中国の習近平・国家主席

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 中国の“塀のなか”の極めて悲惨な実態が、国際人権団体の報告書によって明らかにされた。あるオーストラリア人の囚人は懲罰として、足錠をかけられたまま、ほぼ1畳の広さの独房に194日間閉じ込められ、ろくに食事も与えられず、けがや病気になっても治療は受けられなかったという。日中関係が最悪の状況のなか、日本の企業関係者が事件に巻き込まれるケースが起きており、今後、日本人がこうした悲惨な状況に追い込まれる可能性も否定できない。

【相馬勝/ジャーナリスト】

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極めて非人道的な扱いを受けている

 この報告書は「鉄格子のなか―中国の刑務所環境調査」と題し、スペインの国際人権団体「セーフガード・ディフェンダーズ」が先月(6月)発表したものである。中国の16省・市の元受刑者59人に聞き取り調査を行い、中国の刑務所内部の暴力や囚人の長期収監、強制労働、不十分な医療、通信制限、政治教育など広範な問題を指摘している。報告書は「中国の刑務所には効果的な外部監督が欠けており、法律で囚人に認められた権利は実際にはしばしば保護されずに囚人は極めて非人道的な扱いを受けている」と強調している。

中国の習近平・国家主席

2日連続で殴られた

 この具体的な例として、報告書は2020年1月2日に逮捕され、裁判を経て2024年10月5日に釈放されるまでほぼ4年9カ月間、北京第2刑務所などに収監され、服役したオーストラリアの実業家、マシュー・ラダル氏への長時間インタビューの内容を詳しく記している。

 ラダル氏は2020年1月2日、電話修理費用をめぐる商店主との意見の相違の末、警察に通報され、拘束され、警察署に留置された。

 本人の弁によれば、ラダル氏は2018年から、北京でアパレル関連などのオンラインビジネスを行っていた。20年1月、修理に出していたスマートフォンを引き取りに行った際、電器店の店主から不当な追加料金を要求され、拒否して立ち去ろうとしたところ、警備員らから暴行を受けた。駆けつけた警察は店側の「この外人が代金を踏み倒した」などとの主張を鵜呑みにし、ラダル氏を「強盗」の容疑で現行犯逮捕したのである。

「到着したとき、本当にひどい状態だった。最初に行った警察署で、2日間連続で殴られた。48時間も眠らず、水も飲ませてもらえず、食事もせず、大量の書類に署名を強いられた」

足首に鉄枠が…

 ラダル氏はその後の裁判で実刑判決が下り、刑務所に収監される。刑務所内でも囚人同士の争いに巻き込まれ、看守に反抗したなどとされ、懲罰として194日間独房に監禁された。独房は1.2メートル×1.8メートルと1畳(0.9メートル×1.8メートル)よりも少し広いくらいだ。

 この独房で、ラダル氏は鎖につながれた鉄の脚錠をはめられ、足首に鉄枠が食い込み、皮膚が破れ、感染症にかかったが、治療は受けられなかった。それどころか、この間、刑務所の看守に繰り返し殴られ、スタンガンで感電させられ、催涙スプレーを浴びせかけられるなど、「長期の独房監禁は、実際には虐待と拷問だった」と語っている。

 このため、ラダル氏は4カ月経ったころから、ずっと独り言を言い始めるようになったという。これをみた看守が「大丈夫か?」と尋ね、ラダル氏が「なぜ?」と聞き返すと、「お前が笑っているからだ」と畳みかけたという。ラダル氏は精神的にかなり追い詰められた状態だったようだ。

奴隷労働の実態

 中国の民主活動家の弁護を多数引き受けたことがある米国在住の中国人人権弁護士、李方平氏は、同報告書内で、「中国の刑務所法では、受刑者の独房での拘禁期間は最長で15日の範囲と定められている」と述べて、「(ラダル氏の)194日間の連続拘禁は明らかに刑務所法に違反している」と強調している。

 ラダル氏が暮らした刑務所の雑居房では20人くらいの囚人と一緒だった。アフリカ系とパキスタン系の囚人が施設内で最大のグループを構成し、このほか、アフガニスタン、イギリス、アメリカ、ラテンアメリカ、北朝鮮、台湾の男性も拘束されていた。彼らの多くは麻薬運搬の罪で有罪判決を受けていた。

