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 相撲部屋の「おかみ」を32年間務めた、元人気歌手の高田みづえ(66)が、25日放送予定のNHK「うたコン」(火曜後7・57)に生出演、11年ぶりに歌声を披露する。「一夜限りの復活SP」と題された同番組出演前に、今年3月15日に亡くなった夫の新盆を終えた心境や歌への思いなどをスポニチ本紙に語った。

 当日は1977年のデビュー曲「硝子坂」と大ヒットした「私はピアノ」を披露するほか、同期デビューの榊原郁恵(67)らとのトークを展開する。41年間連れ添った夫で元大関・若嶋津(元二所ノ関親方)の日高六男さん(享年69)の四十九日法要後の5月ごろ、かつてのマネジャーを通じて今回の出演企画を聞かされたという。

 「(親方の定年で22年1月に)相撲部屋のおかみをまっとうさせてもらいました。その親方を見送らせてもらい、残された人生をどうしようかと思い始めた時でした」と説明する。

 人気絶頂の85年、同郷の人気力士・若嶋津との結婚を機に歌手を引退。90年に松ケ根部屋(当時)を起こした際に「おかみ」になった。親方との1男1女を育てただけでなく「決して楽しいことばかりではなかったけれど、延べ100人を超える子供たち(弟子)と過ごして楽しかった。今も子供たちと連絡を取り合っています。自分に(おかみ業は)合っていました」と振り返る。だが、17年10月に親方が路上で倒れ、緊急手術を受けてから8年半にわたる介護生活が始まった。途中、22年1月に親方が65歳で定年を迎えて部屋を移譲し、おかみ業を卒業。今年3月には最愛の夫とも死別した。

 「いつも優しく穏やかな親方は最後まで私たちに“ありがとう”と言ってくれ、眠るように召されました。介護の枕元で『硝子坂』を歌うと、一緒に口ずさんでくれました。今回の話も“お母さん、いいんじゃない”と言ってくれていると思います」と親方の遺志もくんでの出演となる。

 15年8月にNHK「思い出のメロディー」に生出演して2曲を歌った。「その時の自分の歌がひどくて自己嫌悪になりました。今回、毎日カラオケで1時間歌って練習してきましたが、どうなることか…」と笑う。

 来年3月25日にデビュー50周年を迎える。「歌うことが好きで鹿児島から出てきましたが、結果的に8年間の歌手生活でした。新しいスタートを切って、その続きをしたいのか?今回歌ってみてから考えます」と本格的な歌手復帰に“含み”を持たせていた。(元尾 哲也)

 ≪「“何だと!”と叱り飛ばして」“子供たち”へ独自の愛情教育≫年頃の若い力士たちの母親代わりの日々を長年経験してきた。「最近の子は“おかみさん、それハラスメント”とかすぐ言うけど、にらんで“何だと!”と叱り飛ばしてましたよ(笑い)。バリバリの昭和のおばさんだったから」と独自の愛情教育を明かす。また、場所後の部屋での打ち上げでは後援者へのお礼で毎回歌を披露していたという。

 ◇高田 みづえ(たかだ・みづえ)本名・日高(ひだか)みづえ。1960年(昭35)6月23日生まれ、鹿児島県出身の66歳。76年、フジ「君こそスターだ!」で第18代グランドチャンピオン。77年にデビュー。NHK紅白歌合戦に7回出場。代表曲に「私はピアノ」「そんなヒロシに騙されて」「潮騒のメロディー」など。2022年1月の二所ノ関親方の定年引退まで相撲部屋のおかみを32年間務めた。

 ▽1977年の世相 高田のデビュー同期には、榊原、清水由貴子さん、香坂みゆき(63)、大場久美子(66)、荒木由美子(66)らがいた。高田、榊原、清水さんは「フレッシュ三人娘」と呼ばれた。漫画「サーキットの狼」などの影響で空前のスーパーカーブーム。エルビス・プレスリーやチャールズ・チャップリンら世界的大スターがこの世を去った年でもあった。スポーツ界では、巨人の王貞治(86)が756号本塁打を放ち、当時の世界新記録を樹立した。