逮捕されクビ、自宅は売却せざるを得ない状況に…バレたら「社会的な死」が待っているのに盗撮をやめられなかった「50代教員のその後」
〈「学校側も不正を行っている」“氷河期世代”だったこともアダに…50代・中学校教員を「自分は盗撮をしてもかまわない人間」と勘違いさせた「社会の歪み」〉から続く
逮捕され、職や家を失う「社会的な死」が待っているにもかかわらず、なぜ盗撮行為をやめられなくなってしまうのか。身近なスマホを使った手軽な加害行為は、過酷な現実やストレスから一時的に逃避するための身勝手な「鎮痛剤」へと変わっていく――。
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盗撮にのめり込む心理的メカニズムと依存症の真の恐ろしさについて、西川口榎本クリニック副院長として様々な依存症治療と向き合ってきた斉藤章佳氏の新刊『校内盗撮』(集英社インターナショナル)より一部抜粋してお届けする。(全3回の3回目)

盗撮をやめられなかった男のその後とは……。写真はイメージ ©getty
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盗撮がもっとも身近で魅力的なストレス対処法だった
すでに述べたように田中氏は、長時間の残業や労働時間の改ざんといった極度のストレスに晒されていましたが、適切なストレスコーピング(対処法)を持ち合わせていませんでした。
唯一、趣味らしい趣味といえるのは、市民サークルが主宰する和太鼓グループに年数回、顔を見せるくらいでした。
ストレスは「とにかく耐えるもの」という根性論で、誰にも弱みや悩みを打ち明けないまま、なんとか現実に対処しようとしていたのです。
そんな彼にとって、盗撮はもっとも身近で魅力的なストレス対処法でした。
盗撮をする際の「バレたらどうしよう」という緊張感と、うまくいったときの安心感。そして、スマホに記録された無防備で無垢な児童たちの姿。
そこで得られる強烈な高揚感や達成感は、他では到底得られないものでした。
なぜ盗撮にのめり込んだのか?
しかも、やることといったら筆箱にスマホを隠して、更衣室の片隅に置いておくだけ。その「手軽さ」ゆえに、彼は盗撮にのめり込んでしまったのです。
そしてこの「手軽さ」こそが、実は大きな落とし穴です。
一般的に、依存症が進行するプロセスには、以下の3つの共通点があります。
(1)報酬の即時性:行為の直後、快感や達成感がすぐに得られる。
(2)アクセスのしやすさ:スマホという身近な道具で、いつでもどこでも実行できてしまう。
(3)セルフエスティーム(自己効力感)の肯定的変化:「自分でもやれた」「支配できた」「コントロールできている」という感覚によって、一時的に自己効力感が変化する。
いつでも、どこでも、すぐに気分が変えられる。
こう記すと、まるでカンフル剤か特効薬のようですが、その効果は一瞬にすぎません。
長期的に待っているのは、「社会的な死」「経済的な死」「身体的な死」です。
その後、田中氏は…
田中氏の場合、逮捕され、職を失い、事件が報道されたことから、自宅に住み続けることができなくなり売却。妻の実家に一時的に身を寄せました。
このメカニズムは盗撮などの行為依存に限らず、アルコールや薬物など物質依存も同様です。
日々の緊張感やイライラ、不安をアルコールや薬物で紛らわせても、効果は一時的。
また、刺激にも慣れていくので、同じ快感を得るため量や回数が増え(耐性)、そのなかで肉体や精神は確実に蝕まれ、あらゆる死に近づいていくのです。
無音カメラアプリで盗撮にハマった男性
最初は興味本位で始めた盗撮が、やがて「やめたくてもやめられない」依存症になってしまう。
これは、田中氏に限ったことではありません。
私が過去に担当した事例では、ごく軽い気持ちで始めた盗撮がきっかけで、深刻な依存状態に陥ってしまった鈴木貴氏(仮名)という男性がいました。
50代で営業職の鈴木氏は、43歳の頃、仕事先でスマホの「無音カメラアプリ」の存在を知り、興味本位でダウンロードしました。
