(※画像はイメージです/PIXTA)

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司法統計年報(令和6年度)によると、同年に家庭裁判所へ持ち込まれた遺産分割争いの件数は1万5,379件にのぼるそうです。こうしたなか、遺族が揉めないためにも、元気なうちから対策しておくことは大切でしょう。しかし、良かれと思って行った生前贈与が、かえってトラブルの火種になってしまうケースも……。金銭的に余裕のある元教師の夫婦の事例をもとに、生前贈与がはらむ“思わぬリスク”を紹介します。

良かれと思って贈与したのに…裕福な60代夫婦の“誤算”

「後悔しています……生前贈与なんてしなきゃよかった」

そう言って声を詰まらせるのは、都内在住のオサムさん(仮名/69歳)と妻のユキエさん(仮名/66歳)です。

夫婦はともに公立学校の元教師で、現在は夫婦合わせて月額約37万円の年金で暮らしています。また、定年退職金を含めた現在の貯蓄は約5,000万円、持ち家でローンもありません。

そんな、金銭的になんの不自由のない老後を送る夫婦が後悔している原因は、愛する孫のための「生前贈与」でした。

教師という職業柄、何事も計画的に進めたいオサムさん夫婦。自分たちに万が一のことがあった際、「子どもたちが相続で揉めないように」と、生前対策を検討しはじめました。夫婦には、それぞれ結婚して独立した長男(41歳)と長女(34歳)がいます。そこで夫婦が目をつけたのが、暦年贈与の基礎控除を活用した方法でした。

「1人あたり年間110万円までなら贈与税がかからないと知りました。そこで、長女と長男夫婦にそれぞれ110万円ずつ贈与することにしたんです」

オサムさん夫婦は、長女の家庭に対し、長女本人へ110万円、そして「いつも娘と孫を支えてくれてありがとう」という感謝の気持ちを込め、長女の夫の口座にも110万円、合計220万円を振り込みました。同様に、長男夫婦へも計220万円を贈与。どちらの家族からも「孫のために大切に使う」と喜ばれ、夫婦は大満足だったといいます。

しかし、その幸せな空気は、わずか1週間後に一変することになります。

もう離婚する…実家に泣きついてきた娘

贈与を実行した翌週。突然、娘と孫が実家にやってきました。

聞くと「しばらく実家で暮らす。夫が謝るまで許さない」と涙ながらに語ります。

オサムさん夫婦はひとまず長女を落ち着かせ、何があったのか詳しく話を聞くことに。すると、原因は自分たちが渡した「220万円の使い道」を巡る価値観の違いでした。

夫婦が揉めた「220万円の使い道」

長女の提案は堅実なものでした。「何かあった時にすぐ引き出せるように、家族用の普通預金口座に入れておこう」というものです。

一方、夫は「普通預金に放置はもったいない。しばらく使わないんだから『つみたてNISA』を使って月々10万円ずつ投資に回すべき」とのこと。

この提案に娘が反論。

「パパとママからもらった大切なお金を、NISAなんてよくわからないものに変えたくない!」

そんな娘に対して、夫は資産運用の重要性を必死に説明。しかし娘は「投資はギャンブルのようなもの」というイメージがあるらしく、夫の話はまったく響かなかったといいます。

議論が平行線をたどるなか、夫が「もっと本やニュースを見て、少しは世の中のことを知ってくれ」と言い放ったことで、娘は「夫が自分をバカにしている」と激昂、家を飛び出してきたのでした。

「娘は年を取って授かった子ということもあり、少々甘やかしすぎたのかもしれません。娘のマネーリテラシーの低さは、親である自分たちにも責任があると反省しています」

オサムさん夫婦は、娘に「旦那さんは家族の将来を真剣に考えて提案してくれたはず。感情的にならず、もう一度しっかり話し合いなさい」と優しく諭し、数日後に長女と孫を自宅へ帰しました。

幸いにも離婚の危機は回避できそうですが、夫婦の心には深いしこりが残ることとなりました。

相続の実情

今回のオサムさん夫婦のように、老後に一定以上の資産を持つ世帯にとって、生前贈与などの相続対策を講じるという判断自体は、決して間違っていません。

最高裁判所事務総局の「司法統計年報(令和6年度)」によると、家庭裁判所に持ち込まれた遺産分割調停・審判の件数は年間1万5,379件にのぼります。単純に割ると、1日42件以上のトラブルが家庭裁判所に持ち込まれている計算です。

また、オサムさん夫婦には自宅(不動産)もあるため、将来的に相続税の課税対象となる可能性は十分あります(※)。よって、基礎控除(年間110万円)を利用した生前贈与は合理的でしょう。

(※)相続税の基礎控除額=3,000万円+(600万円×法定相続人の数)。実際には配偶者控除もあるためこの限りではないが、ここでは割愛。

“安易な贈与”は逆効果?

まとまった金額の生前贈与は、事前のコミュニケーションを怠ると、トラブルを招いてしまうリスクがあります。まとまったお金を“予期せず”手にしたとき、夫婦間の価値観のズレが浮き彫りになるのかもしれません。

また、2024年1月からスタートした新NISAなどをきっかけに、若年層の間で投資への意識が高まりました。一方、資産運用に対して拒絶反応を示す層も一定数存在します。そのリテラシーの格差が、夫婦の亀裂を生む要因となりかねないのです。

善意の生前贈与が裏目に出ないよう、たとえば「何のために使ってほしいお金なのか」という意図を共有することも、ひとつの選択肢でしょう。

「生前贈与を思いついたときは『きっと喜んでくれる』と信じて疑っていませんでしたが、浅はかでした。今後はなにごとも、もっと慎重に検討するつもりです」

オサムさん夫婦は今回の件を教訓に、自分たちの資産状況や今後の終活プランをオープンにしたうえで、子どもたちと丁寧にコミュニケーションをとりながら終活を進めようと、固く誓ったのでした。