「月40万円稼いでも生活は厳しい」――そう話すのは、『アメトーーク!』で注目を集めた芸人・TAIGA。50歳を迎えた今も、収入の約8割はウーバーイーツの配達が占める。それでも、オードリー若林やカズレーザーら売れっ子の後輩たちに慕われ、支えられながら、芸人の夢を捨てない。50歳を迎えてなお挑戦を続ける、その人生に迫った。(全2回の1回目/続きを読む)

【写真】この記事の写真を見る(3枚)


50過ぎてもブレイクせず⋯⋯それでもTAIGAさんが芸人をあきらめない理由とは? ©佐藤亘/文藝春秋

◆◆◆

50過ぎてバイトやめられない芸人

――『アメトーーク!』「40歳過ぎてバイトやめられない芸人」で注目を集めてから5年、今もアルバイトを続けているのでしょうか。

TAIGA 50歳になりましたが、収入の8割はウーバーイーツの配達です。ピン芸人としてモノマネの営業もありますし、YouTubeやTikTok動画の配信も始めましたが、なかなか芸人だけでは食っていけていません。

――最近、ABEMAの密着ドキュメンタリーで、家族を養うために奮闘するTAIGAさんの姿が話題になりましたが、反響はありましたか?

TAIGA 街中で、「感動しました!」「自分も頑張ろうと思いました」と声をかけられることも多いです。バイクで配達中に信号待ちしていたら、同じウーバーの配達の人から「これ、お子さん達のために使ってください」と千円札を渡されたこともありました(笑)。

――ウーバーイーツの配達はいつ頃から始めたのですか?

TAIGA 2020年の3月に、コロナ禍で芸人の仕事が全部無くなったときからです。イベントの大道具のバイトもなくなり、ウーバーイーツしか仕事がありませんでした。最初は自転車でしたが、より多く稼ぐためにバイクを購入しました。1件300円〜1000円程の配達報酬を積み重ねて、月に40万円くらい稼いでいます。4歳と7歳の子供がいるので、それくらい稼がないと生活ができません。

――毎日何時間くらい配達しているのですか?

TAIGA 早朝4時から夕方の5時くらいまで、1日13時間くらいです。芸人の仕事がある時は、配達しながら現場に向かうようにしています。雨でも雪でも休めないので、天気が悪いのが一番辛いですね。でも、悪天候だと報酬が上がるので嬉しい面もあります。夕方以降は、子供達をお風呂に入れたり、一緒に夕食を食べたり。土日は早朝4時から7時頃まで3時間ほど配達して、あとは家族と過ごす時間にしています。

舞台に立つため、モノマネレストランの社員に

――なぜ芸人を目指すようになったのでしょうか。

TAIGA 短大を出て建築関係の会社でサラリーマンをやっていたんですが、やりがいを感じられず。親戚の紹介で入社させてもらった手前、「3年は働かないと」という義務感で続けていました。

 そんなとき、友人の結婚式の司会を頼まれたんです。今振り返ると下手クソでしたが、僕の言うことで皆が笑ってくれたり、スポットライトを浴びるのがめちゃくちゃ楽しくて。元々の目立ちたがり屋な性分に火がつき、芸能界を目指そうと決めました。ちょうど入社3年で辞表を出したんです。

――TAIGAさんはエルヴィス・プレスリーなどのモノマネで有名ですが、いつからやり始めたのですか?

TAIGA 最初から芸人を目指したわけではなく、高校時代に躰道(空手を母体とした武道)で全国大会優勝したことを生かしてアクションをやらせてもらったり、バラエティ番組に出たり、手当たり次第オーディションを受けていました。

 そんなとき、友達とモノマネショーで有名な「そっくり館キサラ」に行ったんです。コージー冨田さんがタモリさんのモノマネで大ブレイクした時期で、めちゃくちゃ面白くて。当時はバカみたいに自信があったので、「モノマネをやれば、コージー冨田さんみたいに売れるだろう」と思いました。

 実は18歳の頃からエルヴィス・プレスリーに憧れていて、「エルヴィスみたいなスーパースターになりたい」というのが夢だったんです。六本木のライブハウスでエルヴィスのモノマネをやったこともあったので、それをやろうと思いました。

――どうやって、キサラの舞台に立つようになったのですか?

TAIGA キサラに出演する方法が分からなかったので、とりあえず社員として働き始めました。店長や社長と仲良くなって、「実は僕も舞台に立ちたいんです」と話すと、「今日から出てみなよ」と軽いノリで出してくれました(笑)。

 周りと本気でぶつかりながら切磋琢磨しているうちに芸人仲間が好きになって、「芸人1本で食っていけるようになりたい」と思うようになっていきました。

オードリー若林が慕う理由

――キサラの社員時代にはオードリーのお二人と出会い、今でも人生の師匠として慕われているそうですね。

TAIGA 当時、キサラでアルバイトをしていたのがオードリーの春日だったんです。そのあと若林を連れてきて、二人で前説をするようになりました。

 オードリーの二人は就職した経験がないので、社会人としての常識を話したりしました。たとえば、「結婚式に呼ばれたら、ちゃんとしたスーツを着て、ご祝儀はこれくらい包むんだぞ」とか。キャバクラに連れて行ったときは、「目上の人が奢ってくれることが多いから、乾杯するときは謙虚な気持ちで少しグラスを下げた方がいいよ」とかですね。「じゃあ、奢ってもらえないなら、こっちが上でいいですよね」と、今では若林がグラスを上にして乾杯しようとします(笑)。

 若い芸人は「常識なんてくだらない」と尖っているところがあるんですが、僕はあまり高圧的に言わないので聞いてくれたのかもしれないです。

――同じ事務所のカズレーザーさんも、よくTAIGAさんの話をしていますね。

カズレーザー「TAIGAさんに話すだけでスッキリする」

TAIGA カズは事務所の芸人とあまりつるまないタイプなのですが、仕事で嫌なことがあると話をしにきます。「仕事があるだけいいじゃねえか、俺はないよ」と言うくらいなんですが。「TAIGAさんに話すだけでスッキリするんですよね」と言っていました。

――後輩芸人が先に売れていることに、悔しさはありますか?

TAIGA 売れていない自分には腹が立つんですが、後輩を妬む気持ちは全然ないです。

 むしろ、今も芸人を続けているのは、芸人仲間の恩に報いたいという気持ちが強いんです。昔、単独ライブで200人入る劇場なのにチケットが8枚しか売れなかった時は、芸人仲間や友達がお客さんを呼んで満席にしてくれたことがありました。

 オードリーやぺこぱなどの後輩芸人はテレビやラジオでいつも「TAIGAさん」と名前を出してくれます。そういう人達に、「売れてよかったっすね」といつか言ってもらえるようになりたいんです。

――奥様は、芸人を続けることをどう思っているのでしょうか。

TAIGA 正直、都内で子供を二人育てていると生活は楽ではないので、「苦労をかけてごめんな」と謝ったことがあります。でも、嫁さんの返事は意外なものでした。

◆◆◆

「ビーチでプロポーズすると、彼女は泣きながらOKしてくれました」

 観客から芸をバカにされ、売れるかどうかもわからない……。それでもTAIGAさんが結婚できた理由とは?

「面白くない」「売れるわけないだろ」芸をバカにされても“彼女”がいたから続けられた⋯芸人TAIGA(50)が「この人と結婚しよう」と決めた妻の涙〉へ続く

(都田 ミツコ)