愛子さまが「丸ノ内線」に乗られた日、「お化け屋敷好き」の素顔…学習院バスケコーチが明かす「等身大の姿」

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愛子さまのプレーを初めて見たとき、ある特徴にすぐ気づきました。ボールを受けても、自ら攻め込むより先に、味方へパスを回そうとする姿勢です。『自分が、自分が』とならず、まず周囲を生かそうとする。この点は陛下の姿と非常に重なって見えました」

天皇陛下のご学友であり、愛子さまのバスケットボールのコーチを務めた今井明彦さんは、懐かしそうにこう振り返る。皇室をめぐる議論が進み、愛子さまへの関心が一層深まるなか、世間ではあまり知られていないエピソードがある。じつは、愛子さまはバスケに夢中になられた時期があったのだ。ご一家と家族ぐるみの交流を続け、近くで愛子さまを見守ってきた1人である今井さんが、バスケを通じて見えた「素顔の愛子さま」と「ご一家の絆」を明かしてくれた。

「今日はサプライズがあります」

今井さんが初めて愛子さまにお会いしたのは、陛下がまだ皇太子だった頃の恒例行事「お正月の集い」でのことだった。

「毎年1月3日頃に学友5〜6名で伺い、お節料理をいただきながらプライベートなお話をするのが恒例でした。愛子さまが1歳になるかならないかの頃、侍従の方から『今日はサプライズがあります』と案内されまして。陛下と雅子さまがお出ましになったとき、陛下の腕には幼い愛子さまが抱かれていました。大勢の大人に囲まれ、まだ場慣れしていないご様子で、きょとんとされていたことを覚えています」

お正月の集いは、天皇陛下が即位されるまで続いたが、愛子さまは幼少期からほぼ毎年参加されていたという。

「同級生の集まりとはいえ、お正月のかしこまった席です。まだ幼かった愛子さまからすれば大人同士の興味のない話だったかもしれませんが、時には2時間ほど続くこともありました。それでも、ジュースを飲んだりお菓子を食べたりしつつ、常に礼儀正しく座って過ごされていました。

愛子さまが初等科に進まれると、自然と学校行事や先生の様子についての話題が増え、両陛下から促されるような形でちょこちょこお話しされていました。聞かれたことにはきちんと答えますが、自分から積極的にお話しされるタイプではありませんでしたね。

そんな愛子さまの表情が、パッと和らいだ場面も印象に残っています。当時から動物がとてもお好きで、我が家の猫の写真をお見せしたとき、『わぁ、かわいい』と大変喜ばれていました」

チームメートからは「敬(とし)」

愛子さまがバスケットボールに夢中になられたのは、小学校高学年の頃だ。

「学習院初等科では5、6年生になると週に1度の課外活動があり、運動好きだった愛子さまはバスケを選択されました。実は5年生になる年のお正月に、『来年からの課外活動は何をされるのですか?』と伺った際、冗談半分で『バスケはチームスポーツで楽しいですし、有名な先生が教えているのでおすすめですよ』とご提案したところ、本当に選ばれたのです」

当時、初等科のバスケを指導していたのは、全日本女子代表の監督なども務めた名指導者・従野明宏先生。今井さんの中高時代の恩師でもあった。

「しばらくすると、従野先生から『愛子さまがバスケットをやることになったから、親父さん(陛下)も知っているお前も手伝え』と声をかけられました。自分がおすすめした手前もあり、私が現場にいれば両陛下も安心されるだろうと、補佐役のコーチをお引き受けしたのです」

男子と女子に分かれて活動を行う中、今井さんは女子チームを任され、愛子さまのプレーを一番近くで見守る立場となった。活動は週に1日。課外活動とはいえ、他校との定期戦や大会にも出場する本格的なものだった。

「初心者でしたが、同世代の女の子としては背が高く、足も速かったですね。チームメートからは、ご称号の『敬宮(としのみや)』から『敬(とし)』と呼ばれ、非常に楽しそうに生き生きとプレーされていました」

仲間を生かすプレーを意識されていた愛子さまだが、指導に対する飲み込みの早さも抜群だった。

「シュートやドリブルなど、常にいくつかの選択肢を持ってプレーすることも大切です。『まずは自分がシュートやドリブルで積極的に攻めることを考えましょう』とアドバイスすると、非常に頭が良いのでその場で理解し、次のプレーからすぐに実践されていました。人の話を聞くときも相手の目をしっかり見て理解しようと努め、両陛下のお話に耳を傾けるときと同じ姿勢でバスケに取り組んでおられました。

ただ、休憩時間になれば、同世代の女の子らしくお友達と走り回って大騒ぎすることもあり、こちらがたしなめる場面もありました(笑)。礼儀正しく気遣いに長けた方ですが、等身大の少女の一面もしっかりお持ちでした」

