《家族と円満別居》「1〜2年は何もしてなかった」超“亭主関白”だった2児の父・AMEMIYA(47)の育児観を変えた、妻の一言「コウメちゃんにも話を聞いて…」
2010年「冷やし中華ぁぁはじめました〜」で大ブレイクを果たした弾き語りピン芸人・AMEMIYA(47)。世間からは「一発屋芸人」のような見られ方をすることもあるが、あれから16年たった現在も引き合いは絶えない。
【貴重写真】AMEMIYAの息子たちや、若手芸人時代の写真などをじっくり見る
仕事に加えて忙しいのが子育てだ。共働き、義母との同居、すれ違う生活サイクル……よくある家庭不和の原因を、AMEMIYAは「円満別居」という新しい形で乗り越えている。かつて全く子育てに参加しなかったという「ダメ父」時代から、現在自身が住む「父ちゃんマンション」での育児まで、余すことなく話を聞いた。

©志水隆/文藝春秋
◆◆◆
「タバコを吸いまくるわ、お酒を飲むわ」亭主関白な一家で育った
AMEMIYA 僕よく文春オンラインのインタビュー記事読むんですよ。
――え、ほんとですか? うれしい。
AMEMIYA こっちが助かりまくっているんです。芸能人の『捧げる歌』を作る時、参考にさせてもらってる。だって情報に間違いがないじゃないですか。ちゃんと事務所チェックもしてるだろうし。
――今回ももちろん記事はご確認いただきますので、いろいろお聞きできればと思います(笑)。
AMEMIYA よろしくお願いします。
――小さい頃はどんなお子さんだったんですか?
AMEMIYA 幼稚園時代はビビリでしたよ。卒園アルバムとか、泣いてる写真ばっかりで。1個上の兄は元気で明るい感じだったんですけど、僕は結構兄の陰に隠れるような感じだったんじゃないかな。
――おとなしい子だった。
AMEMIYA そう思いますね。照れ屋だし。幼稚園の頃から脚が異様に細くて、そのことを気にしてました。みんな太くていいなって。
よく覚えてるのが、幼稚園の時ハチに刺された子がいたんですよ。で、「誰かオシッコできる人いる?」って先生が。今となっては意味ないことらしいけど、当時はアンモニアが消毒に良いみたいな風潮があったじゃないですか。「僕出るよ」みたいなことを言って、やったんですよね。
そしたら、みんなにその後からかわれて。「オシッコした、オシッコ」って。それでまた大号泣して。そうしたら、先生が怒って。「AMEMIYA君はこういう理由でやってくれたんだよ」って。あれなんだったんでしょうね。
――さあ……なんだったんでしょうか。以前インタビューで拝見したのですが、お父様が会社を経営されていたと。おぼっちゃまだったんですか?
AMEMIYA おぼっちゃまというほどでもないと思いますよ。父親はマーケティング会社の社長で、絵にかいたような亭主関白でした。家でタバコを吸いまくるわ、お酒を飲むわ、まさに「昭和の父親」という感じ。母親は専業主婦で、父親をすごくサポートしているタイプでしたね。
自分も最初は「亭主関白」だった
――そういうご両親の姿は、ご自身の夫婦観にも影響していますか?
AMEMIYA 影響を受けてました。父親ってそういうものだと。最初、子どもができた時、僕は子育てを何もしなかったんですよ。下手したら1〜2年しなかったんじゃないかな。母親がやるものと思い込んでいたんですね。
亭主関白だったAMEMIYAを変えた「妻の一言」
――子育てしてなかった期間って、どんな感じだったんですか。
AMEMIYA 奥さんが洗面台で赤ちゃんをお風呂にいれるのをただ見てました。「お、やってるね〜」って。そうしたら、奥さんも頭に来たんでしょうね。僕だけが子どもができてからも変わらない生活をしてたから。ある日、言われたんです。「あなたはなんで何もやらないの?」って。
あんまり言わないタイプなんですよ。ため込むタイプというか。だから、かなり勇気を持って言ったんじゃないですか。そこで「えっ、やらなきゃいけないの?」みたいな。そこからちょっと調べたりして、結婚している芸人さんとか、まさにコウメ(太夫)ちゃんとか……コウメちゃんはちょっと参考になるかどうか分からないですけど(笑)、いろんな人に聞いて。
こんなに今は時代が違うんだと、対等なんだと。しっかり子育てに参加しなきゃいけないんだなって気づいたんです。俺が今までやってたことはだめだなと思いました。
――奥さまのその言葉がきっかけで。
AMEMIYA そういうことですけど、ほんとは最初からもっと知ってなきゃいけませんよね。男は働いてお金を稼いできて、女の人は家を守るみたいな古い考えだったんでしょうね。でも、よく考えたら奥さんも仕事してるし、共働きなんだから。だいぶ反省しましたし、そこから子どもとしっかり遊ぶように変わりました。
「僕と一緒にいたら子どもによくない」近所の別居で子育て中
――今はどんな分担なんですか?
AMEMIYA 朝はうちの奥さんが次男を保育園に連れていってくれて、長男はもう小学校3年生なので1人でちゃんと行きます。営業や現場がない日は僕が次男のお迎えに行く。実は、奥さんと子どもと義母が住んでいる家とは別に、僕は仕事用のマンションを持っていて、正直言うとメッチャ近いんだけど、僕は結構そっちに居るんですよ。
――別居ということですか?