その後、ある日のジョギング中、ふと思い立ち、このアプリを起動。前を走る女性の尻を興味本位で撮影したのです。
数千枚におよぶ盗撮データ
実は彼には、中学時代から盗撮写真などが掲載されている「素人投稿雑誌」を愛読するなど、隠し撮りを好む性的嗜好がありました。
そしてこのとき、あまりに簡単に撮影できたことから、「素人投稿雑誌のような写真が、自分で撮れるかもしれない」という期待感が膨らんでいったのです。
その後、女性の尻を前にすれば、たとえ通勤中や出張先でも盗撮を繰り返すようになりました。
盗撮に及ぶのは、性的に惹ひかれる女性が現れたときや、アルコールで気が大きくなったとき。
さらには、仕事でイライラしたり、日曜日に時間を持て余して孤独を感じたりしたときの誤ったストレス対処法として、無音カメラアプリを起動していました。
初めて盗撮をしてから5年後、鈴木氏は電車内で盗撮しているところを他の男性客に見つかり、逮捕されました。
その間に盗撮した写真データは、数千枚に及んでいました。
「苦痛の緩和」を求めて
人が特定の物質や行動にのめり込むメカニズムを理解する上でカギとなるのが、自己治療仮説に基づく、「正の強化」と「負の強化」という概念です。
適度なお酒はリラックス効果をもたらし、コミュニケーションを円滑にします。
覚醒剤などの違法薬物を摂取すると、一時的に気分がハイになることは広く知られています。
このように快楽、達成感、多幸感、優越感などを得るために、特定の物質や行為を繰り返し求めることを「正の強化」といいます。
多くの依存症において、最初の入り口となるのが、この正の強化です。
鈴木氏が興味本位でジョギング中の女性を盗撮したように、そこから得られるスリルや優越感、達成感が動機となって、行為依存が始まるケースはとても多いです。
人は誰しも「苦痛」を抱えている
一方、「負の強化」とは苦痛の緩和です。
人は誰しも日々の緊張感や将来への不安やプレッシャー、過去のトラウマや逆境体験など、苦痛を抱えて生きています。
おそらく、この本を手に取ってくださっている読者の方々も、さまざまな痛み(否定的感情)を経験しながら今日まで生きてこられたはずです。
けれど、どんなにストレスを抱えていようと、私たちの多くは損失を繰り返しながらも薬物やアルコール、ギャンブルに耽溺することはありません。
スポーツをして汗を流したり、カラオケで大きな声で歌ったり、友人や知人に悩みを相談したり、適度かつ健全な方法で苦痛を和らげ、今日一日を生き抜いています。
しかし、そういった適切なストレス対処法を持ち合わせていない人の場合、どうすればよいでしょうか。
まるで頭痛のときに鎮痛剤を使うように、アルコールや薬物といった苦痛を一時的にせよすぐに和らげてくれるものを使い続けてしまうことは、依存症当事者でない方にも想像がつくと思います。
重度のアルコール依存症者が、栄養失調に陥り、失禁し、生きる屍のようになっても飲み続けるのは、けっして快楽のためではありません。
たとえば、若いときに覚醒剤に代表されるハードドラッグを常用していた薬物依存症者が、加齢や身体機能の低下とともにハードドラッグを身体が受け付けなくなり、大麻や処方薬に落ち着くというケースにもよく出会います。
彼らは自らの「生きづらさ」という苦痛の緩和のために、アルコールや違法薬物などの精神作用物質を使用し、大脳辺縁系を麻痺させ続けているのです。
依存症の本質は、快楽の追求ではなく「苦痛の緩和」にあると私は考えています。
鎮痛剤では生きづらさを解決できない
依存症者はコントロールできない苦痛を、精神作用物質によってコントロールできる苦痛へと変化させているといえます。先ほど頭痛の鎮痛剤の例を挙げましたが、鎮痛剤は、痛みの元となる炎症物質の発生を一時的にブロックする対処療法です。
これでは本質的な治療にはならず、ひょっとしたら頭痛の裏には重篤な病気が隠れているかもしれません。
先に挙げた2人の場合も、あくまで苦痛を一時的に棚上げしていただけで、生きづらさの根本的な解決にはなっていなかったのです。
(斉藤 章佳/Webオリジナル(外部転載))
