Nスペ「白い旗」で描き切れなかったもの 水木しげるさんが3度描いた「硫黄島の戦い」を原作で読む
戦記漫画をアニメ化
8月16日に放送されたNHKスペシャル「白い旗 水木しげると硫黄島」。故・水木しげるさんの戦記漫画をアニメ化するとともに、ドキュメンタリーとアニメの2本立てで81年前の硫黄島の戦いを描いた。激戦を描いたこの作品には、アニメでは伝えきれなかったかもしれない迫力と魅力がある。【大宮高史/ライター】
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原作『白い旗』は、50ページ足らずの短編にすぎない。それでも同作を知るファンの評価は高く、何度も本で復刻されている。実写化もできそうな重厚なドラマで、今回、初めてアニメ化が実現した。NHKに残っていた日米兵士の証言と、原作のモデルになった西大條泰海軍中尉の遺族への取材で、ドキュメンタリーとアニメが並行して進む構成だった。

番組の中でも触れていたように、この作品を水木さんは3度描いている。最初は1962年の貸本『硫黄島の白い旗』、次に1964年に戦記もの連作の1作として描かれた『二人の中尉』、さらに1968年に『ガロ』誌上に掲載された『白い旗』であるが、『硫黄島の白い旗』と他2作では展開がかなり異なる。
「3度のマンガ化」が強調されていたが、水木さんが同じ内容を繰り返し描くことは珍しくない。貸本漫画家時代に描いていた、娯楽性の高い戦記ものもその後構成を変えて描いているし、『ゲゲゲの鬼太郎』のエピソードの中にも過去の作品からリメイクしたものがある。
話を硫黄島に戻そう。ドキュメンタリーパートは、既に物故された日米兵士の証言、兵士のために白旗を振った西大條中尉の生涯を追うなど、激戦の生々しさと悲劇性がよくまとめられていた。一方アニメパートは、『鬼太郎』に近いコミカルな絵柄で、隊長の風貌も漫画とはかなり異なり、眼鏡をかけた落ち着いた男性。おそらく水木さん本人に寄せたものと思われる。
島に米軍の大部隊が上陸し日本軍が玉砕、隊長とわずかな兵士が生き残るまでも原作と同じだ。そこで生き残った兵を大発(上陸用舟艇)で脱出させるため、隊長は白旗を振って時間を稼ぐ決断をする。しかし陸軍の残存兵力を指揮する大西中尉は徹底抗戦の構えで、二人の中尉は対立する。
「もはや抵抗は無駄で、部下を生かすことが指揮官に残された務め」と考える海軍の隊長と、「最後まで1人になっても抵抗するのが武人の道」だと考える陸軍の中尉。言った通りに白い旗を振る隊長に大西中尉が止めにかかるのだが、アニメだとここの描写が漫画に比べると呆気ない。
指揮官同士が出した答え
『二人の中尉』『白い旗』では指揮官同士はアニメ以上に持論をぶつけ合う。白旗を振る海軍の隊長に、陸軍の大西中尉は「死んでいったやつも生きたかったんだ。みんな死にたくて死んだわけではない。そうした英霊に戦友として死んでやるのが軍人の道ではないか」と反論する。
米軍による掃討戦はなおも続き、隊長は白旗を振る。「今度やったら撃つぞ」と宣言する大西中尉に、隊長は「君のところの部下は二十三人だろ。お前は二十三の生命を失わすことはできても、作ることはできまい」と返すが、大西中尉の反論もまた壮絶である。
「我々のささやかな抵抗がこの島に米軍の飛行場ができるのを一日でも遅らせれば、その分日本は一日だけでも空襲をまぬがれることとなり、結果二十三以上の生命を救うことができるではないか」
戦局は絶望的、まして「生きて虜囚の辱めを受けず」と教えられた軍人がどうすべきか。極限状況で指揮官同士が出した答えを、水木さんは冷徹に描ききった。だから『二人の中尉』の最後のコマで「いずれが正であり、いずれが邪であるかは、読者の判断におまかせする」とつづったのだろう。
ただアニメでは玉砕からラストに至るまでを急ぎ足で済ませてしまった印象で、白旗を振った指揮官とそれを止めたもう1人、それぞれの覚悟をもっと正面から描いてほしかったと、原作漫画を読んだ身としては思った。後日完全版のアニメが放送されるそうなので、そちらに期待したい。
水木さんにとって、南方での従軍経験は画業にも、人生観にも大いに影響した。『白い旗』のほかにも『総員玉砕せよ!』『敗走記』など自身の戦争体験をもとにした作品や、ほかにも多くの戦記ものを描き残している。
特筆したいのは、どの作品でも戦場の平凡なリアリズムを描いていることだ。絶望的な戦闘や突撃ばかりではなく、水や食糧の確保に必死になる兵士の日常にしっかりページを割くのは、戦闘も飢えも経験した水木さんでないとできないだろう。
『白い旗』でも真水が採れない硫黄島で、兵士は雨が降れば陣地掘りを放り出して雨水を貯めようとする。将軍でも政治家でもない彼らに戦局を左右する力もなく、与えられた境遇の中で生きるか死ぬかしかなかった。
玉砕しかけたり、生還すれば「なぜ帰ってきた」と罵倒されて次の玉砕要員にされたり、あげく爆撃で左腕を失う。戦場の理不尽をさんざん味わったゆえに、水木さんの戦記漫画にはニヒリズムとリアリズムが同居している。
だから兵卒・指揮官の区別なく死が描かれていくし、『白い旗』で最後の抵抗を続ける陸軍の最期もほんの一コマで終わる。そんな中、部下の生命を預かるものとしての隊長のセリフはそのまま原作の名場面になっているから、こちらも読んでみてほしい。狂信的な日本軍像とも、映画的なヒロイックな英雄とも違う、「そう生きざるを得なかった」無名の人々のドラマが詰まっている。
大宮高史
エンタメでは演劇・ドラマ・アイドル・映画・音楽にまつわるインタビューやコラムを執筆。そのほか、交通・建築など街ネタも専門分野。
デイリー新潮編集部
