『星の王子さま』に秘められた宗教性【NHKこころの時代『ファンタジーに秘められた宗教』】

写真拡大

「真理」「善悪」「救い」「神」「不条理」「生と死」など、人が生きていく際に直面せざるを得ないテーマをファンタジーはどのように描き、それを私たちはどのように受け止められるのでしょうか。

NHK Eテレ「こころの時代」2026年4~9月『ファンタジーに秘められた宗教』では、宗教研究者の中村圭志さんが『星の王子さま』『銀河鉄道の夜』から『ハリー・ポッター』『風の谷のナウシカ』まで、誰もが一度は触れたことのある古今東西の傑作ファンタジーを「宗教」という目線でひもとき、作品が持つ世界観を読み解いていきます。

今回は番組ガイドブックから、放送第1回『星の王子さま』の解説イントロダクションを公開します。

書影(タップで商品ページへ)

『星の王子さま』──肝心なことは目に見えない

文学に「宗教」が秘められている?

 第1回では、誰もがその名前を知っている『星の王子さま(Le Petit Prince)』(一九四三)を取り上げます。いわゆる癒し系の心に残る話だったと言う方が多く、ファンも大勢います。もっとも、細部についてはうろ覚えという方のほうが多いかもしれません。ともあれ、作者サン=テグジュペリが描いたかわいらしい王子さまの姿は、あらゆる読者の記憶に残っているのではないでしょうか。

 さて、『星の王子さま』がファンタジーであるというのはよいとして、このかわいらしい本の中に「宗教」が「秘められている」とは、いったいどういうことだ? と思われたことでしょう。

 詳しい話はあとで述べますが、『星の王子さま』の中に宗教が秘められていると私が言う意味は、二つあります。

 その一。作者のアントワーヌ・ド・サン= テグジュペリ(一九〇〇~四四)は第二次世界大戦中に亡くなったフランス人です。戦前生まれのヨーロッパ人ですから、ごく自然にキリスト教の教養をもっていました。『星の王子さま』の中にはキリスト教の大事な行事であるクリスマスの思い出への言及がありますが、もともとクリスマス・プレゼント用の本として企画された可能性があります(実際の出版は春まで遅れた)。そういうわけで、物語のあちこちにキリスト教を思わせる要素が見て取れます。

 文化の違う日本では、キリスト教的な要素というのは、認識されにくいはずです。そういう意味で、「宗教」の要素についての解説が必要であろうと思うのです。

 その二。すでに述べたように、この本は癒し系として人気を誇っており、また、人生について深く考えさせられるような内容をもっています。今風の言い方では「スピリチュアリティ」を代表するファンタジーだと言えるでしょう。「スピリチュアリティ」と言っても、オカルトではなく、個々人の宗教的な探究心や求道心のようなものを指します。仏教についてはよく知らないが四国の遍路道を巡礼してみたいとか、マインドフルネス(瞑想により自己を観察する心理作業)に関心があるとか言う人は多い。そういうゆるやかな宗教性を指して、英米でも日本でもスピリチュアリティと呼ぶことが一般的になりました。

『星の王子さま』の中のそうしたゆるやかなる宗教性とはどんなものか。本誌では、これについても考えてみたいのです。それはまた、ファンタジーという文芸ジャンルのもつ宗教性を論じるうえで恰好の導入にもなることでしょう。

物語のあらすじ

 ここで『星の王子さま』のあらすじを簡単に説明しておきます。

 飛行士である語り手が、サハラ砂漠で不時着し、そこで小惑星から来た子供──王子さま──に出遇う。八日間ほど心の交流を重ねたのち、王子さまは、故郷の星に残してきた愛する薔薇のため、宇宙へと帰還する。エンジンの修理に成功した飛行士もまた、人里に帰る。

 時代は第二次世界大戦のころ。語り手の操縦する飛行機は極めてシンプルなプロペラ機です。作者サン= テグジュペリが飛行機乗りだったことは、よく知られています。

 サハラ砂漠で不時着ということは、生きるか死ぬかという状況です。エンジンの修理ができなかったら、確実に死にます。水も不足しています。するとそこに、小惑星から来た少年が現れた。ほとんど天使か妖精のようなものです。飛行士は面喰らいますが、とにかく二人で過ごす八日間が始まります。そして、危機を乗り越えることに成功するのです。

