銀座ホステスが明かす意外な過去。家ナシ職ナシ貯金ナシ、日払いバイトで食いつないだ日々と“幸せな離婚”
大人の社交場・銀座のクラブにホステスとして勤めているみずえちゃんと申します。その傍ら、ライターとしても活動しており、これまでに私がお酌をさせていただいたおじさま方との実体験をもとに、夜遊びやモテに関する情報を発信させていただいております。
◆離婚の後に待っているのはちょっとしたサバイバル生活
厚生労働省の人口動態統計(2024年)によると、人口1000人あたり約1.55人が1年間に離婚しているそうです。これを多いと感じるか、意外と少ないと感じるかは人それぞれでしょう。
1995年から2000年にかけて、同居20年以上の夫婦の離婚が急増し、「熟年離婚」なんていう言葉が話題になりましたね。近年は、結婚そのものの件数が減っているためか、離婚件数は2002年のピーク以降減少傾向にあるそうです。
結婚はお金がなくてもできるけれど、離婚はそういうわけにはいきません。お金もそれなりにかかります。中年、無職の女が「家探し」「仕事探し」からスタートするのですから、それはもう超大変です。
でもあのとき、離婚すると決めて正解でした。
今回は、離婚後のサバイバル生活のこと、そして「幸せな離婚」のために必要なことなどをお話したいと思います。
◆3食昼寝付きの幸せな結婚生活から一転
私は26歳の頃、4歳年上の男性と結婚しました。相手の男性は私がキャバクラに勤めていた頃に1度だけお店を利用した、泣きぼくろがあって、笑顔の可愛い青年でした。
キャバ嬢と交際経験のあるおじさんなら誰もが1度は「オレは客なのか、客じゃないのか」問題に悩まされると思うのですが、キャバ嬢はボーイフレンドをお店に呼ぶことはありません。つまり、お店で定期的にお金を使っているそこのあなたは、身も蓋もないお話で恐縮なのですが、ちゃんと「お客様」です。
ちょっと話がそれてしまいました。本題に戻ります。当時、22歳だった私は1度だけお店を利用した彼と仲良くなり、数年の同棲生活の後、結婚しました。
結婚生活はそれはそれは幸せなものでした。私は結婚と同時に、当時勤めていたクラブを辞め、3食昼寝付きの無職生活を謳歌していました。彼の優しさに甘え、彼に頼りきっていました。今思えば、それが失敗であったともいえます。
ともかく、結婚生活は大変幸せなものでした。
◆6年後に離婚を決意
ところが、入籍から6年後に私は離婚することを決めました。理由はたくさんありすぎるし、彼のことを尊重したい気持ちが強いこともあり、ここでは言いたくありません。しいていえば、彼が私のことを「家族」として大切にしてくれなかったこと。これが1番大きな理由かもしれません。
離婚すると決めたのですから、同棲期間も含めたら10年間も暮らした家を出なくてはいけません。同時に仕事も探さなくてはいけません。
当時暮らしていた大阪市を離れ、東京での家探し、仕事探しが始まります。
◆難航する仕事探し
当時の自分を振り返ると「めちゃくちゃだな」と思うのですが、夜行バスで上京し、その後はひとまずは西東京市に住んでいる友人に頼み込んで、彼女の家に居候をさせてもらいました。8月の真っ只中のことでした。
寝泊まりする場所が決まった後は仕事探しです。これはそんなに苦労しませんでした。第一印象の良さだけが私の取り柄です。とある下請け会社でライターの仕事をさせてもらえることになりました。
