暗殺されたラリジャニ国家安全保障最高評議会書記らの葬儀に集うイラン国民(写真:ロイター/アフロ)


イラン情勢がエスカレートしている。米国はイラン産原油の9割を処理しているとされるカーグ島を攻撃。イランはUAE(アラブ首長国連邦)やカタールなど湾岸諸国に報復している。イランを専門にする同志社大大学院教授の中西久枝氏は「イランの戦略は『この戦争は間違っていた』とアメリカに思わせることだ」と分析する。

(湯浅大輝:フリージャーナリスト)

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アメリカがイラン攻撃に懲りるのがイランの狙い

──アメリカ・イスラエルとイランの戦争が混迷を深めています。イラン最大の原油積み出し施設があるカーグ島を米軍が攻撃したのが3月13日。その後、イランはUAEやカタールといった国々に報復しています。中西さんはカーグ島攻撃後の戦況をどう見ていますか。

中西久枝・同志社大大学院教授(以下、敬称略):この戦争は「非対称戦争」であり、「Crude Conflict」(Crudeは名詞で「原油」、形容詞で「原始的」の意)だと称されています。

 イランには世界の原油価格を高騰させる石油戦略があり、新旧のミサイルや原始的なドローンで勝負する。トランプ大統領はイスラエルの利益を守るという名目の下、原始的な私欲に駆られて戦争を展開しているのではないかと思います。

 まずアメリカとイスラエル、イランにどんな戦略面での非対称性があるかを分析しましょう。

 アメリカとイスラエルは最新鋭の兵器を使用しイランをピンポイントで叩けば、戦争は早期終結すると予想していました。

 イランは圧倒的な軍事力をもつイスラエルとアメリカに正面から勝負する戦略を取らず、両国の高額のミサイル1基もしくは2基に対し、安価なドローン10機の波状攻撃で一部突破。2割着弾できれば相手は焦るという大きな心理的効果を持ちます。

 焦ったアメリカ・イスラエルは更なる大攻撃を仕掛け、イランは米軍基地のある湾岸諸国に報復し、長期戦に持ち込みます。この応酬を続けるイランの目的は、イランの現体制を守り、アメリカに「イランへの攻撃などこりごりだ。『この戦争は間違っていた』」と思わせることです。

 ここに、この戦争が「Crude Conflict」である手がかりがあります。イランの戦略はホルムズ海峡のタンカーや貨物船の航行をさせる、させないという裁量権を独り占めにし、湾岸諸国の石油・天然ガスのシーレーン*を混乱させ、原油価格を上げることです。タンカーの航行は、インドと中国などの友好国には特別扱いで許可しています。

*エネルギー資源を運ぶ国家存立のために重要な海上交通路のこと

中西久枝(なかにし・ひさえ) 同志社大学 グローバル・スタディーズ研究科 博士後期課程教授 カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)にて歴史学博士(Ph.D. in History)を取得。2001年名古屋大学大学院国際開発研究科教授を経て、2010年4月より同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。専門は、イランの安全保障、イスラームとジェンダー。最近の著書に『』(共著、岩波書店、2025年12月)。


 高度な迎撃システムを持つイスラエルとは違い、UAEやカタールなどの湾岸諸国にはイランのミサイルや格安ドローンが時折着弾し、原油・ガス生産・搬出が滞ります。これはまさに石油戦略です。

 

カタール攻撃が示すイランの「本気度」、勝利宣言できないトランプ

中西:カーグ島の軍事施設への攻撃はイランにとっては当然痛手です。ただイランは、代わりにUAEのフジャイラ港という、ホルムズ海峡を代替するルートの拠点になる港を攻撃することで、原油や天然ガスが更に急騰することに拍車をかけました。

攻撃を受けたUAE・フジャイラの石油施設(写真:AP/アフロ)


 イランには世界最大規模の南パールス天然ガス田という、カーグ島と並ぶ生命線があります。これはカタールにまで広くまたがっています。そこをイスラエルにより攻撃されると、イランは19日にカタールのラス・ラファン工業地帯のLNG施設を攻撃しました。戦争前はカタールとの関係はそれほど悪くなかったのですが、イランはそのカタールさえ攻撃するほど、この戦争に本気だということです。

「原油価格を高騰させ、世界経済を混乱させる。アメリカ・イスラエルがイランの生命線を攻撃すれば、米軍基地のある湾岸諸国の石油・天然インフラをドローンで攻撃して報復する。戦火は湾岸諸国まで達しても湾岸諸国はアメリカにノーと言わない。戦争は長引く」というのがイランのCrude Conflictです。

