(※写真はイメージです/PIXTA)

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2025年度から本格化した多子世帯向けの大学授業料等無償化・支援拡充制度は、子育て世帯の教育費負担を軽減する大きな一歩となった。しかしその一方で、制度開始の直前に進学・卒業し、多額の奨学金返済を抱え続ける「狭間の世代」が存在する。今回は制度変更がもたらした世代間ギャップのリアルに迫る。現在28歳のAさんの事例を紹介しよう。

「3人分は無理だ」中間層の家庭、大学進学のために唯一残された選択肢

Aさんは栃木県出身の28歳。会社員の父、パートで働く母、2歳下と4歳下の弟という5人家族で育った。

「家族旅行にも行ったし、習い事もさせてもらった。ごく普通の家庭だったと思います」そう振り返るように、実家は生活に困窮していたわけではない。だが、兄弟3人が続けて大学へ進学するとなると、家計への負担は一気に大きくなった。

「高校3年生のとき、親から『大学には行かせたい。でも3人分の学費を全部出すのは無理だから、奨学金を借りてほしい』といわれました。弟たちのことを考えたら当然だと思ったし、嫌だとはまったく思わなかったです」

Aさんは地元の国立大学に進学し、日本学生支援機構の第二種奨学金を月5万円借りた。4年間の総額は240万円。少しでも家計の負担を減らし、弟たちの進学資金を残したいという思いから、実家から通える大学を選んだのだ。手続きは高校で案内されたとおりに進み、特につまずくこともなかった。ただ当時は、返済が何年続くのか、将来の生活にどれほど影響するのかまでは具体的に考えられていなかったという。

2年後、2歳下の弟が私立大学に進学し、同じように奨学金を借りた。さらに2年後、末の弟も進学。兄弟3人全員が奨学金の返済を抱えることになっていた。3人の借入総額を合わせると、およそ750万円に達する。

「親は『自分の分は自分で返そう』という考え方で、兄弟もみんな納得していました。ただ、あとから知ったんですけど、母は『3人全員に借金を背負わせてしまった』ってずっと気にしていたみたいで。正月に実家で飲んでいるとき、父がぽつりと『ごめんな』っていったことがありました。謝られることじゃないのに、なんか、切なかったですね」

3人全員が就職して

Aさんは大学卒業後、地元の県庁に就職した。安定した仕事に就きたいという希望と、家族の近くで暮らしたいという思いがあったからだ。現在は社会人6年目。手取りは月22万円ほどで、毎月約1万4,000円を返済している。完済は30代後半になる見込みだ。

「公務員は安定しているといわれますけど、若手のうちは給料が高いわけじゃないので、月1万4,000円は普通に重いです。それでも自分は実家の近くで生活コストを抑えられている分、まだマシなほうだと思います」

2歳下の弟は東京で働き、一人暮らしをしながら毎月約1万6,000円を返済している。末の弟も昨年就職し、この10月から返済が始まる予定だ。実家に3人が集まると、返済の話が自然と出る。残額はいくらか、繰上げ返済はするのか――兄弟のあいだにおいて、奨学金は日常会話の一部になっている。

「兄弟で合計750万円って、冷静に考えるとすごい額ですよね。家一軒の頭金くらいある。それが3人それぞれの給料から、毎月少しずつ返済されている。一人ひとりで見るとそこまで大きく感じなくても、家族全体で見ると相当な負担なんだなと感じます」

多子世帯支援の制度拡充に抱く「狭間の世代」の複雑な胸中

2025年度から、3人以上の子どもを扶養する多子世帯を対象に、大学の授業料・入学金を一定額まで支援する制度が始まった。Aさんの家庭は、まさにその対象となるような世帯だった。

「本当にいい制度だと思います。これからは、うちみたいな家庭でも3人とも借金を背負わずに大学へ行ける可能性が広がるわけですから。でも同時に、『うちは3人兄弟なのに、誰一人その制度を受けられなかったんだな』とも思いました。弟とも『あと少し遅かったら違ったよね』なんて話をすることがあります。制度が前に進んだことはうれしい反面、自分たちはちょうど狭間の世代だったんだと感じます」

制度そのものを批判したいわけではない。それでも、生まれたタイミングが数年違うだけで、一家が抱える負担が大きく変わるという事実には、複雑な思いを抱かずにはいられない。

制度の拡充とともに求められる「返済をしている人」への支援

Aさんの事例が示しているのは、奨学金が個人の問題であると同時に「世帯の問題」だということだ。兄弟3人がそれぞれ200万円台の奨学金を借りれば、一家全体では750万円近い返済を抱えることになる。一人ひとりで見れば珍しくない金額でも、世帯全体で捉えれば決して小さな負担ではない。

子どもの人数が増えるほど教育費は膨らみ、奨学金に頼らざるを得ないケースも増える。その結果、卒業後には兄弟それぞれが返済を抱え、長期間にわたって家計へ影響をおよぼすことになるのだ。

2025年度に始まった多子世帯への支援拡充は、教育費負担を軽減する大きな前進といえる。しかしAさんの言葉が示すように、その恩恵を受けられるのは、これから進学する世代が中心だ。すでに奨学金を借り、返済を続けている人たちの状況は変わらない。

だからこそ今後は、新たな支援制度を整えるだけでなく、返済中の若者への支援も併せて考えていく必要があるのではないか。所得に応じた返還制度の充実や、自治体・企業による返還支援など、卒業後の負担を軽減する取り組みも重要だろう。

子どもを育て、進学を応援した家庭ほど負担を抱えやすい――そんな構造を変えていくことこそ、社会全体に求められている。

大野 順也

アクティブアンドカンパニー 代表取締役社長

奨学金バンク創設者