千葉豊さん(57歳)

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「セクシー男優」と聞いて、どんな人物を思い浮かべるだろうか。
夜の仕事一筋の人。破天荒な人生を歩んできた人。あるいは、少し変わった世界に生きる人――。

だが今回取材した千葉豊さん(57歳)は、そのどれにも当てはまらなかった。

超難関進学校から旧帝大へ進学し、現在は会社経営者。そして副業はセクシー男優。業界歴は20年以上。酒も飲まなければ女性トラブルもない。待ち合わせ場所に現れたのは、どこにでもいそうな穏やかな紳士だった。

なぜそんな経歴の人物がセクシー男優を続けているのか。

待ち合わせは新宿の喫茶店。簡単な挨拶を済ませると「僕、甘い物大好きなので嬉しいです」と微笑む千葉さん。話を聞けば聞くほど、「普通」という言葉では説明できない人生が見えてきた。(記事は前後編の前編)

◆「高卒の父」と「名門私大卒の母」の間に生まれて

旧帝大とは、戦前の「帝国大学」を前身に持つ国立大学群のこと。東大や京大がそれにあたるが、入学するのは並大抵のことではないだろう。千葉さんに「教育一家だったのか?」と聞くと「別にそうでもない」と話す。

「父は地頭はいいけど地方出身の高卒です。田舎だったし、時代的なこともあるんだと思います。反対に母は東京生まれ東京育ちの超がつくほどのお嬢様。名門私立大学出身です」

現在80歳を超えるお母様が大学に通っている頃は、学年に女子が1人いるかいないかだったんだとか。

「母は真面目なタイプ。コツコツ勉強をするタイプです。両親は同じ会社で働いていたんですが、父は現場で、母は管理職のいわゆるバリキャリ。結婚の決め手は父の顔に一目惚れしたそうです(笑)」

子供ながらに「カッコよくてモテる男だった」という父はもう亡くなってしまったようだが、結婚当初は二人の結婚に祖父母の大反対があったそうだ。

「あの時代に名門私立大学に入れるような家庭ですから、高卒の男なんて……と思うのは当然のことですよね。ただ私が旧帝大に入学したことで『結婚させてよかった』と気持ちが変わったみたいです」

IQ190でも「通知表は2」が並んだ少年時代

千葉さんは母親の生まれ育った東京郊外で育ち、通っていた小学校は「150人中60人は私立中学に進学していました」と話す。

「小学校3年生から進学塾に通わせてもらっていましたが、親に『勉強しろ』と言われたことはないですね。本の読み聞かせも特段してもらった覚えもないし、国語はずっと苦手で今でも小説を読むのは苦手です(笑)」

さらに興味のない授業に関しては全く聞く耳を持てず、小学校時代の成績は5段階中2が多かったんだとか。

「私は、完全なるADHD(多動性障害)なんです。でも当時はそんな事わかってないから、先生からしたら変な奴、扱いにくい奴でしかないんですよ。テストの点ではなく授業態度や授業への姿勢で減点されていました」

だが、区の知能テストを受けたところ、千葉さんのIQは脅威の190。学校どころか区全体でダントツの1位だったようだ。

「幼少期はIQに差が出やすいとはいえ、これには先生も驚いていましたね。まさかあいつが?って。ただ私は授業自体が嫌いなわけではない。淡々と教科書通りに沿った授業って、別に自分で読めば理解できてしまうから興味が湧かないというだけ。反対に興味が沸く『なんで?』がある授業は大好きで意欲的に聞いていました。小学校の勉強は簡単すぎたので、進学塾の授業は『なんで?』が多かったので楽しかったです。私は勉強自体は嫌いじゃないので」

◆男子御三家、そして旧帝大へ

中学受験では都内で男子御三家と言われる中高一貫校に合格した千葉さん。姉が中学受験に失敗してしまったこともあり家族は大喜びだった。