ブラジルに敗れたショックは大きかった。写真:金子拓弥(サッカーダイジェスト写真部/JMPA代表撮影)

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 6月2日に日本を旅立ち、モンテレイでの事前キャンプからブラジルに敗れた翌日まで、森保ジャパンを追い続けた。現地6月30日までの約1か月、飛行機の遅延や雷雨、停電といったアクシデントに見舞われながら移動を繰り返し、この短期間でメキシコを2度訪れるなど、慌ただしい日々を過ごした。

 そのなかでも最もバタついたのは、遠藤航が離脱した6月11日だった。全体練習の冒頭15分が公開された後、広報スタッフから「山本昌邦技術委員長から話があります」と呼ばれ、「遠藤離脱」が発表されると、囲み取材への対応も含めて気の抜けない時間が続いた。とにかく原稿を書いて、書いて、書きまくる。気づけば、自社サイトに15本以上の記事を配信していた。今振り返っても、あの日のドタバタぶりは異様だった。

 心身ともに最も疲弊したのは、チュニジア戦前日の6月19日だ。エスタディオ・モンテレイでの監督会見を終え、日本代表の練習場へ向かおうとスタジアムの外へ出ると、空は怪しい雲に覆われていた。待っていたのは災害級の雷雨だった。傘などほとんど役に立たず、横殴りの雨にはほぼ無抵抗。同行したカメラマンがUberで呼んでくれたタクシーが到着するまでの約15分間は、この世の地獄を体感したようだった。

 びしょ濡れのままタクシーに乗り込み、そこから約50分間の移動。道路は冠水し、車は何度も深い水たまりへ突っ込んだ。信じられない光景を目の当たりにしながら、ようやく到着した練習場の待機施設もかなり狭かった。今回の取材で、この日ほどモチベーションが下がった日はなかった。
 
 そして、最も呆気なかったのがブラジル戦当日だった。マルチネッリの決勝ゴールが決まった直後の心情は、言葉では表わせない。前半の戦いぶりを見れば、日本には勝てるチャンスが十分にあったように感じられた。それだけにショックは大きかった。終わりの瞬間は、あまりにも突然やって来る。長友佑都も「残酷で、現実を受けられなかった」と率直な胸の内を明かしていた。

 ブラジルに敗れた後、長友や上田綺世は家族とともに過ごしたという。張り詰めたワールドカップを戦い終え、ようやく心を休められる時間になったのだろう。

 言うまでもなく、家族は特別な存在だ。それは選手だけではない。自分も現地7月1日にヒューストンを離れ、ナッシュビル、ロサンゼルスを経由して羽田空港へ。帰国した7月3日、自分の心の緊張が解けたのは、愛娘と抱擁を交わした瞬間だった。

 選手たちも家族からエネルギーをもらい、また次の戦いへ向かうのだろう。自分も同じだ。束の間の安堵を胸に、また次の現場へ向かう。

取材・文●白鳥和洋(サッカーダイジェストTV編集長/現地特派)
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