@AUTOCAR

写真拡大 (全23枚)

廃車置き場で眠る「お宝」を探して

米国の巨大ジャンクヤードで興味深い廃車を巡る、ジャンクヤード探訪記シリーズ。今回取材班は、以前(2024年5月18日公開)にも取り上げたことのあるアイオワ州のロンズ・オート・サルベージ(Ron’s Auto Salvage)を再訪した。

【画像】かつて大注目を集めたクラシックなアメ車【シボレー・コルベア、AMCグレムリン、フォード・サンダーバードを写真で見る】 全26枚

ここを訪れるのは2回目だ。道路沿いからはごく普通の住宅に見えるが、建物の裏側は、自動車のお宝が眠る “アラジンの洞窟” である。裏手には迷路のような林道があり、そこで何百台もの珍しい廃車を見つけることができる。


米アイオワ州のロンズ・オート・サルベージというジャンクヤードを訪問(2回目)し、興味深い廃車を探してみた。

この未踏の地を探検し、前回では紹介しきれなかったお宝の数々を見ていこう。

フォード・ファルコン

フォード、マーキュリー、リンカーン、エドセルなど、ロンズ・オート・サルベージではフォード・モーター・カンパニーが最も多く扱われている。ここに紹介するのはフォード・ファルコンで、同社初のコンパクトカーであり、燃費の良い欧州や日本の輸入車に対抗しようとしたモデルである。

ファルコンは1960年モデルとして1959年に発売され、1970年まで生産された。この個体では、前オーナーが腐ったリアフェンダーをその場しのぎで修理したところに注目してほしい。


フォード・ファルコン

マーキュリー・モントレー(1961年)

以前のモントレーは、マーキュリーのエントリーモデルのセダンであったが、1961年にパークレーンとモントクレアの2車種が生産中止となったことで、モントレーは一気にフラッグシップの地位へと昇格した。

1960年代初頭の時点では、マーキュリーにとってフォード・ギャラクシーに相当するもので、旧型よりも長く、軽量だった。この1961年型の4ドア・セダンは、今でも多くの魅力を備えている。


マーキュリー・モントレー(1961年)

リンカーン・コンチネンタル(1971年)

ビニールルーフは10年ほど経つとボロボロになってくるが、50年も経つとこのようになる。通常、インテリアの賞味期限はかなり長いが、風雨にさらされるとそうはいかない。この1971年型リンカーン・コンチネンタルの運転席とドアの内張りが、長い年月の間にどのように傷んでいったかを想像してほしい。

高級な2ドア・ハードトップクーペで、わずか8205台しか生産されなかったため、このようにジャンクヤードで見かけることは稀だ。


リンカーン・コンチネンタル(1971年)

エドセル・レンジャー(1959年)

1959年のレンジャー4ドア・セダンは、エドセルの歴史上最も売れたモデルであるが、それでも1万4063台に過ぎない。対照的に、売れ行きが最も鈍かったのは1960年型レンジャー・コンバーチブルで、わずか76台しか売れなかった。

この個体は比較的損傷が少ないようなので、部品が必要ならロンズ・オート・サルベージにご連絡を……。


エドセル・レンジャー(1959年)

フォードF250

このヤードではフォードの商用車もよく見かけるが、特に取材班の目を引いたのが、このカラフルなF250だ。第6世代(1972〜1979年)のF250にはかなりのファンがいるが、これを走行可能な状態に直すほどの規模ではない。しかし、いくつかの有用な部品は残っている。写真の型のグリルは1973年に登場し、3年間採用されていた。


フォードF250

ポンティアック・フェニックス

ポンティアック・フェニックスを最後に見かけたのはいつだろう? 昔は売れ筋ではなかったし、ほとんどが廃車となって久しい。これは第1世代(1977〜1979年)のモデルで、おそらく1978年の2ドア・クーペだろう。

第1世代がシボレー・ノヴァをベースにしていたのに対し、第2世代フェニックスはシボレー・サイテーションのリバッジである。


ポンティアック・フェニックス

トヨタ・ランドクルーザー

トヨタ・ランドクルーザーは壊れにくいことで有名で、この個体もバッテリーを新品に交換し、フルード類を補充するだけで、息を吹き返すに違いない。

1980年代のFJ60で、まだかなりいいコンディションだ。同じように年季の入った他の住人に比べて、腐食が少ないのは明らかだ。


トヨタ・ランドクルーザー

ポンティアック・ファイヤーバード

第3世代のポンティアック・ファイヤーバード(1982〜1992年)は、同クラスの中で最も人気がないと広く考えられている。このようなクルマは今でも定期的に廃車置き場で見かける。

ファイヤーバードで最も有名なのは、NBCのテレビ番組『ナイトライダー』でデヴィッド・ハッセルホフと共演した1982年型ファイヤーバード・トランザムのK.I.T.T.だろう。


ポンティアック・ファイヤーバード

ポンティアック・トランザム(1978年)

1970年代のトランザムは、見た目こそ素晴らしいが、残念ながらその見た目に見合う性能は持っていなかった。公害規制によって締め付けられ、最もパワフルな6.6L V8でも200馬力しか出なかった。しかし、同車の人気は映画『トランザム7000』での出演によって高まった。

バート・レイノルズはこの名作映画で1977年型を運転したが、トランザムが生産終了となったのも同じ頃である。


ポンティアック・トランザム(1978年)

