「お台場が廃墟化している…」は本当か? 大観覧車、ヴィーナスフォート、大江戸温泉が消えた街に今起きていること
「お台場が廃墟化している」。そんな投稿がSNSで拡散され、ネット上では議論を呼んでいる。
【画像】解体されていく、観覧車でお馴染みだったパレットタウン
かつて街のシンボルだった大観覧車は姿を消し、ヴィーナスフォートや大江戸温泉物語も営業を終了。広い更地が残る場所もあり、かつてのにぎわいを知る人ほど「寂しくなった」と感じる光景が広がっている。
しかし、本当にお台場は“終わった街”なのだろうか。街の成り立ちと現在進んでいる再開発をたどると、見えてきたのは「廃墟化」とは少し違う、お台場ならではの大きな転換だった。
お台場は本当に“終わった”のか? 歴史から見えてきたこと
「お台場が廃墟化している」。SNSでそんな投稿が拡散された背景には、かつてのお台場を象徴していた施設が相次いで姿を消したことがある。
では、本当にお台場は“終わった街”なのだろうか。
都市や商業施設に詳しい都市ジャーナリストの谷頭和希氏に聞くと、「そう単純な話ではありません」と話す。
「今、起きている変化だけを見ると、数々のランドマークがなくなったことで、街が衰退したように映るでしょう。でも、そもそもお台場は観光地として計画された街ではありませんでした。その成り立ちから見ていくと、現在の状況も少し違って見えてきます」
「お台場」という地名の由来は江戸時代までさかのぼる。1853年のペリー来航を受け、江戸幕府が外国船から江戸を守るため、東京湾に砲台=「台場」を築いたことに由来する。
現在のお台場につながる街づくりが本格的に始まったのは1980年代だ。東京都が「臨海副都心」構想を打ち出し、新宿や渋谷、池袋に続く新たな副都心として開発を進めようとしたのである。
「『臨海副都心』という名前の通り、本来の発想は観光地をつくることではなく、東京に新しい都市の拠点をつくることでした。オフィスや住宅、国際交流の機能などを備えた、新しい街をつくろうとしていたんです」
しかし、その計画は1990年代に大きな転換点を迎える。そのきっかけとなったのが、1996年に開催予定だった「世界都市博覧会(都市博)」の中止だった。
都市博の中止などを受けて臨海副都心の開発計画は見直され、東京都は、当面利用方法が決まらない土地の活用を進めることになった。
そのなかで1999年には、ヴィーナスフォートや大観覧車などからなる「パレットタウン」が開業。2003年には大江戸温泉物語も誕生するなど、多くの人を呼び込む大型集客施設が次々と生まれていった。
「都市博の中止を受けて、“この土地をどう活用するか”という段階に入ったのです。その中で、集客力のある施設が次々と出来上がっていった。今、私たちが思い浮かべる“観光地・お台場”のイメージは、この時期に作られていった部分が大きいんです」
なぜ「終わった街」と言われるようになったのか
そんな“遊びに行く街”としてのお台場のイメージを、全国に広めるうえで大きな役割を果たしたのがフジテレビだった。1997年、フジテレビは東京都新宿区河田町からお台場へ本社を移転。特徴的な球体展望室を備えた新社屋そのものが観光スポットとなり、番組と連動したイベントも数多く開催された。
同じ1997年には、刑事ドラマ『踊る大捜査線』が放送開始。その後、映画化もされる大ヒットシリーズとなり、舞台となった架空の警察署「湾岸署」のイメージも、お台場と強く結び付いていった。
ドラマやバラエティを通じて、「最先端の東京」といった印象が全国へ広がり、2000年代にかけて、デートや家族のレジャーで訪れる街として広く知られるようになっていった。
「フジテレビがあったから人が集まったというより、フジテレビが“お台場らしさ”を発信するハブになったことが大きかったと思います。テレビを通じて、お台場のきらびやかなイメージが共有されていったのです」
ショッピングモールを歩き、観覧車に乗り、レインボーブリッジを望む夜景を眺める──。そんな過ごし方がお台場観光の定番となった。
しかし、この20年余りでそんなイメージが大きく変わった。
2021年には大江戸温泉物語が営業を終了。2022年3月にはヴィーナスフォートが閉館し、同年8月にはパレットタウン大観覧車も営業を終えたのだ。
かつて「お台場」と聞いて多くの人が思い浮かべたランドマークが、短期間のうちに相次いで姿を消したのである。さらにヴィーナスフォートの跡地に2024年3月に開業したテーマパーク、イマーシブ・フォート東京も今年2月に営業を終了した。
街のシンボルが次々と姿を消したことで、久しぶりにお台場を訪れた人が「にぎわいも失われた」と感じるのも無理はない。
そして2026年6月、SNSに投稿された「お台場が少しずつ廃墟化してる」という言葉が拡散。閉館した施設や人通りの少ない場所を映した写真とともに、お台場の現在が大きな話題になった。
