人生後半を幸せに過ごす秘訣はあるか。昨年、還暦を迎えた落語家の立川談慶さんは「人生には予期せぬ困難や逆境がつきものだ。病気になったり、仕事がうまくいかなくなったり、大切な人との別れがあったり。そんな荒波を生き残っていくのに必要な“考え方”がある」という――。

※本稿は、立川談慶『人生は「割り勘」思考でうまくいく 60歳からの「人間関係・健康・お金」の不安を分かち合うヒント』(かんき出版)の一部を抜粋・再編集したものです。

■100年以上生き残る「亀の子たわし」のしたたかさ

落語の世界なんて、まさに「生き残り」の世界です。

江戸の昔にできた古典落語が、今も高座で演じられ、お客様を笑わせ、感動させている。これは「売れ続けている」というより、「生き残っている」というほうがしっくりきます。

時代の変化に合わせて少しずつ形を変えながらも、噺の骨子は変わらず、人間の普遍的な可笑(おか)しさや哀しさを描き続けているからこそ、「生き残って」いける。

師匠から弟子へ、口伝えで受け継がれていくネタは、まさに時代を超えて「生き残ってきた」財産なんですな。

私が愛用している「亀の子たわし」だってそうです。

写真=iStock.com/shironagasukujira
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/shironagasukujira

これ、今私がおすすめするのは台所用ではなく、「足裏マッサージ」の機能。これ、ほんと気持ちいいですよ。

それにしても、今どき、おしゃれなキッチングッズや便利な掃除道具がたくさんある中で、あの素朴なたわしが、100年以上も形を変えずに「生き残っている」。これってすごいことだと思いませんか?

地味だけど、頑丈で、使い勝手がいい。特別なことはないけれど、必要な時にそこにある。そんな「どっこい生きている」したたかさには、どこか清々しさすら感じます。

■「割り勘思考」が困難を生き抜くカギになる

では、どうすれば私たちも、亀の子たわしのように、古典落語のように、この人生という荒波を「生き残って」いけるのか。そこで私は、「割り勘思考」が大きなヒントになるのではないかと考えています。

「生き残る」というのは、一人ですべてを抱え込み、一人で何とかしようとするのではなく、他者とつながり、それぞれの持てる力を「割り勘」することによって可能になるのではないか。

人生は順風満帆な時だけではありません。予期せぬ困難や逆境がつきものです。病気になったり、仕事がうまくいかなくなったり、大切な人との別れがあったり。そんな時、一人で抱え込んでしまうと、心も体も潰れてしまいそうになります。

でも、ここで「割り勘思考」を使うんです。自分の苦しみや不安を、信頼できる家族や友人に話してみる。助けが必要なら、素直に「助けてほしい」と伝えてみる。これは、自分の抱える「負担を割り勘」してもらうということです。全部を背負い込まなくていい。少しシェアしてもらうだけで、随分と心が軽くなるはずなんです。

■「自己流でなんとかしよう」ではうまくいかない

健康という大切な「福」も、「割り勘」の知恵で「生き残る」につなげられます。

自分の健康状態を家族と共有したり、定期的に医師の診察を受けたり。体のメンテナンスを専門家に不安も含めて「割り勘」してもらうようなものです。

写真=iStock.com/byryo
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すべて自己流でなんとかしようなんて考えない、必ず専門家の知恵や技術を借りる(委ねる)。これは、健康という「財産」を長く「生き残らせる」ための賢い「割り勘」なんです。

さらに、自分が持つ知識や経験を周りの人に分け与えることも、「生き残る」ための「割り勘」になります。

自分が一方的に「教えてやる」という姿勢ではなく、「この情報が、誰かの役に立つかもしれない」「私の失敗談が、誰かの同じ失敗を防ぐ助けになるかも」という気持ちで提供することが大事で、そうすると周りの人も力をつけ、成長していきます。

そして、あなたがいつか困難に直面した時に、今度はあなたが助けてもらう側になるかもしれない。これは、お互いの「生き残り」を助け合う、長期的な「割り勘」の関係性を築くということになるんです。

