《内申点のために級長をやった》《ご飯は全部手作り》「小学生ホスト」で炎上の母・ちいめろ、意外すぎる“堅実な生活”のリアル
ピンク×リボン×薔薇が大好きなママ・ちいめろさんは、今から約10年前、「小学生ホスト」の母として大炎上。小学生だった息子・琉雅(りゅうが)くんは現在、高校生になったが、「なぜ "見た目"だけで判断されるのか、今もわからない」という。ちいめろさん自身は、どんな少女時代を送っていたのか。【全3回の第2回。第1回から読む】
【写真を見る】現在高校生になった琉雅(りゅうが)くん、女優を目指していた高校生時のちいめろさん
ルーズソックスのせいで、生徒会長になれなかった
──ちいめろさんは、どんな子供だったんですか。
ちいめろ:目立ってナンボ精神の、いわゆる陽キャですね。その頃から、"人と同じことをしたくない"という意識は強かったと思います。
話し合いなどではまとめ役になることも多く、小学校高学年では生徒会で副会長をやりました。でも次の「会長」には、立候補したのになれなくて。その理由が、「ルーズソックス」だったんです。当時ちいはルーズソックスを履いていたんですけど、「副会長なのにルーズソックスどうなの」という声が結構あったみたいで。
ただ別に、ちいはオシャレでルーズソックスを履いているだけなんですよ。普段の生活態度は至って普通の小学生。遅刻をしたこともなかったと思います。
勉強も、当時はめちゃくちゃしてました。地元の公立中の制服がクソダサいセーラー服で、絶対着たくないから、私立の中学校に行きたかったんです。とはいえ、今ほど中学受験の情報もなく、ちい自身もよくわかってないから、通信添削と自学自習で頑張っていて。
でも、願書を出す時期になって、急に父親が「ダメだ」って言ってきたんです。通学が大変だからとかいろいろ言われて、「今さらなんなん!?」ってなるじゃないですか。そこで勉強する心が折れましたね。もういいや、って勉強放棄モードに入ってしまいました。
その流れで、高校進学でも入試を受けたくないから、中学は推薦を狙えるラインをキープ。内申点のために、級長もやりましたよ。生徒会長になっちゃうと、100%しっかりしなきゃいけないから、級長くらいがちょうどいいでしょ。小学生の時の経験から、「組織的な支持票を多く得ることで、勝ち負けが決まるもの」には向いていないことはよくわかっていたんです。
高校生活、結婚・出産も、訪れた「誤算」
──高校では、どんな学校生活を送っていましたか。
ちいめろ:女優を目指して、高校1年生から「劇団ひまわり」のレッスンへ通っていました。卒業したら上京して、本腰を入れるつもり満々だったんだけど、高3の春、バイト先のラーメン店で、お客さんとして来た元旦那と出会っちゃったんです。
すぐに付き合うようになり、「この人と結婚しよう」と思って、結局、高3の秋に劇団は辞めました。
当時、女優への夢を追いつつ、結婚という選択肢はなくて。二兎追うものは一兎も得ずかなと。結局結婚を選び、りゅうを出産しました。
──そして2010年に麗姫愛(まひめ)ちゃんを出産しましたが、その頃から別居を。
ちいめろ:基本的に、子供が生まれてからは「子供がいちばん」だったんですけど、さすがに元旦那と別居することになるのは計算外。別居生活は7年ぐらい続きました。
──離婚を決断したのは何かきっかけが?
ちいめろ:向こうが離婚調停を申し込んできたんですよ。「あ、新しい女いるんだな」って思いました。ちょうど、ちいも付き合ってた人がいたので、まあいいかなって、離婚を受け入れたという経緯ですね。
コンビニご飯は「食べたことなかった」
──YouTubeでは、基本的に食事は手料理で、コンビニご飯は食べたことがなかったことなど、地に足のついた生活をしている様子がうかがえます。
ちいめろ:ご飯は全部手料理です。大前提、うちド田舎なんで、近くに飲食店はないし、デリバリーも配達外というだけなんですけど(笑)。
もともと、ちいの母親が寮母さんをしていて、料理が得意なんですよね。子供の頃、父親は厳しいし、母親は父親の言いなりだしで、両親のことはマジで嫌いだったんですけど、自分が親になると、母が120%の愛情を注いでいてくれていたんだなとわかる。自分がやってもらって感謝していることは、いつの間にか同じように子供たちにもしているんですよね。
【つづく記事では、「小学生ホスト」と呼ばれた琉雅くんが「国公立大狙い」になった理由や、ちいめろさん本人の「整形」のトータル金額などを語ってくれている】
(第3回に続く。第1回から読む)