「私たちはときに何カ月もシャワーや洗面などを禁じられたことがあった。また、寝室ではずっと電気はついたままで、そのまま眠らざるを得なかった。トイレでさえ、決まった時間にしか使えず、しかも汚れていて、上の階のトイレの排泄物が絶えず私たちの上に滴り落ちていた」

 こうラダル氏は刑務所内の劣悪な環境を吐露している。

 また、刑務所内の“強制労働”についても証言している。ラダル氏らは2022年2月から半年間、1カ月平均22日間、1日8時間の労働をし、文書の袋詰め、ラベル仕分け、医療用品の処理などを行った。が、半年間分の報酬はわずか合計4.2元(約101.178円)だった。低賃金どころの話ではなく、実質的な「無償労働」あるいは「奴隷労働」といってもよいだろう。

234万人が服役

 ここで中国の刑務所事情を見てみよう。今回の「セーフガード・ディフェンダーズ」の報告書では、2018年時点で中国には約680の刑務所があり、約170万人を収容していたという。これは中国政府の部外秘のデータを引用しているが、判決を受けているものの拘留中または移送待ちの人を含めると、服役中の人数は約234万人いると推定している。

 これだけの数の囚人が労働を行えば、かなりの生産量が見込めるが、そのほとんどが無報酬に近いと言えよう。

 ラダル氏は2024年に刑期満了で釈放され、オーストラリアに帰国。その後、結婚し、実業家として現在は円満な生活を送っており、英BBCやオーストラリア放送協会(ABC)などのメディアで中国での獄中体験を語っている。

10日間食事なし

 一方、ラダル氏と対照的なのが、中国の少数民族のウイグル族で、かつて北京の中央民族学院の教授だったイリハム・トフティ氏(57)だ。イリハム氏は2014年1月、「新疆ウイグル自治区の独立をよびかけていた」として「国家分裂罪」で逮捕、投獄された。その際、10日間にわたり食事が提供されず、20日間以上にわたり足かせをかけられ、イスラム教徒が口にできない食材を出され、事実上の絶食を強いられたという内容の供述を弁護士にしている。

 14年9月23日、判決公判が同自治区ウルムチ市中級人民法院(地裁)であり、イリハム氏に無期懲役の判決が言い渡された。同年11月21日に開かれた高級人民法院の上訴審でも無期懲役の判決が下されて刑が確定し、現在服役中だ。今後、一生、獄中から出ることができないと予想されるが、イリハム氏が現在どのような獄中生活を送っているのか、情報はまったくなく、想像するしかない状況だ。まさに暗黒の“塀のなか”だ。

 こうした実態は、人権団体によって度々告発されているが、当局は一向に改める気配がない。習近平が黙認していると指摘されても仕方ないだろう。

日本人2人が逮捕

 このような状況は日本人にとっても“対岸の火事”ではない。

 中国で大手電機メーカー「富士電機」グループの日本人社員2人が6月下旬、レアアース磁石を許可なく輸出したとする「国家輸出入禁止貨物密輸罪」の容疑で拘束され、その後、正式に逮捕された。当局は同時に、この事件に関連して複数の中国人についても逮捕したと伝えられている。取り調べの対象は10人以上にも及び、輸出を仲介した業者や税関の関係者らに対して大規模な取り締まりが行われたとみられている。

 中国当局は、日本人社員2人が、日本で取り外す目的でレアアース磁石をモーターなどの製品に組み込んだと問題視。こうした手法に中国側の関係者も関与していたとみているようだ。日中双方の関係者を逮捕したことは、日本側だけでなく、中国国内に向けても警告をする狙いがあるとみられる。

 さらに、この逮捕とほぼ同時に、中国商務部(省)は「国家の安全と利益を守り、軍民両用品目の不拡散等の国際的義務を履行するため、日本の軍事力強化に関与している日本の20企業・団体を輸出管理規制リスト(エンティティ・リスト)に加え」たことを明らかにしており、今後も日本人が捜査の対象になることが予想される。

 万が一、実刑、投獄となれば、報告書に書かれているような待遇を受けかねない。在中国日本人にとっては恐怖でしかない。

相馬勝(そうま・まさる)
1956年生まれ。東京外国語大学中国語科卒。産経新聞社に入社後は主に外信部で中国報道に携わり、香港支局長も務めた。2010年に退社し、フリーのジャーナリストに。著書に『習近平の「反日」作戦』『中国共産党に消された人々』(第8回小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞)など。

デイリー新潮編集部