 対するアメリカはイラン側の戦略の緻密さと捨て身の覚悟を甘く受け止めていた節があります。カーグ島への攻撃はこれまで「タブー」とされてきました。アメリカの攻撃後にイランが次々と湾岸諸国の石油・天然ガス関連インフラ、時には淡水処理施設まで報復するのを見て、アメリカは簡単に勝利宣言ができなくなりました。

 つまり、アメリカには出口戦略は元々なかった、イスラエルはイランの核開発が生存的脅威だと決めつけ、アメリカを誘い、共同戦線としたということでしょう。

──一部報道ではトランプ政権は「カーグ島への地上部隊の派遣」も考えている、とあります(取材日3月19日)。エスカレーションは止まりそうにないのでしょうか。

イスラエルに「停戦」の意思なし

中西:すでに「エスカレーション」は止まらないとこまで来てしまったと見るべきです。イスラエルはイラン地下に埋められた「600キロの高濃縮ウラン」を何とか探し出そうとしていますが、これをさらに濃縮して核弾頭を製造したとしても、11個分の核弾頭にしかなりません。

 すでにイスラエルは90個ほど核弾頭を持っているわけで、イランが持つ11個のためにここまで戦争するのは、経済的にも戦略的にも割に合いません。それでも、とにかく「イランの核開発能力とミサイル開発能力を完璧に叩き潰したい」というのがイスラエルの本音です。

イスラエル・ネタニヤフ首相に停戦の意思はない?(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)


 そうしたイスラエルの思惑に惑わされたのはトランプ大統領で、「イスラエルロビーの選挙資金で中間選挙に勝ちたい、何としても自分は『ノーベル平和賞』級の手柄をイラン戦争で欲しい」と考えたのでしょう。結局、イラン戦争は私利私欲のためだったのでしょうか。品格を問われる、短絡的な動機です。

 ここに、Crude(原始的)のもう一つの意味があるように思えます。イランは4万カ所以上が攻撃され、5000人以上の死者が出て、カーグ島の軍事施設も南パールス天然ガス施設も攻撃された。もう失うものはない。戦争当事者にとってエスカレーション以外あり得ないところまで来てしまったようです。

 今後予想されるシナリオとして、「カーグ島に上陸したアメリカの地上部隊がイランのドローンで殺害される」可能性があります。沖縄の米軍基地から派遣された海兵隊が今イランに向かっています。仮に上陸作戦を敢行すると、カーグ島はイランの南岸から約25kmしか離れていませんから、イランはドローン攻撃をしやすくなります。

 そこで米軍兵士の死傷者が増える、それが戦争終結を導く鍵の一つかもしれません。でもそうなるまでには多くの命がイランやレバノン、さらには中東全体で奪われ、石油価格高騰で貧困に陥る人びとが特にアジアで急増します。

 米軍も黙ってはいませんからペルシャ湾沿岸を空爆する。それがエスカレートするとペルシャ湾全体に戦火が広がります。そうなると今は及び腰の湾岸諸国がさらにイランへの敵対心を募らせます。湾岸諸国がアメリカに刃むかうということはほぼありえないことですが、自分たちの経済的生命線に戦火が広がれば、アメリカに物申すでしょう。

 事実、カタールは20日「イランはこれ以上近隣諸国の私たちを攻撃してはいけない」と言いつつも、「イランのラリジャニ氏という外交のパイプになるべき人物が殺害された事実は大きい」と暗にイスラエルを批判しました。そして、外交手段で今後は戦争を終わらせるべきだ、と主張し始めました。

 湾岸諸国でカギを握りそうなのがサウジアラビア。もとより、サウジはイラン攻撃には否定的でした。アメリカとの関係が深いことに加え、すでにイランから淡水処理施設へのドローン攻撃も受けています。水が大事なサウジがどこまで我慢できるのか。

 さらにサウジのパイプラインが繋がる紅海ルートが、その出口のアデン湾ですが、今後、今はおとなしいイエメンのフーシ派の攻撃を受ける局面にまで発展する可能性はないのか。そうなれば、ホルムズもフジャイラ経由のルートも紅海ルートも事実上航行が極度に困難になります。

──とはいえ、イランもイスラエル・アメリカの相次ぐ攻撃で疲弊していると思います。軍事的な余力はどれくらいあるのでしょう。

革命防衛隊「離反工作」も難しい

中西:ハード面においてミサイルとドローンがイランの重要な兵器であると先ほど説明しました。ミサイルに関してはまだ33〜50%ほど余力があるとされていて、ドローンもカーグ島攻撃以降、すぐに反撃したことを見ると、まだ十分残っていそうです。

