JRT四国放送

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シリーズでお伝えしている「阿波踊り」の連紹介。

今回は、県阿波踊り協会所属の「葵連」です。

個性と愛嬌に溢れた踊りを見せる「踊り名人」の正体に迫ります。

■「いったい何者?」

(2024年の阿波踊り)
「葵連のみなさまです」
「ユーモラスな動きが、みなさんの笑いを誘っています。歓声が起こっていますよ、桟敷から」

ひょうきんな踊りを見せている男性。

この人は一体何者だ?

■常に新しい踊り求める「葵連」

(練習)
「やっとさー、やっとやっと」

正体を求め向かったのは、県阿波踊り協会所属の「葵連」。

連員は現在80人です。

「3、4、5」

「葵連」では正調の踊りを基調に、常に新しい阿波踊りを求めています。

(葵連・大西雅士 連長)
「バラエティーに富んだ衣装」
「女踊りの特徴はしなやかに踊る、男踊りは基本うちわを持って、あんまり暴れない踊り」

■初代連長が築いたポリシー

連の信条は「若々しく」。

そして、「個性の尊重」。

初代連長が築き上げたポリシーを、今も大切に守り続けています。

■原点の「ポッポ踊り」

1966年に結成された「葵連」。

当時、阿波踊り界のスターだった小野正巳さんが、初代連長となり立ち上げました。

小野さんの代名詞と言えば、この「ポッポ踊り」。

大きな体と軽妙な手さばき、愛嬌ある踊りで多く人を楽しませました。

■「楽しく踊らないと 見る人が楽しくない」

(葵連・大西雅士連長(70))
「小野連長が言う『楽しく踊らないと見る人が楽しくない』」
「『まず一番に踊り子が楽しく踊って楽しく見せてお客さんに喜んでもらわないと踊りじゃない』それに磨きをかけて」

■ところで…

ところで2024年、桟敷を沸かせていたあの男性は。

んっ!あの人かな。

いました。

いました。

独特な手の動きをしていますよ。

(連員は)
「レジェンド」
「なかなか踊っていたら、あの笑顔はマネできない」
「見ていて楽しい」

■現代の「踊り名人」平岡誠司さん

平岡誠司さん69歳。

踊り歴は65年。

県外にも多くのファンを抱えている、現代の「踊り名人」です。

緩急ある踊りとユーモラスな動き。

かつての小野連長にも引けをとらない、その個性。

(葵連の踊り名人・平岡誠司さん)
「面白いなっていうお客さんが、一人でも増えていってくれたら」
「自分にできるものは何かと考えた時に、いろんな踊り見たり取り入れて、自分のものを作ってきた50年」
「最初からこんな踊りしていない」

つるぎ町出身の平岡さん、40年前に仕事の都合で徳島を離れ、現在は香川から通っています。

「葵連」で50年以上、踊りを磨き続けていて、その踊りは細かな動きひとつひとつに、こだわりが詰まっています。

(葵連の踊り名人・平岡誠司さん)
「手首で回したら、やわらかく回る」
「『踊り踊るなら品よく』と言う『品』ができる」
「みんな今の踊りは止まらない、一瞬一瞬止まることでキレができ、間ができる」
「緊張と緩和、そしたら踊りがきれいに見える」

■葵連の「看板踊り子」

その腕が買われ、平岡さんは小野連長が亡くなった後の連の看板踊り子となりました。

そのユーモラスな首振りは、どうして生まれたでしょうか。

(葵連の踊り名人・平岡誠司さん)
「これは自分が風呂に入っている時、鏡でやってできたから『これ阿波踊りに入れられる』」
「自然と客に笑顔振りまくとか、ベロ出すのもクセかも」
「そのほうが自分がチャーミングに見えるかと思い『69歳の色気』」

(カメラマン)
「家で鏡に向かい練習?」

(葵連の踊り名人・平岡誠司さん)
「そんなことしませんよ」
「その場の雰囲気、鳴り物の良さによってバリエーションが広がる」

■大谷翔平選手の動きにも挑戦?!

日々、新しい踊りを追求している平岡さん。

2025年は大谷翔平選手の、この動きにも挑戦します。

(葵連の踊り名人・平岡誠司さん)
「その年の流行、今年入れようかな」

街で葵の文様を見つけたら、ぜひ平岡誠司さんを探してください。

ユーモラスな名人芸が、きっとあなたを笑顔にしてくれるはず。

■この「顔」を演舞場で探してください

(葵連の踊り名人・平岡誠司さん)
「4日間、燃え尽きたい」