錦織圭という奇跡【第33回】
中尾公一の視点(3)

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◆中尾公一の視点(1)>>「体が後傾していた」ひざの痛みを解消して全米OP準優勝
◆中尾公一の視点(2)>>全米OP準優勝の舞台裏「余った栄養補給ゼリーを必ず持ち帰って」

「プレッシャーはありましたよ。掲示板には『辞めろ』とか、もっとひどい言葉もさんざん書かれていましたから」

 錦織圭の全盛期を支えたトレーナーの中尾公一氏は、笑みにかすかな自虐の色をにじませ、当時を振り返った。

「でも、エゴサーチ、嫌いじゃないんです。それらの声を糧(かて)にがんばろうって思えたし、熱心なファンがいることは、すごくありがたいとも思っていましたから」


中尾公一トレーナー(左)にテーピングを巻いてもらう錦織圭 photo by Nikkan sports/AFLO

 中尾氏は2013年から2018年シーズン終了時まで、6年間にわたり錦織のツアーに帯同した。

 テニスは究極の個人競技ではあるが、今やチーム戦としての側面も持つ。

 錦織の場合は、2011年からダンテ・ボッティーニがフルタイムコーチを務め、2014年には元世界2位のマイケル・チャンも加わった。トレーナーも2011年からロビー・オオハシ氏がスポットで主にフィジカル強化を担当。鍼灸師の資格も持つ中尾氏は、ツアーにフル帯同して治療をしつつ、ケガ予防のためのトレーニングなども手がけてきた。

「トレーナーの仕事は、とにかく選手が試合に出られる状態を作ること」だと定義する中尾氏は、自身が就いていた6年間、錦織が継続的にツアーを回れたことをひとつの矜持とする。

 そのなかで唯一の長期離脱が、2017年の夏から翌2018年1月までの約半年間。中尾氏にとっても、悔いともどかしさが入り混じる出来事だった。

 事が起きたのは、全米オープンを控えた8月のシンシナティ。大会に向けて練習していた最中に、錦織は右手首を負傷した。

 アスリートのケガ(スポーツ傷害)には、大別するとふたつの種類がある。

 ひとつは「スポーツ障害」。これは特定の動きを繰り返すことで負荷が蓄積し、発生するケガだ。疲労骨折やテニスひじ、腱や靭帯の炎症などがこれに該当する。

 対して「スポーツ外傷」は、ひとつの動きや接触などを起点に受傷するタイプ。骨折や捻挫、肉離れなどが典型例だ。

 前者のスポーツ障害は、フォームの改善や日頃のケアなどで、大ケガになる前に防ぐことも可能だろう。ただ後者の外傷は、いわば事故のようなもの。発生率を下げることはできても、予測することは難しい。

【世界1位ジョコビッチも驚いた変化】

 錦織が2017年に負った手首のケガは「尺側手根伸筋腱の脱臼」であり、典型的なスポーツ外傷だと言えるだろう。ただ中尾氏は、「いつかこのような事態が起きるのでは」と危惧していたという。それでも防げなかったのは、「コーチの領域は侵せない」というジレンマゆえだった。

「手首の腱脱臼に関しては、必然的にケガをする可能性が高いとわかっていながら、防ぐことができなかった。あのサーブのフォームだったら、いつか起きてしまうのでは......と危惧はしていたんです。

 脱臼したのは、ワイドの浅いコースへのスライスサーブを打った時でした。打つ時に手首を捻るんですが、そうすると手首の腱が骨の上に乗っかるので、脱臼することがあるんです。

 ただ自分には、「直せ」と言うことはできなかった。なぜなら、そこはテニスの技術の領域だから。あのサーブは圭の武器でしたし、普段打っているぶんには痛みも出てなかったんです。

 浅いコースへのスライスサーブは、マイケル(・チャン)が教えた技術のひとつでした。実際に、ワイドの浅いところへのサーブはすごく効果的だったし、戦術の幅も広がったんです。もう少し肩から腕を回せれば手首への負担も下げられたと思うんですが、圭はあまり肩が回らないんです」

 チャンがコーチに加わった2014年シーズン、錦織はトップ10の壁を突破し、全米オープン決勝進出を果たすなど大躍進を遂げた。その覚醒への扉を開いたカギのひとつが、スライスサーブだったのは間違いない。同年の全米オープン準決勝で錦織に敗れた時の世界1位ノバク・ジョコビッチ(セルビア)も、「圭は明らかにサーブがよくなった」と驚きの色を見せていた。

 手首の腱脱臼の治療法に関しては、その道の権威であるベルギーの医師の判断もあり、保存治療を選ぶ。

 復帰戦は、全豪オープンと同時期に北米カリフォルニア州で行なわれたATPチャレンジャー大会。初戦で238位のデニス・ノビコフ(アメリカ)に敗れるスタートだった。

【いかなるケガもトレーナーの責任】

「復帰戦の頃は、圭はまだ手首の痛みを訴えていたんです。そこで、テーピングを巻きました。プレー面では、テーピングをしないほうが手首の自由度が高いので、ドクターも含め、周りのみんなは『巻くな』って言ってたんです。でもテストとして、テーピングで圧迫して動かしてみたほうが、痛みは出にくかった。だから圭を説得して、周囲には内緒で、こっそり試合でテープを巻いたんです」

 秘密を打ち明けるように、中尾氏がいたずらっぽく笑う。

 効果は、てきめんだったと言えるだろう。翌週のチャレンジャー大会でも錦織は初戦でノビコフと再戦。今度はストレートで快勝すると、そのまま頂点へと駆け上がった。

「痛みが軽減したことでプレーもできたし、決勝まで勝ち進んだころにはもう、痛いとも言わなくなっていました。そこは気持ちの問題もあったと思います」

 勝利を重ねることで、手首の不安も頭の隅へと追いやられていった。

 その後、急速にトップフォームを取り戻した錦織は、5月のモンテカルロ・マスターズで準優勝。9月の全米オープンではベスト4に進出。10月のジャパンオープン、さらにATP500のウィーン大会でも決勝進出。年間上位8選手のみがその舞台に立てるATPツアーファイナルズにも出場し、9位でシーズンを終えた。

 トレーナーは、選手がケガをすれば批判にさらされるが、日頃の誠実な仕事が賞賛されることは少ない。

 損な役回りだと嘆いたことはなかったのだろうか──?

 向けられたその問いを笑みで受け止め、中尾氏は穏やかに答えた。

「しょうがないです。実際にあの手首のケガは、私の責任ですね。いかなる事情があっても、どんなケガだったとしても、やっぱり選手がケガをしたら、それはトレーナーの責任なんです」

(つづく)

◆中尾公一の視点(4)>>「錦織圭は体が強いほうではない」は本当か?


【profile】
中尾公一(なかお・こういち)
湘南工科大学を卒業後、フリーのシステムエンジニアを経てスポーツの世界へ転身。鍼灸マッサージ師の資格を取得し、バスケットボールや卓球の実業団チームでトレーナーを歴任する。2005年からテニス男子ナショナルチームのトレーナーを務め、ロンドン五輪にも帯同。2013年より6年間にわたって錦織圭の専属トレーナーとして全米オープン準優勝やリオ五輪銅メダル獲得の快挙を陰で支え続けた。現在はテニスのジュニア育成や大宮のコンディショニングスタジオで一般の方の健康を支えている。株式会社ABM代表。