「終わった街」ではなく、生まれ変わる途中だった
ただし、その投稿をめぐっては、「閉館した施設だけを見て廃墟化と呼ぶのは違う」「再開発の途中なのではないか」といった反論も相次いだ。
今のお台場で起きているのは、単純な「衰退」なのか。それとも、街が別の姿へ変わっていく途中なのか。
谷頭氏は、「“終わった街”と見るのは正確ではありません」と話す。
「確かに、かつて私たちがイメージしていた“観光地・お台場”はひとつの区切りを迎えていると思います。
ただ、先ほどお話ししたように、そもそもお台場は観光地だけを目指してつくられた街ではありません。
今、起きているのは、お台場そのものが終わっているのではなく、街の役割が切り替わっている途中だと考えたほうがいいでしょう」
大江戸温泉物語が営業終了した理由は、客足の減少ではなく、事業用の定期借地権設定契約の期限が来たためである。さらにパレットタウンは、もともと臨海副都心の未利用地を暫定的に活用する施設として誕生し、当初予定を大幅に超えて20年以上営業した後、跡地の本格的な再開発が進むことになり営業を終了した。
また、東京都によれば、臨海副都心の2024年の来訪者数は5110万人で、過去最高の2015年5680万人には届かないものの、約9割の水準である。「廃墟化」の状態とは程遠い。
実際、かつてのランドマークが姿を消す一方で、新しい施設も生まれている。
旧パレットタウン跡地の東側には、2025年10月に約1万人を収容できる「TOYOTA ARENA TOKYO」が開業。
お台場に隣接する有明では2026年3月、テレビ朝日の複合型エンターテインメント施設「TOKYO DREAM PARK」がオープンした。さらに、お台場海浜公園では同月、大型噴水「東京アクアシンフォニー」の運用も始まっている。さらに実現するかは未知数だが、SBIグループは米ラスベガスの目玉施設である球体型アリーナ「Sphere(スフィア)」の日本版の設置をめざすと発表した。
かつての風景を知る人ほど「寂しくなった」と感じるかもしれないが、新しい街の姿はまだ完成していない。その「空白」の時期にあることが「終わった」という印象につながっているようだ。
さらに谷頭氏は、人々の街の使い方そのものが変わったことも大きいと指摘する。
「以前は『お台場に行くこと』自体が目的になっていました。ところが、今は『ライブがあるから』『展示会があるから』など、目的があって街を訪れるケースが増えています。
街そのものではなく、体験を目的に移動する人が増えたことで、人が集まる日とそうでない日の差が以前より大きくなっているのでしょう」
「人がいなくなった」というより「人が見えにくくなった」とも言えるだろう。イベントがない日の閑散とした風景だけを見れば、「お台場は終わった」「廃墟化している」という印象を持つ人がいるのも無理はない。
復活のカギは「街全体」をどうつくるか
生まれ変わるフェーズにいるお台場は今後、再びにぎわいを取り戻すことはできるのだろうか。
谷頭氏は、「可能性は十分ある」としながらも、その行方は「五分五分」だとみる。
「お台場には、アリーナや展示会場など、多くの人を呼び込める施設があります。ただ、それぞれの施設が“点”として存在しているだけでは、街全体のにぎわいにはつながりません」
重要なのは、イベントを目的に訪れた人が、そのまま街の中を歩きたくなるような仕組みをつくれるかどうかだという。
「例えばライブを見に来ても、それが終わったら駅へ向かって、そのまま帰ってしまうのであれば、街にはなかなか人が残りません。
ライブの前後に食事をしたり、買い物をしたり、ほかの場所にも足を運んだりする。そうやって一つひとつの施設をつなぎ、人が街を回遊するようになって初めて、“点”だったものが“面”になっていくんです」
そのためには、それぞれの施設や事業者が個別に人を集めるだけでは限界がある。
「お台場全体を“こういう街にしていく”というビジョンを描き、街を一体としてマネジメントする存在が欠かせません。それが行政なのか、民間企業なのか、あるいは両者が協力する形なのかはわかりません。ただ、街全体を見渡して、それぞれの施設をつなげていくリーダーシップが必要です」
かつてデートスポットやレジャーの街として、多くの人でにぎわったお台場。その風景は確かに大きく変わった。しかし、ランドマークがなくなったことと、街そのものが“終わった”ことは同じではない。
「廃墟化」という言葉の裏側で進んでいたのは、かつての観光地としての姿が変わり、新しい役割を持つ街へと移り変わっていく過程だった。
お台場がこの先、どんな街へ生まれ変わっていくのか。その答えが見えるのは、もう少し先になりそうだ。
取材・文/森田浩明(A4studio)

