「個人タクシーのドライバーが私服のおじさんでちょっと怖かった」…なぜ日本のタクシー運転手は「背広でネクタイ」なのか? いまも残る「おもてなし文化」に乗客の反応は
タクシーの労働環境の変化
ブルーカラーの現場には、古い商慣習が残る現場が多い。
タクシー業界も例に漏れず、昭和から平成の間に構築された「客を神様扱いする価値観」が色濃く残る。その多くは、一部の現場人による「おもてなし」という名の過剰なサービスが、やがて業界における“暗黙の”マナーから“明確な”ルールになり、その結果、客に勘違いを起こさせ、カスハラに繋がっているように思える。
その一方で、インバウンドや少子高齢化による人手不足などに対応すべく、同業界も時代に合わせようとする動きもみられる。
前編ではタクシードライバーが受けるカスハラについて紹介したが、後編はそんなドライバーたちから聞いた、切実な働きにくさをお伝えする。

黒ネクタイを携帯する理由
地方のタクシードライバーは、都心のドライバーよりも話し好きな人が多いと感じる。昨夏、とある地方を訪れた際に乗ったタクシーで、目的地までの道中、こんなことを吐露するドライバーに遭遇した。
「うちの会社も数年前、ようやくクールビズを始めたんです。これまでは夏でも上着着用。半袖禁止なうえに、腕まくりも禁止でした」
しかし、このクールビズは夏限定の措置だという。
「冬になれば、またネクタイしないといけない。会社曰く『客商売だから』と。そうは言うけど、お客さんからは、僕たち運転手の後頭部しか見えていない。実際、今、僕がネクタイしてるか見えてます?」
(筆者)「……全然見えないです」
「そもそも、ネクタイをしてないからといって乗るのを止めるお客さんなんていないでしょう」
このネクタイについて、もうひとつ過剰な配慮もあるという。ドライバーはこう続ける。
「タクシーはよく、冠婚葬祭の式場までお客さんを乗せることが多いんですが、そのなかでも葬儀場には、タクシードライバーが黒ネクタイをしていないと入場させてくれないところがある。だからうちは年間を通して運転手は皆『黒ネクタイ』を携帯しています」
ブルーカラーの正装はスーツなのか
日本のタクシードライバーは、ほとんどがスーツの制服を着用している。
一般的にタクシードライバーは、ブルーカラーに属する職業だ。他のブルーカラー職であるトラックドライバーや建設・製造業の作業員たちとは違い、体を大きく動かす機会がないとはいえ、一般のホワイトカラーの現場よりも厳しいスーツ着用の基準や禁止事項があるのには、強い違和感を覚える。
そんな思いをタクシーのドライバーにぶつけてみたところ、こんな言葉が返ってきた。
「やっぱ、客商売だからなんですかね」
実際、タクシードライバーに求める格好について議論されていたSNSの投稿には、
「タクシーは客商売なのだからスーツを着ていてほしい」
「タクシーは密室。命預けてるのでスーツまでいかなくともオフィスカジュアル等きちんとしてくださってると安心する」
「ラフな個人タクシーだと乗る瞬間不安を覚える」
「個人タクシーのドライバーが私服のおじさんで何かちょっと怖かった」
などの書き込みがある。
余談だが、SNSで「面接時にスーツを着ていく」と綴っていたあるトラックドライバーが、その続きに、こんなことを記していたのを思い出す。
「(トラックドライバーだって)ちゃんとしているとこはちゃんとしているんやで」
ブルーカラーの正装も、“スーツ”なのだろうか。彼らの正装は、“作業服”ではないのだろうか。海外でタクシードライバーがスーツを着用している光景は、ほとんど見たことがない。
ホワイトカラーの格好こそ「ちゃんとしている服」という考え方や、客商売ならばスーツじゃなければならないという固定観念の背景には、ブルーカラーに対する偏見、ブルーカラーワーカー自身にある負い目、さらには、日本の過剰な「おもてなし」文化があるのだろうと感じる。
もちろん、タクシーにおいては他のブルーカラーのような「ザ・作業服」ではないにしても、さすがに背広を1日中着用しないといけないというルールは、見直してもいいのではないだろうか。
別のタクシーに乗った時、そのドライバーはこんなことを言っていた。
「動きにくいです、やはり。せめてジャージ生地のスーツを作ってほしい」
常識から逸脱しないデザインであれば、もうそれはジャージでいいのではないだろうか。「見た目を気遣うより、安全運転をしてくれたほうがいい」と、ひとりの乗客として思うのだ。
進む電子化で減ったもの
こうした昔からの固定観念の抜けないタクシーの現場でも、ドライバーに歓迎されている変化もあるという。それが「支払いのキャッシュレス化」だ。