落語界で師匠が弟子にネタを教えるのも、弟子の「生き残り」を助ける「植福」(将来のために、そして社会全体の「福」のために、善い行いをし、幸福の種を蒔いておく、という意味)であり、「割り勘」なんですな。そしてその弟子が成長すれば、一門全体が「生き残る」力が増すわけです。

■自分軸がないから、他人と比べたくなる

いやはや、古典落語や「亀の子たわし」のように、自己主張しないで何気なく存在しているものって、実はすごいんですよね。

さて、この「割り勘思考」を実践し、「生き残っていく」ために、どうしても乗り越えなければならない、現代人が抱える大きな病理があるのではないかと、私は常々感じております。それは、「人と比べる」というメンタリティですな。

振り返れば、高度経済成長期、日本では「隣の家に負けるな」「同期より出世しろ」「よそより良い学校に入れ」と、盛んに「人と比べる」ことが奨励されました。それが猛烈なエネルギーとなり、国全体が豊かになる原動力になった側面も、確かにあったのでしょう。

かくいう私も、中3の夏休みに何をとち狂ったか、いきなり「開成高校を受ける!」と宣言したことがありました。結果はもちろん不合格で、彼我(ひが)の差を痛感したものでした。

それが「比べまくり」の人生の幕開けでもありました。

あれから四十数年。時代はがらりと変わりました。あの頃のような、皆が同じ目標に向かって一直線に進む時代ではありません。価値観は多様化し、幸せの形も人それぞれです。

それなのに、いまだに私たちは、どこかで「人と比べる」ことから抜け出せずにいます。

会社の同僚と、学生時代の友人と、親戚と、そして今やSNSを見れば、顔も知らない誰かと、常に自分を比較してしまう。「あの人は自分よりお金を持っている」「あの人は自分より楽しそうに暮らしている」「あの人は自分より若く見える」。そこに「承認欲求」が絡んでくるから、より悩ましくもなってしまいます。

■上を見ればキリがない

「人と比べる」ことが生むのは、往々にして負の感情です。焦り、嫉妬、羨望、そして自己嫌悪。「自分はダメだ」「なぜ自分だけがこんな思いをするんだ」と、心がどんどんすり減っていく。比べる対象は際限なく現れますから、どれだけ自分が恵まれていても、上には上がいる。キリがないんですな。

そして、この「比べる」という行為は、自分自身の価値を、常に外部の、不安定な基準に委ねてしまうことになります。自分の軸がなくなり、他人の評価や世間の目に振り回されるようになる。これほど息苦しいことはありません。

写真=iStock.com/kentoh
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kentoh

特に還暦を過ぎて、これまでのキャリアや肩書きといったものが変化してくる年代になると、若いころの成功体験や、他人との比較で築き上げてきたプライドが邪魔をして、余計に苦しくなることがあります。「現役時代はこんなものじゃなかったのに」「あのころの自分と比べて情けない」と、過去の自分や今の他人と比較して、自分を否定してしまう。

これは、せっかく人生の円熟期を迎えているのに、非常にもったいないことです。こういう人はSNSでのアイコンも学生時代など若いころの写真を使っていたりしてね……(笑)。

■「あの人より上に行こう」が福を阻む

さあここで、改めて「割り勘思考」の出番です。繰り返しますが、「割り勘思考」というのは、自分がすべてを抱え込まず、他者と分かち合い、共に生きるという考え方です。

この「共に生きる」というところが肝なんですな。

他人を、蹴落とすべき競争相手としてではなく、同じ時代を生きる仲間として、共に助け合い、支え合う存在として捉える。そのためには、「人と比べる」というメンタリティから意識的に距離を置くことが不可欠なんです。

だってそうでしょう?