バスケットボールの形をしたお弁当箱

愛子さまの初等科時代は、学校の人間関係などで欠席が続き、雅子さまの付き添いが批判を浴びるなど、ご一家にとって試練の時期もあった。

「ご一家で悩まれていた時期だからこそ、愛子さまが生き生きとバスケをしている姿を見ていただきたく、私から愛子さまに『次回、ご両親を呼ばれませんか』と提案しました。すると、すぐに次の試合からお2人が足を運んでくださり、その後3試合ほど応援に来られました。

学習院の体育館では他の保護者の方々と一緒に立って観戦され、他校での試合でも一般の親御さんとして周囲に気遣いながら応援されていました。雅子さまからは『男子はスピードがありますね』といった感想や、専門的な質問をいただくこともありました」

愛子さまのバスケ熱は、ご家庭にも及んでいた。

「ご自宅用にゴールを購入し、当時のお住まいだった東宮御所で職員の方と練習されていると伺いました。また、昼食の際にバスケットボールの形をしたお弁当箱に、バスケットボール柄のカバーをつけて持参されたこともあります。『お母さまの手作りですか?』と聞くと、『ふふふっ』とニコニコ笑ってさらりとかわされてしまいました」

対外試合の帰り道には、チームメートと電車に乗ることもあったという。

「試合会場から四谷の初等科まで戻る際、愛子さまが他の生徒たちと一緒に丸ノ内線に乗って移動されたことがあります。少し離れた場所に護衛官や侍従が控えていましたが、車内でピッタリ張り付くわけにはいきません。侍従の方から『今井さんはコーチなので、近くにいてあげてください』とボディガード役を頼まれ、非常に緊張しました。もっとも、マスクをされていたこともあり、まさか愛子さまが丸ノ内線に乗っているなんて、周りの乗客は誰も気づいていませんでした。

昔は引っ込み思案の印象もありましたが、年齢を重ねるごとに、その印象は変わっていきました。他校に行くと、生徒同士の交流もあります。こうした経験もプラスになったと思います。バスケが愛子さまの成長のきっかけになっていれば、うれしい限りです」

「愛子はお化け屋敷が好きなんですよ」

今井さんは、愛子さまの意外な素顔も明かす。

「お正月の席で、雅子さまが『愛子はお化け屋敷が好きなんですよね』と明かされ、小学生だった愛子さまも笑いながら頷いていました。後楽園や富士急ハイランドの本格的なお化け屋敷に行った話になり、『愛子さまが来たらお化けのほうがビックリしますよ』と大盛り上がりしましたね。生まれたときから大勢の大人に囲まれて育ったせいか、非常に肝が据わっておられるので、お化け屋敷でも動じなかったのではないでしょうか」

バスケに熱中された愛子さまだが、中学進学時、バスケ部への入部を見送られている。

「小学校卒業の際、コーチ陣に感謝のカードが贈られました。他の生徒が2〜3行で済ます中、愛子さまはきれいなシールや色ペンで彩り、びっしりと丁寧な字で気持ちの伝わる文章を書いてくださいました。『中学でバスケを部活として続けられるかはわかりませんが、何らかの形で関わっていきたい』と。

中学の部活になれば拘束時間も長く、行く先々で警備の負担がかかり、他の生徒や保護者への配慮も必要になります。本心では続けたかったのだと思いますが、ご自身の立場や周囲への影響を考慮して、あえて入部を断念されたのだと思います」

それでもバスケへの愛情は消えることなく、高校時代には同級生が出場する他校との定期戦に応援に訪れ、近年では両陛下と車椅子バスケを観戦されている。

「周囲へのお気遣いや礼儀正しさには、両陛下のDNAを強く感じます。プライベートでお会いするご一家は、誰かが突出するわけではなくお互いを助け合って歩まれている、本当に仲の良いご家族です。報道や学校の問題で悩まれた時期もありましたが、その都度3人で乗り越えてきたからこそ家族の絆はより強くなり、愛子さまも立派に成長されたのだと思います。愛子さまといるときの陛下は、完全に『普通のお父さんの顔』になっていますからね」

国民から敬愛される現在の愛子さまのお姿に、今井さんは大きな期待を寄せている。

「敬宮愛子さま。そのお名前の通りに成長されました。柔和な表情を見ているだけで和みますし、若い世代に訴える強い求心力を持っていらっしゃいます。ご公務の様子を拝見すると、思わず『国のために一肌脱いでほしい』と思ってしまうほどです。これから先、その素晴らしいお力を様々な分野で発揮してくださることを願っております」

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