10年ほど前までは、タクシー料金をクレジットで支払おうとした際、ドライバーから露骨に嫌な顔をされたり、「現金ないですか」と言われたりすることもあった。それには彼らの事情があった。クレジット決済などで発生する手数料を、ドライバーに負担させるケースが常態化していたのだ。
現在は国からの働き掛けもあり、ほとんどの現場で手数料が企業負担となっているようで、ドライバーからもこんな声が聞かれるようになっている。
「電子・カード決済だと、お釣りを用意する時間も手間も省けるのでドライバーにとってもメリットですね」
「昔はタクシーを狙った強盗事件が頻発していました。売上金を車内に置いておくのは心的負担でもあったので、いい変化だと思っています」
その一方、この電子決済の普及によって失ったものも。
「現金の時はチップをよくいただけたんですよね。『お釣りは取っておいて。それでコーヒーでも買ってよ』と。大概が数百円ほどではありましたが、なかには羽振りのいいお客さんもいて、2、3000円の運賃でも1万円札を置いて行ってくれたことも。不景気というのもあると思いますが、電子マネーが普及してからは、もうほとんどそんな話も聞かなくなりました」
配車アプリと日本版ライドシェア
電子化でもう1つ触れておくべきは、「配車アプリ」の普及だ。
目的地の説明や支払時のタイムロスがなくなり、効率が非常に高くなったという。この配車アプリ最大のメリットは「客との会話や精算の必要性がないこと」だ。多くのタクシードライバーは、こう口を揃える。
「日本人はもちろん、インバウンド客獲得に大いに貢献しています。外国語で会話する必要がありませんから」
前々回、ブルーカラーの収入が大幅に増えた、いわゆる「ブルーカラー・ビリオネア」の事例として、毎度タクシーが挙げられる違和感を紹介したが、観光都市や首都圏を走るタクシードライバーの売り上げが上がったのには、この「配車アプリの導入」が貢献しているといえる。
東京を走る40代のタクシードライバーはこう話す。
「『流し』として街中を走りながら客を探すことなく、効率よく稼げるようになりましたからね。客が多い地域のドライバーの売り上げはそりゃ上がります」
一方、この配車アプリを活用したサービスで懸念されているのが、2024年に解禁されたいいわゆる「日本版ライドシェア」だ。
日本では、2024年4月から「日本版ライドシェア」がスタートした。元々、タクシードライバーになるには、客を乗せて運賃を徴収することができる「第二種運転免許」が必要だったが、この解禁によって、普通免許(第一種運転免許)しかもっていない一般ドライバーでも、自家用車を利用して客を乗せ運賃を徴収することができるようになった。
ただ、海外で普及している方法とは違い、既存のタクシー企業が、日本版ライドシェアドライバーの運行管理を担い、地域や時間帯を限定して実施されている。
それでもこの解禁にはタクシードライバー、とりわけ個人タクシーからの反発が根強い。東京近郊を走るタクシードライバーはこう話す。
「第一に、安全の確保に対する懸念ですね。免許もそうですが、『主業』か『副業』かで、仕事に向き合う真剣さは変わりますから」
また、この日本版ライドシェアに参画できるタクシー業界は限定的だという声も。ある小規模タクシー企業の経営者はこう話す。
「一般ドライバーによるライドシェアは、点呼による管理や研修に関する負担が時間的にもコスト的にも増えます。そのため、小さい規模のタクシー企業はそもそも参入が難しいんですよね」
バスやタクシーなどの旅客輸送においては、乗客の多様化やドライバー不足に伴い、サービスの多様化が求められるのは間違いない。だが、ドライバーの免許に対する多様化や規制緩和には、筆者自身も強い懸念を抱く。昨今、多発しているマイクロバスの事故に鑑みても、一種免許で人を輸送するべきではないと強く思うのだ。
ちなみに、このライドシェアのドライバーは、服装はスーツでなくていいそうだ。もし、客の側がこの制度を受け入れるのなら、一般のタクシードライバーもスーツではなくてもいいことになるが、恐らく業界は「ライドシェアとの差別化」として、よりかっちりした服装をドライバーに求めるような気がしてならない。
橋本愛喜(はしもと・あいき)
フリーライター。元工場経営者、日本語教師。大型自動車一種免許を取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場を訪問。ブルーカラーの労働問題、災害対策、文化差異、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆中。各メディア出演や全国での講演活動も行う。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)、『やさぐれトラックドライバーの一本道迷路 現場知らずのルールに振り回され今日も荷物を運びます』(KADOKAWA)
デイリー新潮編集部