 もう少し細かい点を見ていきましょう。

 物語の前半三分の一は、飛行士の少年時代の回想と、砂漠での王子さまとの出遇いの描写に費やされます。その中には、六歳のときに描いた「ゾウを吞んだ大蛇」の絵を大人たちがてんで理解せず、帽子の絵だと思ったという楽しいエピソードや、王子さまの話を聞いた飛行士が小惑星を覆い尽くす三本のバオバブの樹を描くという印象的なエピソードが含まれています。

 物語の中盤三分の一は、王子さまが故郷の小惑星から地球までやってきて、飛行士のもとにたどり着くまでのいきさつが描写されます。途中、王子さまが訪れた六つの小惑星には、それぞれ、偉そうにしている王様、称賛されることの大好きなうぬぼれ屋、酒飲みであることにうんざりしている酒飲み男、空の星を数えては「所有」することに余念のないビジネスマン、星の回転速度が年々速くなるため作業にてんてこまいしている点灯夫(てんとうふ) 、現実世界のことは何も知らない地理学者という奇妙な大人たちが住んでいました。これら曲者のキャラクターもよく知られています。

 このように、『星の王子さま』では冒頭から中盤まで、かなり多くの部分が、大人たちの暮らしぶりに対する批判に費やされています。飛行士自身が、少年時代からそういう大人たちへの不満をもち続けており、小惑星間を旅行する王子さまも、同様の感想を抱いています。この「大人批判」というのが、『星の王子さま』の人気の秘訣であり、この本を世界的ベストセラーにした最大の要因だと言っても過言ではないでしょう。

 さて、王子さまは小惑星歴訪の末に地球に降り立ち、あちこち巡ったあと、野生のキツネに出遇います。しばらくしてキツネと仲良しになった王子さまは、キツネから人生の秘訣のようなものを教えられます。それは、次の三か条でした。

1 肝心なことは目に見えない。
2 時間をかけてつくった絆は大切なものとなる。
3 絆のできた相手に対して責任を果たさなければならない。

 どうやら、これが『星の王子さま』全体の重要なメッセージということのようです。その意味については、あとで考えることにしましょう。

 物語の後半三分の一は、それまでの軽妙なトーンとは少し違う感じになります。砂漠に不時着してから八日が経ち、そろそろ水も尽き、飛行士は死の恐怖にさいなまれ始めています。王子さまは王子さまで、故郷の小惑星に残してきた薔薇の花のことが心配で、どうにかして地球の重力圏を抜けて天上に帰ることを考えています。

 王子さまが天上に帰るというのは、具体的には、毒蛇に咬まれて「死ぬ」ことを意味します。なにせファンタジーですから、文字どおりの「死」とは違うものだと思われますが、ともあれ、雰囲気は深刻です。

 そんな中、王子さまと飛行士は砂漠をさまよい、そこに井戸を発見します。井戸の水を飲みながら二人は対話するのですが、クリスマスの話題が出てきたりして、なんだか宗教的なムードです。

 そして、その翌日の晩に、王子さまは毒蛇に自みずからを咬ませ、倒れます。このような形で故郷の星に帰るのです。飛行士は飛行機の修理に成功し、無事に帰還します。

王子さまは何者なのか

 けっこう複雑な物語ですね。細部に気を取られていると、本筋を見失いそうです。

 まず考えてみたいのは、この王子さまがいったい何者かということです。

 飛行士と王子さまが交流したのは、たった八日間です。大事なのは、飛行士が不時着し、エンジンを修理して人里へ戻るプロセスと、飛行士の面前に王子さまが出現し、自分の星へ帰っていくプロセスとが、ほぼ重なっていることです。

