『風、薫る』直美×吾郎に祝福と“不穏なフラグ” 戦時下の“看護のありかた”が問われる
NHK連続テレビ小説『風、薫る』第22週の副題は「明るい未来」。その初日となる第106話では、直美(上坂樹里)の妊娠が判明し、吾郎(甲斐翔真)とともに明るい未来に思いを馳せる。だが、そんな2人の希望をよそに、戦争は着実に人々の日常を侵食しつつあった。
参考:『風、薫る』第107話、直美(上坂樹里)を心配したりん(見上愛)が小川家を訪ねる
さすがは経験者と言うべきか、最初に直美の異変に気づいたのはりん(見上愛)だった。りんの指摘で自分が妊娠していることを知った直美は吾郎に報告しようとするが、先にこれから帰りが遅くなると告げられる。その理由を言いにくそうにする吾郎の様子から事情を察し、「そりゃそうか、戦争してるんだもんね」と直美。戦争の激化に伴い、いよいよ出征に向けた準備が本格化してきたということだろう。
結局、直美は妊娠を伝えることができなかった。りんが言うように、吾郎ならきっと喜んでくれるはずだ。けれど同時に、妻と生まれてくる我が子を残して戦地へ向かうことになるかもしれないという不安も背負わせてしまう。そう思うと、どうしても言葉にできなかったのではないだろうか。本来なら喜びしかないはずの報告さえ、戦争はためらわせる。
また直美には、もう一つ不安があった。「私、お母さんになれると思う?」とりんに聞く直前、直美がちらっと目をやったのは、文(内田慈)の形見である髪飾り。生後間もなくして、直美は文によって教会へ預けられた。大人になって奇跡的に再会し、自分が確かに愛されていたことはわかったが、母親に育てられた経験はない。そんな自分に、母親として我が子を愛し、育てていくことができるのか。不安になる直美に、りんは「きっと怖くて褒め上手ないいお母さんになると思う」と太鼓判を押す。りんの軽やかな励ましに、張り詰めていた直美の心もほどけていくのを感じた。
その夜、妊娠の報告を受けた吾郎はひとしきり驚いた後に直美の顔を覗き込み、「よかった。直美が嬉しそうで」と安堵した様子を見せる。直美の生い立ちを知る吾郎もまた、彼女が母になることをどう受け止めるのか、少なからず心配していたのだろう。自分が父になる喜びより先に、直美の気持ちを確かめるところが何とも彼らしい。「いい母親になれるか分からないから、一緒によろしくね」と伝える直美に、吾郎はもちろんだと快諾。料理や裁縫が多少苦手でも大丈夫だと励ますつもりが、「何、悪口?」と突っ込まれて慌てる姿も微笑ましかった。だが、2人が幸せそうであればあるほど、この先に待ち受ける悲劇へのフラグのようにも思えて、不安が募る。吾郎の軍服からぽろりと取れた一つのボタンが、何かの予兆でなければいいのだが。
一方、りんは関節リウマチを患う男爵家夫人・宮川佳枝(相田翔子)の在宅看護を続けていた。このところ、朝の指のこわばりが昼過ぎまで続くと話す佳枝。また、りんが「手足の運動は続けられていますか?」と尋ねると、手の運動は寝たままできるものの、足を動かすには起き上がる必要があり、そのたびに人を呼ぶのは申し訳ないとなかなかできずにいるという。
そこで、りんはベッドのそばに椅子を置き、佳枝がそれにつかまって一人で立ち上がれるように工夫する。佳枝との会話からりんが知ったのは、少しずつ症状が進行していることだけではない。自分でできないことが増えていくことに、佳枝自身がつらさを感じていることにも気づいたのだ。患者と話し、身体の状態だけでなく、その人が何に困り、何をつらいと感じているのかを知る。まさに「人を看る」看護である。
かたや、広島の陸軍病院へ向かった多江(生田絵梨花)は、その会話をすることさえ許されない状況にあった。負傷兵の検温をしながら「昨日の夜は冷えましたね。寒くはありませんでしたか?」と声をかけた多江。それに対して負傷兵が「足元が少し」と答えると、同じ病室に入院する上官から「軍人たるもの、みだりに女と話してはならん」とたしなめられてしまう。さらに、多江たち看護婦と患者の間に不適切な関係があるという投書が地元の新聞社に寄せられ、あらぬ噂まで広まっていく。患者の小さな異変や困りごとを知るために必要な会話が、ここでは男女の私的な交流とみなされてしまうのだ。
平時なら看護の一部として当然にできることが、戦時下では軍の論理によって阻まれてしまう。患者と向き合い、その声に耳を傾けることすらままならない中で、どう「人を看る」のか。戦争は人々の暮らしだけでなく、りんたちが大切にしてきた看護のあり方までも揺るがし始めていた。(文=苫とり子)

