間にしかできないような領域・役割”がノスタルジック・ジョブになりやすく、AIには代替されにくいということだと思います」

もっとも宮本教授は「AIが人間の仕事を奪う」という議論には異論を唱える。

「経済全体では、AIの登場は人間の仕事を奪うのではなく、仕事の再編と創出を促進していくと見るのが正しいのだと思います。AIによってなくなる仕事やAIが代替できるタスク(やるべき業務・作業)は増えますが、同時に新しい仕事もたくさん生まれます。

例えば、現在世界中で利用されている米国の巨大IT企業GAFA(Google、Amazon、Meta、Apple)は、わずか30年の間でインターネット、メール、ネットショッピング、スマホといった新たなインフラと膨大な数の仕事を生み出しました。

また、労働経済学の大家、マサチューセッツ工科大学の経済学者デイビッド・オーター教授の研究によれば、’18年時点でアメリカの就業者の約6割が1940年以降に誕生した“新しいタイプの仕事”に従事している。つまり過去80年間におけるオートメーションやITなどの技術革新が常に新しい雇用の受け皿を作ってきたといえる。

生成AIと過去のIT技術に違いはありますが、こうした過去の技術革新と同様にAIによっても莫大な数の新たな仕事が作られ、雇用を吸収する役割を果たすのではないでしょうか」

AI時代は「中高年」が勝つ理由

未来を見据え、先に挙げたノスタルジック・ジョブへの大胆なキャリアチェンジを図るのも一つの方法だが、未経験の職種への挑戦は容易なことではない。今の職場や職種で生き残るには何が必要なのか、人間としての強みはどう発揮すべきなのか。

「生成AIの活用には適切な指示(プロンプト)を出し、AIの出力を正確に評価しなくてはなりません。咀嚼した内容を業務にどう反映させるかの判断が重要で、AIを読み解き生かすリテラシー、つまり『AIを使いこなす教養』が必要です。

AIを使うことが前提ではありますが、豊富な実務経験を持つ中高年は有利。長年の経験からAIの出力に対して違和感を察知したり修正したりと的確な判断を下せます。一方で経験が少ない若者は出力を鵜呑みにしやすい。

実は若者より中高年のほうがAIとの親和性が高いといわれていて、米国の研究ではAIに奪われるのはエントリーレベルの職務というデータもある。だからこそ中高年は自身の経験を生かし、AIと上手に付き合っていくことが生き残りの近道といえます。

また、あるプロジェクトが立ち上がったとき、アイデアを生み出すことはAIにもできますが、ネットワーク的な思考や交渉はAIにはできません。

『この業務ならあの課の〇〇さんに頼めば話がスムーズ』『この企業のこの人につなげたらビジネスになる』といったネットワーキング能力やコミュニケーション能力は人間ならではのもの。人間関係を築きそれを業務に生かせるのは人間の強みです。組織全体のフローをきちんと把握する力とともに、コミュニケーション能力やネットワーキング能力はさらに求められていくと思います」

また、企業が推進する「仕事の再編・創出」には、管理職たちの意思決定力が必須だ。

「仕事の再編には何をAIに任せ、何を人に任せるのかといった業務の振り分けが重要になりますが、担うのは中高年の管理職でしょう。彼らには『この業務は必要ない』とスパッと切ることができるドラスティックな意思決定力が不可欠です。

大学教員の私の場合、授業という一つのタスクのなかにもスライド制作や試験問題の作成・採点などさまざまな業務があります。AIにもそのほとんどができますが、試験問題の作成はもちろんのこと私にしかできない業務もあり、それらを再編成するのも私の仕事です。

仮にスライド制作をAIに任せるとしたら研究助手が不要になり解雇の必要性も出てきます。“人を大事にする”日本の雇用システムではこうした決断は実に高いハードル。だからこそ管理職には攻めの姿勢や果敢な決断力が求められていくと思います」

日本を蝕む「古い雇用システム」

もっとも高いハードルを越えるには大がかりな労働市場の改革も欠かせない。

「日本では終身雇用を前提とした雇用慣行が根強く残り、労働市場が硬直的です。このままではAIの技術革新によって高賃金な仕事が生み出されても、労働者は円滑な転職・移動ができません。国は新しい仕事が生み出された際、労働者がスムーズに移行できるよう転職支援や労働市場の柔軟性を整える必要がある。

経済学には『雇用は生産の派生需要である』という考えがあります。生産があって初めて雇用があるという意味で、生産の変化に応じて雇用も変わるべきというのが経済学の原則です。

