日本経済の「ゾンビ化」は再び進むのか――コロナ支援策の検証で見えてきた意外な実態【公認会計士が解説】
新型コロナ禍では、企業の倒産を防ぐため、日本政府は過去最大級の資金繰り支援を実施しました。多くの企業が救われた一方で、「本来市場から退出すべき企業まで延命させ、日本経済の生産性を低下させたのではないか」という懸念も根強くあります。東京大学の星岳雄教授、川口大司教授、上田謙一教授らによる「日本銀行ワーキングペーパー」は、企業レベルの詳細なデータを分析し、コロナ支援策が実際にどの企業へ向かったのかを検証しました。そこから浮かび上がったのは、「支援はコロナ前から経営基盤の弱かった企業に集中していた」という実態でした。公認会計士の岸田康雄氏が詳しく解説します。
コロナ支援は未曽有の規模で実施された
新型コロナウイルスの感染拡大は、多くの企業から売上を一気に奪いました。こうした事態を受け、日本政府は資金繰り支援を柱とする大規模な経済対策を実施します。
日本政策金融公庫などによる実質無利子・無担保融資や各種補助金にはGDPの約3%に相当する財政資金が投入され、民間金融機関によるコロナ関連融資もGDPの約10%という過去に例のない規模となりました。
政策の目的は明確でした。感染拡大という一時的なショックによって、本来は健全な企業まで倒産してしまう事態を防ぐことです。
しかし、このような大規模支援には以前から一つの懸念が指摘されていました。それが「ゾンビ企業」の問題です。
一時的な資金繰り支援が、本来は市場から退出すべき企業まで存続させてしまえば、経済全体の新陳代謝が妨げられ、生産性の低下につながる可能性があります。
東京大学の星岳雄教授、川口大司教授、上田謙一教授らによる「日本銀行ワーキングペーパー」の研究は、その懸念を企業データから検証したものです。
支援金は「コロナ前から苦しかった企業」に多く流れていた
分析で最も注目されたのは、支援制度の利用と企業の信用力との関係です。
研究では、2019年時点の東京商工リサーチ(TSR)の信用スコアを用いて分析した結果、信用力が低い企業ほど各種支援制度を利用する割合が高いことが確認されました。
たとえば、信用スコアが1標準偏差低い企業は、
・持続化給付金を受給する確率が7.7%高い
・日本政策金融公庫から融資を受ける確率が28.1%高い
という結果が示されています。
もちろん、経営が厳しい企業ほど支援を必要としていたこと自体は自然なことです。しかし問題は、支援の対象となった企業の多くが、コロナ禍によって突然苦境に陥った企業ではなく、感染拡大以前から信用力が低かった企業だった可能性が高いことです。
つまり、「一時的な危機への救済」が、「構造的に経営基盤の弱い企業」の延命にもつながっていた可能性が示唆されています。
「100%保証」が銀行の審査機能を弱めた可能性
もう一つ興味深い結果は、民間金融機関によるコロナ融資の特徴です。
通常、銀行は貸し倒れリスクを負うため、信用力の低い企業への融資には慎重になります。しかし、コロナ禍で導入された実質無利子・無担保融資には信用保証協会による100%保証が付いていました。
企業が返済できなくなっても、銀行の損失は実質的に保証協会が負担します。そのため、銀行が本来果たすべき融資先の選別機能が弱まった可能性があると論文は指摘しています。実際、通常の融資と比較すると、信用スコアの低い企業ほどコロナ特例融資を受ける傾向がより強く表れていました。
研究では、「政府保証により銀行の貸出基準が緩和された結果、信用スコアが低い企業ほど民間銀行から譲渡性融資を多く受けている」と分析しています。危機時には迅速な資金供給が不可欠ですが、その一方で、公的保証が銀行の審査インセンティブを弱め、資源配分にゆがみを生じさせた可能性も否定できません。
「ゾンビ企業」と「ゾンビ予備軍」をどう考えるか
経済学では、「ゾンビ企業」とは、市場金利では資金調達できないにもかかわらず、金融機関や政府の支援によって存続している企業を指します。
今回の研究でより重要なのは、既存のゾンビ企業だけでなく、新たな「ゾンビ予備軍」が生まれる可能性に言及している点です。
分析では、コロナ融資全体の約19%が、TSRの信用スコアで「警戒が必要」とされる49点以下の企業に実行されていました。貸出額ベースでも約18%を占めています。これらの企業がすべてゾンビ企業だったわけではありません。
しかし、大規模な借入によって過剰な債務を抱えた結果、将来の設備投資や事業転換に必要な資金余力を失い、「デット・オーバーハング(過剰債務問題)」に陥る可能性があります。本来であれば成長できた企業まで、新たな投資ができず、長期的に競争力を失うリスクが生じることになります。
問われるのは支援よりも「出口戦略」
コロナ支援策は、多くの企業を倒産から救い、日本経済への急激なショックを和らげたことは間違いありません。
一方で、今回の研究は、その支援が信用力の低い企業へ比較的厚く配分され、銀行の審査機能にも一定の影響を与えた可能性を示しています。
今後の課題は、積み上がったコロナ債務をどのように整理していくかです。支援を急激に打ち切れば「倒産の崖」が生じる恐れがありますが、支援を長く続ければ、生産性の低い企業が市場に残り続け、日本経済全体の活力を損なう可能性があります。
企業の事業再編や債務整理を円滑に進め、成長可能な企業へ資金や人材を移していくことが、これからの政策には求められます。危機対応として始まったコロナ支援は終わりつつあります。これから本当に問われるのは、「どう支援するか」ではなく、「どう支援を終わらせるか」という出口戦略なのかもしれません。
岸田 康雄
公認会計士/税理士/行政書士/宅地建物取引士/中小企業診断士/1級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)