「あの人より上に行こう」「あの人より多く得よう」と考えているうちは、自分が持っているものを人に「分福」(自分が持っている幸福や、得た利益、楽しみなんかを、独り占めしないで、周りの人にお分けすること)しようとはなかなか思えません。自分が損をするような気がしますからね。

また、困難に直面した時に人に「負担を割り勘」してもらおうと、素直に助けを求めることも難しくなります。自分の弱みを見せたくない、負けを認めたくない、というプライドが邪魔をするから。これらはすべて、「人と比べる」ことから生まれる心理です。

「人と比べない」ことで、私たちはようやく自分自身と向き合うことができるはずです。

「自分は何を持っているのか」「自分は何ができるのか」「自分は何を大切にしたいのか」。他人の物差しではなく、自分自身の内なる声に耳を傾けることができるようになるんです。そして、その自分自身の「福」(財産、能力、経験)を客観的に見つめ、これをどう活かすか、誰とどう分かち合えば皆が幸せになれるのか、を考えられるようになる。これこそが、「割り勘思考」の出発点なんだと、私は胸を張って申し上げます。

「惜福」(今現在自分が持っている幸福や恵みを大切にして、決して粗末にしたり、無駄遣いしたりしない、という意味)の精神も、「人と比べない」からこそ、より深く実践できます。他人がどれだけ持っているかではなく、今、自分が持っているものに目を向け、それを大切にする。些細なことにも感謝できるようになる。これは、自分自身の内面を豊かにすることにつながります。

■落語の世界は「比べられてばかり」

「植福」に至っては、まさに「人と比べない」境地です。未来の誰かのために種を蒔く行為は、自分が今すぐに評価されるか、他人より優れているかとはまったく関係ありません。

立川談慶『人生は「割り勘」思考でうまくいく 60歳からの「人間関係・健康・お金」の不安を分かち合うヒント』(かんき出版)

見返りを期待せず、ひたすら未来の「福」を願って行動する。これは、「人と比べる」競争原理からは生まれにくい、利他的な精神です。

落語家なんて、まさに比べられる世界です。師匠や先輩と比べられ、同期と比べられ、人気や実力で常に比較される。でも、そこで「あの人より売れたい」とか「あの人より上手くなりたい」という思いだけにとらわれていると、必ず行き詰まります。

そうではなく、師匠から教わったネタをどう自分なりに深めるか、自分の声や体を使ってどう表現するか、どうすればお客様に喜んでいただけるかといった自分自身の芸と向き合う姿勢が必要なのです。

これは、周りと比べながらも、最後は「人と比べない」自分だけの芸を追求していく作業です。そうやって、自分の持ち味を磨き、「唯一無二の存在になること」。それが、落語家として「生き残っていく」道なんですな。

写真=iStock.com/adventtr
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/adventtr

語る古典落語が同じだからこそ比べられるのがある意味デフォルトだからこそ、あえて「比べない」ようにするのです。知性や教養を「比べる」ために使うのではなく、「比べない」ために使う感覚でしょうか。

そんな心づもりで、私こと、特にこのコロナ禍の5年は、出版に比重を置きながら生きてきました。

■自分らしいペースで生きる、それは“勇気の証”

つまり、「人と比べない」というのは、決して諦めたり、努力を放棄したりすることではないのです。それは、他人との競争の渦から一旦離れて、自分自身の価値基準を確立し、自分らしいペースで生きることを選択する勇気です。そして、その確立された自分軸があるからこそ、他者と健全に関わり、「割り勘思考」を通じて助け合い、支え合い、「生き残っていく」ことができるのではないでしょうか。

高度経済成長期の遺物である「比べっこ」の病理を手放し、自分自身の内面に目を向け、「人と比べない」生き方を選ぶこと。これこそが、「割り勘思考」を深く理解し、実践するための重要な鍵となります。そして、それは私たち還暦世代が、孤立することなく、社会とつながりながら、清々しく、したたかに「生き残っていく」ための、力強い一歩となるはずです。

さあ、もう「比べっこ」はやめにしませんか。自分だけの花を咲かせ、それを周りの人にもお福分けする。そんな「割り勘思考」で、悠々と人生を渡っていきましょうぜ。

写真=iStock.com/DragonImages
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DragonImages

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立川 談慶(たてかわ・だんけい)
立川流真打・落語家
1965年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。ワコール勤務を経て、91年立川談志に入門。2000年二つ目昇進。05年真打昇進。著書に『大事なことはすべて立川談志に教わった』『人生は「割り勘」思考でうまくいく』など。
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(立川流真打・落語家 立川 談慶)