フォード・サンダーバード(1966年)

こちらも銀幕に登場した1台だ。1966年型のフォード・サンダーバードで、1991年の映画『テルマ&ルイーズ』で主役を務めたモデルの密閉ボディ版である。しかし、有名なラストシーンで空を飛んだ劇中車とは異なり、この個体は翼を切り取られている。

第4世代(1964〜1966年)のサンダーバードにおいて、1966年は販売面で最悪の年であり、6万9176台が売れたのみであった。


フォード・サンダーバード(1966年)

フォード・グラントリノ

1975年および1976年のフォード・グラントリノの多くは、映画『スタスキー&ハッチ』の劇中車を模して赤く塗られ、白いストライプが施された。ブロアムの2ドア・ハードトップでなかったら、この個体も同じような変身を遂げて生き残っていたかもしれない。


フォード・グラントリノ

フォード・マスタング(1974年)

ダウンサイジングされたマスタングIIは、1974年の発表時にはさまざまな反響を呼んだ。しかし、V8エンジンが選べなかったにもかかわらず、驚くほどよく売れた。実際、1976年は38万6000台が売れ、同モデルにとって史上4番目に好調な年となった。

1974年から1978年までの5年間で、マスタングIIは合計110万台を売り上げた。


フォード・マスタング(1974年)

マーキュリー・コメット

グリル、テールライト、ボンネット、バッジの違いを除けば、第5世代コメットはどこから見てもフォード・マーベリックである。しかし、人気度には大きな違いがあり、マーベリックの販売台数は常にコメットを4倍ほど上回っていた。写真の2ドア・セダンは、深刻な腐食問題を抱えている。


マーキュリー・コメット

プリムス・ダスター

1970年から1976年にかけて生産されたプリムス・ダスターは、基本的にヴァリアントの2ドア・クーペである。実際、販売開始の初年度にはヴァリアントのバッジが付けられていたが、1971年からは独立モデルとなった。最終的にはプリムス・ヴォラーレに置き換えられた。


プリムス・ダスター

マーキュリー・モントレー(1954年)

この1954年型マーキュリー・モントレーのトランクリッドを、なぜわざわざ取り外して、そのまま残したのだろう? 荒れてはいるが、部品などはほぼ完全に揃っているように見える。

モントレーは22年の歴史の中で、初期の段階ではマーキュリーの最高級モデルであった。そのため、この1台にはフルカーペットや電気時計など、贅沢な装備がふんだんに与えられていたはずだ。


マーキュリー・モントレー(1954年)

シボレー・コルベア・コンバーチブル

このシボレー・コルベアのラグトップ・ルーフはボロボロで、インテリアの悲惨な状態を反映している。1960年に発表されたコルベアは、リアマウントの空冷エンジンと独立懸架サスペンションを備えたユニークな設計で、それまでの常識を覆す画期的なモデルであった。

1969年の生産終了までに、180万台という驚異的な台数が生産された。


シボレー・コルベア・コンバーチブル

AMCグレムリン

世界最悪のクルマについての本を書くなら、AMCグレムリンを掲載するのはほぼ義務のようなもの。そして、その説明には茶色の車両が使われるだろう。

このクルマの評判が悪い理由の1つは、サブコンパクトの輸入車バスターと銘打たれていたものの、その宣伝文句と実態が合っていなかったからだ。基本的には既存のホーネットを短くしたもので、車幅が広すぎる、燃費が悪い、価格が高すぎるなど、多くの欠点があった。当初は販売台数が急伸したものの、幻滅した消費者はすぐに代替品を求めた。


AMCグレムリン

フォルクスワーゲン・ビートル

これが、安価なサブコンパクトの正しいあり方だ。非常に長い生産期間(1938〜2003年)の間に、初代ビートルは約2150万台販売され、そのおよそ4分の1が米国向けであった。言わずもがな、ビートルは1990年代後半に復活を遂げ、その後21年間生き残り、最後の1台が出荷されたのは2019年である。


フォルクスワーゲン・ビートル

ビュイック・リーガル

1980年代前半のビュイック・リーガルは、クラシックカー愛好家からは必ずしも好まれているわけではなく、ファンは限られ、生存率も低い。この個体の見通しを悪くしているのは、放置された果物のように腐食が進んでいることだ。

リーガルは1973年から2004年まで、そして2011年から2020年までビュイックのラインナップにあった。しかし、中国では今も健在だ。


ビュイック・リーガル

ビュイック・リビエラ(1968年)

このビュイック・リビエラは、車軸まで沈むほど長い間同じ場所に置かれている。大きなサイド・マーカー・ライトが1968年モデルであることを示している。5万台近くが販売され、ビュイックのパーソナル・ラグジュアリーカー(個人向け高級車)としては新記録だった。翌年の販売台数は5万2872台まで増加し、この記録は1980年代半ばまで破られることはなかった。


ビュイック・リビエラ(1968年)

フォード(1959年)

このようなジャンクヤードを探検すると、ビンテージカーの宝庫以上のものに出会える。素晴らしい背景が、クルマの写真を本当に素晴らしいものへと変えてくれるのだ。森の中にあることを考えると、この1959年型フォードは驚くほどコンディションがよく、きらめくクローム・バンパーに映る自分の姿を見ることができる。

(記事は後編に続きます)


フォード(1959年)