例えば景気が悪く生産が減れば雇用もアルバイトを減らすなどして調整するわけですが、生産は人口減少・少子高齢化、気候変動など社会構造や環境の変化によっても大きく変化します。ところが日本はその変化に対応できず既存の古い雇用システムを温存し続けている。そのツケや被害が労働者に向かっているというのが日本の現状なのです」

近年、介護や医療、教育分野の仕事は離職者が多く、賃金が激務に見合っていないことが問題視されている。人間が担うべきノスタルジック・ジョブに価値を見出し、キャリアチェンジを図っても、生活が成り立たなければただの“やりがい搾取”。低賃金のままで雇用が増えるとは到底思えない。

「問題は国の政策や既得権益によって生産性の低い企業が市場で保護・温存されていること。これが経済全体の代謝を阻害し、平均賃金が上がらない一因となっています。

介護報酬(公定価格)や人員配置など法律で規制されている規制産業のなかにも(例えばAI搭載の見守りシステムや生成AIによるケアプラン草案の作成など)最新技術を積極的に導入して生産性を高め、そこで生じた利益を給料に還元している現場もある。そういう企業が生き残り競争し合える市場にすることが大事で、国に保護されるだけの生産性の低い企業は市場から淘汰されるべきだと思います。

経済は生き物と同じ。日々細胞が入れ替わるからこそ健康でいられます。人や物やお金がスムーズに流れる環境を作ることが経済全体を大きく成長させる。日本のように古いものを温存するのは悪い細胞を増殖させていくようなもので、経済全体が動かなくなるのは当然。これが“失われた30年”と呼ばれる日本の経済状況です。一時的な痛みは伴うかもしれませんが、AIの進化を契機に国もドラスティックな改革をしていくべきでしょう」

人間がAIに勝る「一つの本質」

近い将来、人間と同等の知的能力を持つ汎用人工知能(AGI)が登場すると聞く。その先は人間の知能をはるかに上回る人工超知能(ASI)に近づいていくとも。すでに国内外で「AIの暴走・誤作動」が問題視されているが、SF映画さながらAIが制御不能となり世界中に大混乱を招く日も近いのではと思えてくる。

「最大の危機はAIがAIを開発し始めることです。今のところAIを開発する能力の意思決定は人間が下しているわけですが、AIの開発速度が人間を超え、完全にブラックボックス化して人間がコントロールできなくなるリスクもあり非常に危険です。

さらに私が恐れているのは、一部で始まっている軍事利用での国際的な開発競争が激化すること。多くの研究者が規制に言及していますが、早急な対応が必要でしょう。

AIをどう使うかを決めるのは人間です。だからこそ我々人間がもう一歩踏み込んで考える必要がある。国益だけではなく地球全体の利益、世界平和といった広い視野に立ち、人類にとっての利益は何なのかを考えAIを作り、使うことが重要ではないでしょうか」

それには「人としての成熟」がますます必要になるとも。

「AIははるかに物知りで多くの言語を操れます。たぶんユーモアもあるし、怒らないし我慢強い。でも、AIになりたいとは誰も思わないでしょう。人はAIには憧れを抱きません。一方、人には憧れます。『いつかあんなふうになりたい』と目標に置く人もいるでしょう。ここがAIとの究極的な違いです。人の憧れを生み、『出会えてよかった』と思われる存在になれば、AIに代替されることはありません。

思いやりや共感、信頼、愛情、感謝、気遣いといったAIには芽生えない感情の機微、人間らしさは、守るべき価値がある人間の本質。AI時代こそ、AIには再現不可能なこうした“人間の本質的な価値”を突き詰め、高めていくことが必要なのではないでしょうか」

▼宮本弘暁(みやもとひろあき)一橋大学経済研究所教授 ’00年、慶應義塾大学経済学部卒業。’09年、米国ウィスコンシン大学マディソン校にてPh.D.(経済学)を取得。国際大学学長特別補佐・教授、東京大学公共政策大学院特任准教授、国際通貨基金(IMF)エコノミスト、東京都立大学経済経営学部教授などを歴任し、’24年より現職。また、同年4月から’26年3月まで財務省財務総合政策研究所総括主任研究官を歴任。専門は労働経済学、マクロ経済学、日本経済学であり、アカデミアと政策の現場を行き来しながら、国際学術誌に多数の論文を発表している。著書に『AI大格差――最先端の研究が明かす仕事と給料の未来』(日本評論社)『私たちの日本経済』(有斐閣)『日本の財政政策効果――高齢化・労働市場・ジェンダー平等』(日本経済新聞出版)など多数ある。

取材・文:辻啓子