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念願のFIREを果たし、1.2億円の資産を手に入れた43歳男性。しかし、待っていたのは孤独と不安に苛まれる無味乾燥な日々でした。過度な節約や人間関係の断絶の果てに掴んだ「本当の豊かさ」とは何か――みていきます。

43歳で手に入れた資産1.2億円の「自由」だったが…

「これで一生、誰にも頭を下げずに生きていける」

都内の外資系企業を退職した佐藤健太さん(仮名・43歳)。当時の資産額は1億2,000万円。資産を年利4%で運用し、その収益で1年間の生活費を賄うという「4%ルール」を忠実に守っての決断でした。

年間運用益は400万円前後と見込んでいたのに対し、年間の生活費は300万円程度。賃貸マンションの家賃は月11万円、食費は月3万円、水道光熱費や通信費などを合わせても、月25万円以内に抑えていました。

「FIREを目指して、質素倹約を心がけて、その分、投資に回す……努力の結果のFIREだったんです」

一方で、FIREを早期に達成しようとするあまり、佐藤さんには我慢することも多くあったといいます。たとえば友人からの飲み会や旅行の誘い。これらはほとんど断ってきました。交際費は月5,000円と決めていたためです。

総務省統計局『令和3年社会生活基本調査結果』によると、40代前半が「職場の仲間」と過ごす時間は1日平均4時間5分。一方で、仕事以外で「友人と過ごす時間」は、実は1日わずか8分(男性の場合)しかありません。つまり、仕事を辞めてFIREを達成した瞬間に、生活のほぼすべてを占めていた人との繋がり(4時間以上)が突然消えてしまうのです。元々プライベートの付き合いが少ないなかで職場を失えば、待っているのは「1日中、誰ともしゃべらない圧倒的な孤立」という厳しい現実でした。

このような資産を減らさないための徹底した節約生活は、友人関係だけでなくパートナーとの関係にも亀裂を入れました。当時交際していた女性に「自炊中心の生活にして外食を控えたい」と求めたところ、愛想を尽かされて別れを告げられます。

「別にお金のためにあなたといるわけじゃないけれど、何のために生きているのかわからない」

捨て台詞を残して去った彼女の言葉が、FIREを果たしたあと、より深く心に響くことになりました。

起床は毎朝8時。そのあとは、スマホで株価のチャートをチェックするだけの時間が過ぎていきます。口座から毎月確実に生活費が引かれていく現実を見るたび、強い不安に襲われました。

「資産が減ってしまっては、この生活は成り立たなくなる――そう考えると、今まで以上にお金を使うことに罪悪感を覚えるようになりました。より質素倹約に拍車がかかってしまったんです」

極力、無駄な出費は避ける――交際費は限りなくゼロにする生活が続きました。そこにあったのは、圧倒的な孤立と精神的な絶望だったと振り返ります。

「何か縛られている感じが常にしていました。むしろ会社員時代のほうが自由だった気さえします。FIREなんかしても、まったく意味なかった……そんな思いでいっぱいでした」

1.2億円を抱え込むのをやめ、地方で選んだ新しい生き方

退職から2年が経過したころ、佐藤さんは資産を守ることだけを目的とした生活を捨てることにしました。まず、現状を変えるために東京を離れることを決意します。

「東京で生活していくにはお金がかかる。東京にいる限り、資産を減らすことへの罪悪感は消えないと考えたんです」

東京都内の賃貸マンションを解約し、地方の古民家へ移住。さらに佐藤さんは、これまで抱え込んでいた資産の一部を使い、地域の人々が集まる「カフェ」を小さく立ち上げました。店舗の改修費用など含めて約1,000万円を投じましたが、支出を恐れる気持ちは不思議と消えていたといいます。カフェからの収入は月10万円程度ですが、近隣の農家から野菜を分けてもらったり、店舗の常連客と日々の雑談を交わしたりする時間が生まれました。

「これまで資産を減らしてはならないという強迫観念に囚われていましたが、今は幾分収まりました。ここなら、収入が途絶えても、資産が減り続けても、何とかなると思える。東京を離れるために資産を取り崩しましたが、今のほうが充実しています」

佐藤さんは現在、配当収入とカフェの事業収入を組み合わせ、無理のない範囲で生活を続けています。会社退職後の暮らしを振り返り、「FIREすることが目的でしたが、FIRE後の目的をきちんと見据えておくべきだったと反省しています」と語ります。一度途切れた昔の友人たちとの関係も、徐々に戻りつつあるそうです。

「この前、会社員時代の同期が遊びに来てくれました。『前よりいい顔している』と言われました」