 これが暗示しているのは、王子さまは実は飛行士自身なのではないか、ということです。

 飛行士は砂漠で立ち往生し、自分の死に直面したときに、象徴的な姿を取った自分自身と出遇った。自分自身と真剣に向き合うとき、大人の外被(がいひ)の中にも子供時代と変わらない不動の中核のようなものがあることに気づきます。だから自分との対話は、子供の姿をした王子さまとの対話の形になったのです。

 飛行士は砂漠の真ん中で王子さまに出遇いました。王子さまについて飛行士は、「迷子というふうではない。疲れて死にそうなわけでも、腹ペコで死にそうなわけでも、喉が渇いて死にそうなわけでも、恐怖で死にそうなわけでもない」と書いています(2章)。こうした言い方は、語り手自身が、疲れて死にそうであり、腹ペコで死にそうであり、喉が渇いて死にそうであることを暗示しています。

「砂漠の真ん中、人間の住んでいるところから1000マイルも離れたところで迷子になっている子供というようすではまったくない」というこの不思議な子供は、あろうことか語り手に、羊の絵を描くことを要求します。

「お願い……羊の絵を描いて……」

 不思議なことも極まると、従わずにはいられないものだ。1000マイルも人里を離れて、死に直面しているときにはいかにも似つかわしくないことだと思ったが、俺はポケットから1枚の紙と万年筆を取り出した。

(2章)

 飛行士はまず、六歳のときに描いた大蛇の絵(大人に帽子と間違われた絵)と同じものを描いてみせますが、王子さまはそれがすぐに大蛇の絵であると見抜きます。感銘を受けた飛行士は、注文どおり、羊の絵を描いてみせます。

 かくして飛行士と王子さまは知り合いとなりました。これはまた、飛行士にとって、六歳のときの自分自身が蘇った瞬間でもあったわけです。

 王子さまは飛行士自身である。ただし、肉体の死を恐れている生身の存在としての飛行士自身ではない。それは飛行士の魂(ソウル)か霊妙なる精神(スピリット)のようなもので、いわば不死なる存在だから、死の恐れをもっていない──そんなふうにイメージしてみてください。

 飛行士は合理的な配慮に長けた「大人」です。王子さまは合理性など気にしない霊的存在としての「子供」です。『星の王子さま』は「大人批判」、従って「子供礼賛」の物語として知られていますが、ここで言う「子供」は、かなり特殊なニュアンスをもった「子供」であることが、どうやら見えてきました。

ガイドブック『NHKこころの時代 ファンタジーに秘められた宗教』では、キリスト教的な観点から見た『星の王子さま』の分析をはじめ、以下の全6回で、ファンタジーと宗教的なメッセージとの関係性をひも解いていきます。

第1回 『星の王子さま』──肝心なことは目に見えない
第2回 『蜘蛛の糸』──悪人とはだれか
第3回 『ムーミン』──孤独な小さき者たち
第4回 『銀河鉄道の夜』──生者と死者の旅路
第5回 『ナルニア国物語』『ゲド戦記』『ハリー・ポッター』──移り変わる宗教心
第6回 『火の鳥』『風の谷のナウシカ』──現代日本の死生観


番組HP情報
<https://www.nhk.jp/g/ts/X83KJR6973/blog/bl/pXydNRqbEe/bp/pk2yZNAmQg/>

著者

中村圭志(なかむら・けいし)
1958年、北海道生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学(宗教学・宗教史学)。宗教研究者、翻訳家、昭和女子大学非常勤講師。著書に『死とは何か 宗教が挑んできた人生最後の謎』『聖書、コーラン、仏典 原典から宗教の本質をさぐる』『教養としての宗教入門 基礎から学べる信仰と文化』(以上、中公新書)、『ビジュアルでわかるはじめての〈宗教〉入門 そもそもどうして、いつからあるの?』(河出書房新社)、『宗教で読み解くファンタジーの秘密 Ⅰ・Ⅱ』(トランスビュー)など多数。

※刊行時の情報です

◆『NHKこころの時代 宗教・人生 ファンタジーに秘められた宗教』ガイドブックより
◆ガイドブックに掲載の脚注、図版、写真、ルビ、凡例などは記事から割愛している場合があります。