『浜田雅功とアスリート幸福論』ゲストに上原浩治&高橋尚子が登場!上原は思わず涙も

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ダウンタウン・浜田雅功の、『浜ちゃんのこれが聖地や!』(2000年7月)以来26年ぶりとなるテレビ朝日での冠番組『浜田雅功とアスリート幸福論』。

本日8月23日(日)、同番組の第2弾が放送される。

トップアスリートとして活躍したゲストが、人生を“幸福度”という独自の切り口で可視化した「幸福度グラフ」を作成。貴重映像をひも解きながらアスリートの栄光と挫折、そしてその裏に秘められた人間ドラマに深く迫っていくシリーズ企画となっているこの番組。

浜田とタッグを組むのは、『報道ステーション』のスポーツキャスターとして活躍し、浜田とは10年以上も『芸能人格付けチェック』で共演してきたヒロド歩美だ。

スポーツ総合誌『Sports Graphic Number』とのメディアの枠を超えた大型コラボも展開されている。

今回はゲストに、元メジャーリーガー・上原浩治と、シドニー五輪金メダリストの元マラソン選手・高橋尚子を迎える。

◆上原浩治、プロ野球人生を振り返るVTRに涙

1975年、大阪府寝屋川市で生まれた上原浩治。上原のイメージを「大阪の兄ちゃん」と答える浜田とも過去に共演経験があり、オープニングから「めっちゃ久しぶりじゃないですか!」と仲の良さを見せる。

1998年、ドラフト1位で読売ジャイアンツに入団した上原。しかし、このときの“幸福度”は100ではなく、上原は「ここがゴールじゃないんで」と話すが、浜田から痛烈なツッコミが。

また、同時期にメジャーからも声がかかっていたという事実も発覚。巨人か、メジャーか。揺れる当時の心境を語りつくす。

その後、順風満帆だったプロ1年目から、ケガに悩まされながらの日本一、二度目の沢村賞受賞、2005年にはポスティングでメジャーリーグに挑むも願いは叶わず、そしてWBC優勝と、波乱のプロ野球人生を送った上原。

2019年、44歳で球界を去った上原だが、輝かしい彼のプロ野球人生を振り返るVTRが流れ、その模様を静かに見つめる上原の目に涙が――。「えぇシーンやなぁ…」と浜田もしみじみ言葉を発する。

「人生を振り返ってもらえるっていうのはうれしい!」とほほ笑む上原の「幸福度グラフ」に注目だ。

◆高橋尚子、初対面の浜田にテンションアップ!

続いては、1972年に岐阜県にて生を受けた元マラソン選手の高橋尚子が登場。浜田と待望の初対面を果たし、「うれしい! テレビで見てた人だ! 夢のようです」と大興奮だ。

そんな高橋、大学4年のときに「大きな起点。これがなければ、私はいない」と語る大事件が。それが、恩師・小出義雄監督との出会い。高橋が語る小出監督との出会いのエピソードは必見だ。

2000年のシドニー五輪女子マラソンで金メダルを獲得した高橋。その際の“サングラスを投げ捨てた名シーン”だが、実は裏話があるよう。世間では“スパートの合図”とされているが、実際はまったく違う理由で…? サングラスを投げたあの一瞬に、大いなる駆け引きが…この真実に、浜田も興味深く耳を傾ける。

「もう一回人生をやり直せるとしても、この人生でいいかなって思います!」と悔いなく駆け抜けた、高橋の濃厚な“マラソン人生”にも注目だ。

◆上原浩治 コメント

浜田さんと久しぶりにお会いできて、さらに、ゆっくりとお話しできて楽しかったですね。

今回、改めて自分の人生を振り返ってみて思ったのは、「プロに入って20年も野球をやり続けたんだな」ということです。でも…実はこんなに短くないんですよ、僕の人生(笑)!

番組では収まりきらなかったですが、もっとあるんです。それでも、こうして人生を振り返ってもらえるっていうのはうれしいことですね!

最後は、引退を決めた試合や、引退会見が流れましたが、思わず涙が出ましたね。人が泣いている姿を見たら、泣いちゃうんです。それがたとえ自分でも…。すごく、涙もろいんです(笑)。

◆高橋尚子 コメント

初めて憧れの浜田さんにお会いできてうれしかったです! 大学のころからずっとダウンタウンさんを見ていましたので、こうして長い時間をかけてお話しできたのは夢のようですね。

最後の父親からの手紙で知った、母親に関するエピソードは本当に驚きました。驚きすぎて、リアクションが薄くて申し訳ありません(笑)。大きな決断をしたときに背中を押してくれたのも母親でしたので、本当にありがたい気持ちでいっぱいです。

改めて、こうして人生を振り返ってみて、一瞬一瞬が必死だったので、あっという間だったような気がします。もう一回人生をやり直せるとしても、この人生でいいかなって思います!

現役時代にたくさんの人たちに応援してもらって、本当にくじけそうなときも、止まりそうなときも、皆さんの声援があったからこそ耐えて、“フィニッシュ地点”まで運んでいただけました。ですので、これまで応援してもらったご恩をお返しできるような未来を進んでいけたらと思っています。