石破首相は結びで短歌を2度繰り返し、石破個人の願いが伝わってきた(C)共同通信社

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 AIもあきれる「コピペ」だった。6日の広島「原爆の日」。平和記念式典での高市首相のあいさつは、心がこもっていなかった。「広島市民」を「ひろしみ」と噛んだだけじゃない。相変わらずの定型文を読み上げたからだ。

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 高市首相が「政治の師」と仰ぐ安倍元首相のあいさつも在任中はほぼコピペ。AIに2人のあいさつを比較させると、類似性は「85%」と判定した。〈唯一の戦争被爆国として「核兵器のない世界」の実現に向け〉〈「非核三原則」を堅持〉との表現は完全一致。やはり高市首相は従来の政府方針をなぞったにすぎない。

 前任者は違った。昨年のあいさつの結びで、石破前首相は「原爆歌人」と呼ばれた正田篠枝の短歌を2度繰り返した。

「太き骨は先生ならむ そのそばに 小さきあたまの骨 あつまれり」

 昨年は原爆投下から80年の節目。一瞬にして炎に包まれ、息絶えた先生や児童らの無念さを読み上げたことで「核の惨禍を繰り返すまい」という石破氏個人の願いが伝わってきた。

当時15歳の愛子内親王が記した「平和」への思い

 広島への思いといえば、高市政権に「女性天皇への道」を絶たれた愛子内親王も印象的な文章を残している。学習院女子中等科の修学旅行で広島を訪問した際に感じたことを卒業文集に記した作文だ。タイトルは「世界の平和を願って」──。

 日常の澄み切った空や学校生活など「日常の幸せ」の描写から始まり、「空が青いのは当たり前ではない」という心境に至った理由を切々とつづっている。きっかけは広島訪問。原爆ドームや平和記念資料館の展示を目にした衝撃は「その日その場に自分がいるように思えた」ほどとし、「平和とは何か」を考える原点になったと記している。

 その実現は「容易ではない」としながらも、他人への思いやりから「平和は始まるのではないだろうか」と訴え、唯一の被爆国に生まれた「私たち日本人」の世界への発信の必要性を説く。なぜなら「『平和』は、人任せにするのではなく、一人ひとりの思いや責任ある行動で築きあげていくものだから」と。

 当時15歳にして「修学旅行の感想」の域を超えた深い洞察力に驚く。若き日は「飲みィのやりィのやりまくり」だった高市首相は、足元にも及ばない自分の恥ずかしさを少しは自覚したらどうか。

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