日本代表でも常に声を出し、ナインを鼓舞する今津【写真:羽鳥慶太】

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昨夏は真っ白ユニの補助員…1年後につかんだ侍ジャパンのユニホーム

 いつかは内閣総理大臣、その前にプロ野球選手に……ビッグな2つの夢を掲げ、着実に歩みを進める選手がいる。東京六大学リーグの慶大で主将を務める今津慶介内野手(4年)だ。11日からは、侍ジャパン大学代表の一員として、台湾で行われる国際大会に臨む。天性のリーダーシップはいかにして育まれたのか。そして卒業後の進路をプロ野球と言い切る今津ならではの理由とは。

 昨年の7月、今津の姿は日米大学野球が行われた神宮球場にあった。ただし真っ白なユニホームで、試合の補助員としての参加。それから1年が経ち、今度はJAPANのユニホームをつかんだ。「去年、あそこで(日本代表の)レベルの高さを感じたので……。イメージをつけてやってきたことが、今年につながっていると思います」。大学と同じく、日本代表でもチームのまとめ役との期待を背負う。

 今津は北海道旭川市で生まれ育った。市内有数の進学校・旭川東高でも野球部の主将を務め、3年生だった2022年夏には北北海道大会の決勝まで進出。学校53年ぶりという快進撃だった。AO入試で進んだ慶大でも、昨秋自ら主将に立候補。強いリーダーシップと、他人のために汗をかくという生き方は、政治家の家に生まれ自然と育まれた。祖父は元衆院議員の今津寛氏、父の寛介氏は現職の旭川市長だ。

「父もそうですし、周りの政治家の皆さんもそうですが、やったことに対して『ありがとう』と感謝される姿をずっと見てきたんです。そこにやりがいを感じて……」。同じ道を目指すからには、その頂点に立ちたい。総理大臣という目標を公言するのはそのためだ。そして野球でも、大きな目標を口にする。

政治の道に進む前に「体が動く限りは」プロ野球を目指す理由

 今春のリーグ戦では3番や4番を打ち、見事リーグ優勝に導いた。13試合で打率.327、2本塁打、15打点。二塁手部門でベストナインにも輝いた。「リーグ戦も序盤は良くなくて……。地面の力を使えるように、股関節を一気にはめるようにしたら良くなったんです」。打撃フォーム修正という試行錯誤の末につかんだ好成績で、自信を深めた。卒業後の進路も「絶対プロに行きたいんです」と言い切る。

 外野で定位置をつかんだ3年春、後にドラフト1位でプロへ進む毛利海大投手(明大―ロッテ)や、大川慈英投手(明大―日本ハム)から安打を放ち、打率.358を残した。プロでもできるのではないかという手応えを感じたシーズンだった。そしてプロへの挑戦を公言するのには、今津らしい理由もある。

「プロ野球選手は、スポーツで夢を与えられる仕事じゃないですか。僕は旭川の出身なので、北海道の球児とか子どもたちとかに、挑戦し続ける姿を見せたい。体が資本ですけど、動く限りはと思っています」

 日本代表は11日から台湾で行われる新設大会「ワールド カレッジ ベースボール チャンピオンシップ」に参加する。対戦するのは米国、台湾、韓国と野球の盛んな国の同年代。米韓の代表は大学生で構成され、台湾代表には若手プロ選手も含まれる。世界を相手にした何よりの腕試しだ。

 普段はリーグ戦の対戦相手で、日本代表でチームメートになった榊原七斗外野手(明大4年)は「今津がいるので、このチームはどんなに苦しくても下を向くことはないと思いますよ。それくらいいい声出しをしてくれるんです」と持って生まれたリーダーシップに一目置く。一見欲張りな2つの夢も、全て叶えてしまうかもしれない。今津の言動はそんな力強さにあふれている。

(THE ANSWER編集部・羽鳥 慶太 / Keita Hatori)