 イランは、地下施設でドローンを1機300万円ほどという安さで、大量につくれる体制を残しています。

 また、19日にはイラン上空を飛行していたアメリカのF35ステルス戦闘機が攻撃を受け、引き返して緊急着陸した事件が起こっています。アメリカはイランの攻撃だと主張しますが、ステルス戦闘機というレーダーに映らない最新戦闘機の飛行を阻む技術は中国とロシアしかないはずです。となると、ロシアがイランを助けた可能性もあります。

 軍事的には、イランはソフト面にも強みを持っていることも重要です。ソフトとは軍の組織力と戦略力、作戦遂行能力、さらに軍の士気のことを指します。

 アメリカとイスラエルが執拗に軍事施設を攻撃しても、一向にイラン側の士気は落ちません。攻撃を受けて数時間で報復できる柔軟性を見てもシミュレーション能力が優れていることは明らかです。(2025年6月にイスラエル・アメリカがイランを攻撃した)12日戦争の教訓を得て、現場での即興的な対応能力に強い国になっています。

──ゆえに革命防衛隊や国軍に対してアメリカやイスラエルが離反工作を展開することも難しいと?

中西:現時点では難しいです。ただ、年単位でこの戦争が続くとすると話は変わるかもしれません。革命防衛隊はイラン革命を成就させた指導者、ホメイニ師がつくった軍事組織で、「革命体制」のための国防と国内の治安維持を担っています。戦争中は特に一枚岩になります。

 ところがイスラエルが現在、ハメネイ師をはじめ革命体制下の軍首脳部の高官や政府高官を次々と殺害しています。後継者のモジュタバ師もいまだに姿を現していません。

 イランの政治・行政・官僚・軍組織は、3000年の歴史を持ち強固なので、トップが死亡しても後継する人も制度も盤石です。ただ、戦争の終結後に国民が窮乏生活を強いられ、冷静な目でなぜこうなったのかと疑問を持った時が、体制にとっての正念場となるでしょう。

 もちろんイランのガバナンス能力は高く、殺害された高官のポストに次々と違う人を補充できることから、短期的に革命防衛隊の士気が下がることは考えにくいでしょう。

ロシアが戦争終結の鍵を握る

──エスカレーションを止めるカギとなる国はありますか。

中西:イランの最大の支援国であるロシアです。イランはホルムズ海峡を封鎖し「友好国」の中国やインドには特別待遇で通過を許可し、イラン石油は市場に流れています。アメリカは世界の原油価格の高騰に歯止めをかけたいために、アメリカの対ロシア制裁を緩和し、ロシアの原油まで市場に出回ることになりました。

 漁夫の利を得ているのがロシアということです。ただ、イランにとっては原油価格を下落させることは、戦略上不利(アメリカに「この戦争は間違いだ」と思わせることができない)ですから、今後もイランはホルムズ海峡でのタンカーの航行への支配権は手放さない。

 ゆえに、イランとアメリカと話ができるロシアに注目すべきでしょう。アメリカとロシアがどのようなディールを行うか、つまりトランプを説得できるのは誰かという問題が、戦争終結のカギとなるのではないでしょうか。現に、イスラエルによるイランの石油天然ガス・軍事施設の攻撃は止まらず、アメリカもそれを制止できていないのが現状です。

 トランプ大統領は「南パールス天然ガス田への攻撃は知らなかった、イスラエルはやってほしくないことを時々やる。でももうイランのエネルギーインフラには攻撃しないよう言った」と苦しい声明を出しています。

 この1週間、トランプ大統領を取り巻く政治環境は厳しくなりました。18日に、アメリカテロ対策センター所長のケント氏が「イランに差し迫った脅威はなかった」と言って辞任、それに続いて19日、CIA長官もFBIの長官も同様の発言を議会公聴会で証言した。トランプ大統領が始めた戦争は間違っていたのではと。NATOもホルムズへの護衛の艦隊派遣はしないと主張しました。

トランプ大統領を取り巻く政治的環境が厳しくなってきた(写真:ロイター/アフロ)


 それでもアメリカは戦争を続けるのでしょうか。本当に地上戦まで行くのなら、アメリカは燃えるペルシャ湾の水底という沼にはまっていくように見えます。

筆者:中西 久枝,湯浅 大輝