【小林幸子 我が道24】人事問題で再び「冬の時代」に…最大の敵は自分自身の心の中にある「おごり」
幸せの後ろには不幸が対で付いている、と言われます。人生の伴侶を得た翌年の2012年に“事件”は起こりました。
1987年に「第一プロダクション」から独立して「幸子プロモーション」を起こした時から、20年以上も私のマネジメントを担当し、社長と専務を任せてきた社員2人が退社しました。その理由や経緯について、いまさら語るつもりは一切ありません。ただ事実として、私の会社「幸子プロモーション」の人事で2人が退任しました。しかし、なぜかそのことが芸能ニュースとして大騒動になりました。気が付くと、私が2人を不当に解雇した「悪者」になっていました。さらに所属していたレコード会社との契約も解除される異常な事態に発展していきました。またしても、芸能界特有の「大人の事情」の大きな渦の中に巻き込まれていました。
しかし、辞めた2人以外の事務所スタッフは全員私に付いてきてくれました。彼らがいたから私は「しゃがむ」ことができました。台風のような「暴風雨」が私の頭上を襲いました。でも、かつて古賀政男先生に言われた「つらく悲しくて涙がかれた時は倒れないでしゃがむんだ。じっと力を蓄えて再び立ち上がるんだ」を実践しました。暴風雨のような天災の前では、一人の人間のちっぽけな力などは無力です。テレビやマスコミへの出演機会もどんどんと減り続け、再び「冬の時代」に突入しました。
その頃、ふと思ったことがありました。自分にとっての最大の敵は、目の前で戦っている相手でも、ライバルでもなく、自分自身の心の中にある「おごり」だということです。子供の頃から一生懸命に頑張って生きてきました。頑張って他人よりも努力すれば、きっと明るい未来が待っていると信じてきました。そういう生き方が絶対に正しいと信じていました。しかし、そうした考え方には「落とし穴」が潜んでいます。いつしか、絶対に自分が正しいと思い込むことです。
この時の自分の経営判断は間違っていなかったと、今でも思います。ただ、この事態について反省することがあるとすれば、どこかに「おごり」があったのかもしれません。自分ではおごっていたつもりは全くありませんが、自分中心に世の中が回っていると思っていた節はあります。これは歌手の世界だけの話ではありません。仕事や人生に対して真面目に一生懸命だからうまくやっている、と信じている人こそが引っかかる巧妙なわなのようです。当たり前ですが、私以外の誰もが自分の人生では自分が主役なのです。この事態は、その部分を軽視していた反動だったのかもしれません。
じっと我慢して「しゃがんで」いると、見てくれている人は必ずいるものです。騒動が始まった頃は、世の中のみんなが敵だと感じられました。しかし、次第に私に手を差し伸べてくれる人が少しずつ現れ始めました。そこが人生の面白いところなのでしょう。
◇小林 幸子(こばやし・さちこ) 本名・林幸子。1953年(昭28)12月5日生まれ、新潟市出身の72歳。作曲家・古賀政男に見いだされ、64年「ウソツキ鴎」で10歳の時に歌手デビュー。79年「おもいで酒」が200万枚突破の大ヒット。同年の日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞し、紅白歌合戦に初出場。以後34回出場した。最近はニコニコ動画、SNSなどで若い世代やネットユーザーに「ラスボス」として人気を誇る。
