タイの「庶民の足」トゥクトゥクさえも自由に使えない華子さんを尻目に、夫は現地女性と…

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 一見華やかで優雅なイメージのある「駐在妻」たちが抱える苦悩や葛藤。駐妻専門のメンタルカウンセラー、臨床心理士で公認心理士の前川由未子さんへの取材を基に、駐在生活にまつわるさまざまなトラブルや実態について紹介する。今回は、異国の地で夫がモラハラ化した駐妻のケースを追う。

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 野崎華子さん(40歳・仮名)が、建築会社に勤務する夫・隆さん(38歳)の海外赴任に伴い、家族でタイへと渡ったのは今から約4年前のことだ。自身のキャリアアップと経済的なメリット、そしてグローバルな成長を強く望んでいた隆さんは、会社からの打診に二つ返事で応じたという。夫の出世を応援したいという気持ちはあったものの、渡航前の華子さんの胸中は複雑だった。

タイの「庶民の足」トゥクトゥクさえも自由に使えない華子さんを尻目に、夫は現地女性と…

「一番の不安は、当時まだ幼かった子どもたちのことでした。特に次男は身体が弱く、言葉の通じない国で病気になったら……と考えると、ためらう気持ちが大きかったんです」

 夫だけの単身赴任という選択肢もあった。しかし、それは日本で幼子を抱えながら、ひとりで育児を行うことを意味する。苦渋の決断の末、家族で同行することを選んだ華子さん。乳幼児の末っ子を含む2人の幼子を連れ、タイでの生活が始まった。

「世界一住みやすい国」で日本以上の密室育児

 実はタイのバンコクは、日系企業が多く、「世界でいちばん生活しやすい駐在先」と称されることが多い。しかし、幼い子どもを抱えた母親にとっては、その環境は孤独と隣り合わせだった。

「夫は赴任早々、職場や取引先の人間関係や業務に慣れることで精一杯。家族のことは二の次になっていました。タイには日本人のコミュニティもありましたが、もともと人付き合いが苦手な私にとって、完成された輪の中へ踏み出すのは、想像以上に高いハードルでもありました」

 外は連日の酷暑に加え、ベビーカーの走行すらままならないガタガタの歩道。結局、行くあてもなかった華子さんは、一日中子どもたちと閉ざされた室内で過ごすしかなった。次第に、自分と子どもたちだけが世界から取り残されたような不安に駆られることも増えていった。

「私って、何のためにここにいるんだろう……」

 窓の外に広がる異国の景色が孤独感を一層高め、気持ちが塞がる日が多くなっていったという。

経済的な支配でさらに追い詰められる妻

 さらに華子さんに追い打ちをかけたのが「自由にならないお金」の問題だった。タイに行く前、華子さんは第二子の育休中だったが、帯同を機にやむなく退職。現地での生活費はすべて、夫から支給される額の範囲内でやりくりしなければならなかった。

「ガタガタの歩道が多く、幼い子ども連れだと少しの移動も一苦労。中には切れた電線がぶら下がっている危険な箇所もありました。でも夫からは、タクシーやトゥクトゥクに乗ることすら贅沢だと言われ、自由に使わせてもらえませんでした。自分のものはもちろん、子どもの習い事の月謝ひとつとっても、夫の顔色を伺いながら許可を得なければならなかったんです」

 日本にいたころは、共働きで対等な経済力があった。しかし、海外で専業主婦になり、収入源を夫に握られたことで、夫婦のパワーバランスは完全に崩れてしまったのだ。

 実は、野崎さん夫妻のようなケースは、駐在家庭において決して珍しいものではない、と前川さん。

「背景にあるのは、『稼いでいる人間が偉い』という固定観念です。閉鎖的な環境では、妻側も『養ってもらっているのだから、この扱いは仕方ない』と、弱者の立場を無意識に受け入れてしまう。まずは今の状況が『当たり前』ではなく、『異常なこと』だと自覚して、この状況を『変えたい』と願うことが第一歩。カウンセリングではその気持ちが湧き上がるところまでエンパワーします」(前川さん、以下同)

 さらにそこから必要なのは、夫婦による「対等」な会話だ。

「今という瞬間だけを切り取って『収入の有無』で優劣を決めるのではなく、『未来』という時間軸の中で、家族としてどうありたいか、そのために今の役割分担はどうあるべきかを共に考えていくことが欠かせません」

さらなる裏切りと呪縛からの解放

 現地に心を許せる友人もできず、夫による経済的な支配と孤独なワンオペ育児の日々。華子さんはただ、心を無にして耐え忍んでいた。だが、帰国の任期が迫ってきた赴任3年目。追い打ちをかけるような残酷な事実が判明する。隆さんが現地の女性と不倫をしていたのだ。

 華子さんが、心を蝕まれ自分を押し殺して暮らしていたその裏で、夫は別の女性と自由を謳歌していたのだ。夫の裏切りに華子さんの心はズタズタに引き裂かれてしまった。

「野崎さん夫妻の場合、もともと夫婦のコミュニケーションが希薄だったことが致命傷になったのだと思います。隆さんの不倫は決して許される行為ではありませんが、日々の激務のストレスを家庭で分かち合うことができず、別の女性に安易に癒やしを求めてしまったのでしょう」

 海外赴任が決まると、夫側はキャリアへの期待から高揚状態になりやすく、現地の生活に対しても「なんとかなるだろう」と楽観視しがち。しかし現実には、駐在を機に溝が深まり、離婚に至る夫婦は決して少なくないという。

「『会社が決めたことだから』と流されて渡航するのではなく、『この経験をこの先どう生かすのか』『家族として何を大切にするか』。また、『ワンオペ育児になったときのサポートはどうするのか』といった具体的なことまで、赴任前から夫婦でしっかりと対話を重ねること。それが家庭の崩壊を防ぐ手助けとなります」

 ほどなくして、野崎さん一家は日本へ帰国した。一時は子どものためにと関係修復を模索した華子さんだったが、日本の空気に触れ、自分を大切にしてくれる家族や友人と再会するなかで、夫の呪縛から少しずつ目が覚めていった。

「日本に帰って客観的になれたんです。おかげで、自分がどれほど夫に踏みにじられ、異常な生活を送っていたのかにようやく気づけました」(華子さん)

 その後、二人は離婚を選択。華子さんが心に負った傷は深く、今も完全には癒えていない。しかし、守るべき子どもたちとの新しい生活を見据え、心はすでに前を向いている。

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デイリー新潮編集部