スポニチ

写真拡大

 現役時代に3冠王を3度獲得し、監督としては中日を4度のリーグ優勝に導いた落合博満氏(72)が24日、自身のYouTube落合博満のオレ流チャンネル」を更新。ロッテ時代に感銘を受けた村田兆治氏(故人)の思い出を語った。

 1978年のドラフトで入団した落合氏にとって村田氏はすでに「ロッテのエース」だった。「マウンドに上がったら、試合が終わるまで投げ続けるっていうピッチャーですよ。昔のエースはみんなそうだったけどね。途中で代わるってことはまずしない」と内野の位置からその雄姿を見てきた。

 433試合に先発し完投は184試合。215勝177敗で殿堂入りした村田氏。その中でも阪急戦は特別で「相手のピッチャーが山田(久志)さんだったら、1時間50分くらいで試合が終わる。どっちが1点取るか。その1点で試合が決まるっていう野球の試合」と投手戦だったことを懐かしんだ。

 落合氏が2軍時代に、調整のため2軍に来た村田氏に「俺が投げてやる」と打撃投手を務めてもらったことがあったが、「2球でバット2本折ったもん。これじゃとてもじゃないけどバットがもたないから、もういいですってやめた」ことがあったという。

 以前「(全盛期は)年間に折ったとしても1、2本。1本も折らないでシーズンを終わらせたこともある」と話していた落合氏が2球で2本のバットをへし折られたというマサカリ剛腕伝説。

 「練習であんなボール打つもんじゃないと思った。あのダイナミックなフォームから投げてくるのが怖くて。よく相手のバッターは打席に立てるもんだと思った」と当時の心境を明かした。