AMEMIYA 僕は夜中に歌詞を作るから、全然生活リズムが違うし、僕と一緒にいたら生活環境的にあんまりよくないんじゃないかって。だからふだんは一般的な家とおかしいやつの家みたいな感じで別れて暮らしてますね(笑)。
僕がお迎えに行くと、自分の方のマンションに連れてくるんです、長男も次男も。こっちで遊んで、ご飯食べさせて、洗濯して、お風呂入って、戦いごっこして、みたいな。いよいよ寝る時間になったら、あっちに戻して。次男はちょっと皮膚が弱いので、手に薬を塗ってから戻します。それで、そこからまた歌詞を作るんですよ。
「奥さんは、めちゃくちゃ喜んでます」
――お家を2つ持つきっかけってなんだったんでしょうか。
AMEMIYA 次男が生まれるってなったのがきっかけかな。人数が増えるし、それまで住んでいた家もちょっと手狭になるなと。でもマンションだったので、増築するわけにもいかなくて。一軒家に引っ越すかってなったんですけど、マンションも維持できるかもなと思って。コロナになっちゃったタイミングで、営業が減って収入も結構落ちたんだけど、何とかなったんですよね。
――別居生活、しかも円満となるとうらやましがられませんか?
AMEMIYA 奥さんは奥さんで、めちゃくちゃ喜んでます。自分のペースで生活できるから。「自分が仕事に行く時に僕が寝てるのが嫌だ」ってよく言ってたので。自分は保育園に送るのに、僕が寝てたらムカつくと。
あと、僕がいるマンションは古いんだけどタワーマンションで、朝の通勤でエレベーターが混むのもストレスだったらしい。贅沢な悩みですけどね。だけど、すごい喜んでる。
――すごく羨ましいです。お子さんの反応は?
AMEMIYA 子どもも行ったり来たりして楽しそうですね。僕のマンションに来て遊ぶのが大好きなんですよ。「父ちゃんマンション」って言ってますけどね。「今日、父ちゃんマンションに行ける?」って。
たまに「父ちゃんマンションお泊まり会」もあるんですよ。お家だと夜更かしできないけど、父ちゃんマンションだとゲームも枕投げもできる。奥さんも「1人で寝れるわ〜」って(笑)。そういう意味では、すごいよかったなと思います。
――お子さんが泊まりにくるときはお料理もされるんですか?
AMEMIYA コンビニのご飯とか冷凍のハンバーグとかで、「父ちゃん特製ハンバーグプレート」と称して出します。必ずそのあとにセブン-イレブンのリンゴを、野菜代わりに(笑)。「また今日もこれかよ」って子どもには言われますけどね。でも、自分なりにやっているつもりです。
家では、子どもが偏食なところもあって、お弁当も奥さんが作ってくれてる。子どもができる前は共働きだし「わざわざ料理しなくていい」って言ってたぐらいで、僕と妻はタイミングが違う生活だったんですけど、子どもにはちゃんとやってくれてる。だから、僕なりにできることをやっている、という感じですね。
「子どもには甘くしすぎちゃう」ゲームセンターで数万円を使うことも……
――それにしても、亭主関白だったころからはすごい変化ですね。
AMEMIYA 子どもに嫌われたくないんですよね。かわいすぎて。僕は“激甘野郎”なんです。怒らないし、とにかく何でも買ってあげちゃう。この前なんて、出張から帰って来て久しぶりに次男と会ったら、第一声が「おかえり」じゃなくて「何か買ってきた?」だった(笑)。その分奥さんがちゃんと厳しくやってくれているので、非常に助かっているという感じかな。
でもよかった。あの時、妻が言ってくれて。だって世の中にこんなにかわいいものがいるんだなっていうくらいかわいいもん。男の子なんですけど、今9ちゃいと5ちゃい。「ちゃい」って言っちゃうくらい。
――かわいい〜。
AMEMIYA ほんと、かわいいんだよなあ。勉強になるし。気づきもすごいある。それにしても甘すぎるかも。『大悟の芸人領収書』に子どもと出演させていただいた時に、クレーンゲームでいくら使ってるみたいな話になって。その時の金額が僕2万だったんですけど、甘すぎると指摘されました。
だって取れるまで挑戦させたいじゃないですか。
――成功体験を積ませたい。
AMEMIYA そう。成功体験も教育じゃないかなと。だけど、普通はそんなことしないらしいですね。(パンサーの)尾形君とか、父ちゃんが1ドッキリあったら、1回ガチャガチャとかやってるって聞きました。なるほど、そんな教育もあるんだと。みんなお金に余裕がないわけではなくて、いろんなやり方でちゃんとやってるんですよね。そういう意味では、ちょっと肝に銘じました。
――ご自身のお父さまにしてほしかったことを、今お子さんにしている感覚もありますか?
AMEMIYA そうそう。親父は割と自分の時間を大事にする人だったし。でもやっぱり大変ですよね。
――子育てですか?
AMEMIYA どんなに仕事が大変でも、歌作りより地方の営業より、一番疲れるのは子育てだと思います。やってみると分かってくる。だから、肝に銘じてやってます。奥さんへのリスペクトじゃないけど、感謝を忘れずに。
〈「もうめっちゃくちゃいじめられて…」千葉のヤンキー文化になじめず、保育士を目指した時期も…AMEMIYA(47)が明かす、“期待の若手コンビ”時代の苦い記憶〉へ続く
(西澤 千央)
