さぁ、食堂へ帰ろう〜山角(経堂)〜

ただおいしいからだけじゃない。食堂に足が向くのは、そこでしか味わえない人の温もりがあるからだ。体というより、心の栄養をもらう場所。東京の街に今も残る、“ただいま”が言いたくなる食堂、「三角」(経堂)の物語を訪ねた。

チキン南蛮定食1,100円。薄づきの衣がカリッと、中はやわらか。軽やかで、女性に人気というのも頷ける
この街に必要なものは
やっぱり「食堂」だった
移転オープンから2年が経ち、久しぶりに訊ねた「山角」。店に入るなり、懐かしさに包まれた。カウンターに積み上げられた和食器、ところどころに置かれた骨董品に雑貨。人の家の台所を訪ねたような、温かい雰囲気は健在だった。下北沢に店を構えて11年。建物の老朽化から移転を決断したのを機に、長く働き詰めだった店主、平井加奈子さん自身も休業を決めた。

おいしさの秘密は「たっぷりの油で揚げること」と平井さん。お店だから作れる味だ
その後1年の時を経て、経堂で今の物件に巡り会う。満を持しての再開かと思えば、意外にも「定食屋にこだわるつもりはなかった」と言う。作りたいのは「この街に必要な店」で、それは喫茶店かもしれないし、飲み屋かもしれないと。プリンを出したり、お酒の種類を増やしたり、はじめは探り探りだった。店の看板すら出さずに数カ月を過ごしたのは「見つかりたくなかったから」だと悪戯まじりに言う。それでもじきに噂が広まり、ふたたび行列ができるようになって「あの山角だ、と来てくださる方が増え、やっぱり定食屋をやるべきなんだなって、観念しました」と笑う。

元は喫茶店だった店内は、ステンドグラスの窓に木製の家具、ノスタルジックな雰囲気が食堂という場になじむ。初めて訪ねたときから、包み込まれるような安心感があった
ただ、蓋を開けてみればこの街に必要なものはやはり「食堂」だった。「下北沢にはバンドマンや学生が多く、お客さんも1人暮らしの若い方がメインでした。対して今はいろんな人が来ます。赤ちゃんを抱いたお母さんに、若い夫婦や家族連れ、会社帰りのサラリーマン。確かに誰にだってごはんを作りたくない日はあるよねって。定食屋は誰にでも求められている場所だと気付いたんです」。老若男女、みんなに開かれている。昼は定食、夜は好きなおかずをごはんやお酒に合わせて楽しめ、価格は軒並み驚くほど安い。懐の深さはすべて「街の選択肢になりたい」という言葉に表れている。

コロッケ定食880円。まん丸の形がかわいいコロッケ。旬の芋を使うので、季節により食感や風味も変わる
「毎日でも、月に一度でもいいんです。今日はあそこに行こうと、この街で思い浮かべる店のひとつになれていたらいいなって」。来る者拒まず、去る者追わずの姿勢が、居心地を作るのだろう。話を聴いて改めてあたりを見回せば、今の空間は昔に比べて、店というより「家」に近い雰囲気を醸しているように思えた。「私自身も無理せず休めるときに休めるようでいたいから、定休日は決めないことにしました。気負わず、できることをやっていきます」。店主が自然体でいられる店は、自然と客の心も解く。帰り際に掛けられた「また来てくださいね」の言葉は、接客文句ではない、心からの声に聞こえた。
山角
さんかく
TEL.非公開
住所/東京都世田谷区宮坂3-17-11

