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イランの前最高指導者、アリ・ハメネイ師の一連の国葬からおよそ1ヶ月。アメリカとイランは事実上、停戦が破棄され攻撃の応酬が激化するなど、緊張が続いている。“戦争状態”が半年近くに及ぶ現地を取材する中で見えてきたのは、イランの国民の複雑な想いだ。映像では伝えきれない声とは。(NNNロンドン支局・本岡 英恵)

■戦争状態でも、変わらない日常

7月2日、アメリカとイスラエルによる攻撃後、日本テレビの取材クルーは初めてイランに入った。空路は使わず、トルコとの国境から車で14時間かけてテヘランへ向かった。

道中、ガソリンスタンドや食堂に5回ほど立ち寄ったが、商品が不足している様子はなく、人々は普段通りに食事をとっていた。私たちも朝食を頼むと、イランでは定番のナン、トマトとたまごのオムレツ(という名のスクランブルエッグのような卵料理)、そして、イラン産のチーズと生野菜が出てきた。

過去に4回イランを訪れたことがある私にとっても、攻撃前との違いはほとんど感じられなかった。緊張状態が続く中でも、そこには日常があった。

約850キロの道中で目にした戦争の傷跡は、イスラエル軍が破壊したとされる橋が一か所だけだった。橋はそのままだったが、すでに迂回路が整備され、人々は普段と変わらず車を走らせていた。

■街中に溢れる「We Rise Up(立ち上がれ)」の拳のポスターとアリ・ハメネイ師の写真

一方で、街の景色には明らかな変化があった。

地方都市から首都テヘランまで、目についたのは、殺害されたアリ・ハメネイ師の肖像画と、「We Rise Up(立ち上がれ)」と書かれた黒いポスターだった。現地の人によると、これらは殺害直後から掲げられたという。拳のイラストは、アリ・ハメネイ師の遺体が発見された際に握られていた拳を表していると説明された。

街の至る所で同じメッセージが掲げられ、現体制が国威発揚や結束を呼びかけている様子がうかがえた。

■反米意識を高めることへの「執念」

さらに、旧アメリカ大使館の前には、「アメリカの大罪」と題した新たな大型ポスターも掲げられていた。奴隷制度や広島・長崎への原爆投下に加えて、ベネズエラのマドゥロ大統領の拘束や、富豪エプスタイン氏の少女買春など、最近の話も描かれている。反米の意識を高めることへの執念を感じた。

■国葬で見えた支持、その理由はー

今回、私たちは他の海外メディアとともに、イラン側が決めたホテルに宿泊した。

ホテルから故アリ・ハメネイ師の葬儀会場までは、黒い服を着た人たちで埋め尽くされていた。ほとんどが現体制支持者だった。もちろん支持の度合いは人それぞれ。熱狂的な人もいれば、動員されたとみられる人々もいる。

ただ、外交関係者は「国を挙げての他のイベントは明らかに動員だと思ったが、今回はそれだけではない規模だと感じた」と話す。実際、若い女性は「体制支持でも反体制でも無かったが、自分たちの国の指導者が他国に殺された。なぜ他の国が、その権利を持っているのか分からない。だからせめて、哀悼の意を示したいと思った」と話していた。

■押し殺す複雑な感情。ペルシャ語で記者が聞いた言葉

今回の取材では、大学時代に学んだペルシャ語が役に立った。市民に通訳を介さず直接話を聞くことができたからだ。

葬儀会場から少し離れた道路脇で、人の流れを眺めていた年配の男性に、「参列しないのですか?」と聞くと、男性は周囲を気にしながら、小さな声で「ナ(いいえ)」と答えた。

そして口元を隠しながら続けた。「僕たちはね、イランの指導者、物価高、そしてアメリカとイスラエルの攻撃という3つに苦しんでいるんだよ」と小声で答えた。

別の青年は、自らが反体制派だと明かした。「今年1月の大規模な反体制デモで、友人を5人失った。現体制を支持できるわけがない」と話す。一方でアメリカの攻撃については、こう振り返った。「アメリカが攻撃した時は、この国が変わるかもと思い、攻撃への恐怖にも耐えた。でも、何も変わらなかった。やれるだけのことはやった、この国は変わらない」と諦めの声を漏らした。

アメリカとイスラエルの攻撃は、体制を変えるには至らなかった。一方で、体制支持者の結束を強め、一部には反米感情を芽生えさせ、変化を期待していた反体制派には失望を残した。武力は、人々の苦しみと社会の分断を深めても、誰も望んだ未来を生み出してはいなかった。国葬の熱気の裏で聞こえてきたのは、戦争によって希望を失っていく人々の声だった。