『室井慎次』前後編はなぜ“映画”として製作されたのか 柳葉敏郎の人生が刻まれた室井慎次
10月30日、本広克行監督の映画『室井慎次 生き続ける者』のマスコミ向け試写会が東宝試写室にて行われた。
参考:『踊る大捜査線 THE LAST TV』地上波放送決定 『室井慎次 生き続ける者』の先行上映も
本作は、『踊る大捜査線』(フジテレビ系、以下『踊る』)プロジェクトの12年ぶりの最新作。1997年に連続ドラマとして始まった『踊る』は、警視庁と所轄の関係を会社の本店と支店に見立て、警察組織の階級構造をリアルに描いた刑事ドラマとして、大きな話題になった。
ドラマの反響を受けて、1998年に作られた劇場映画『踊る大捜査線 THE MOVIE』は興行収入101億円の大ヒット。そして2003年に公開された『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』は173.5億円という歴代実写邦画興行収入1位を記録を達成し、日本を代表するメガヒットコンテンツに成長した。
今回の映画『室井慎次』は前後編の2部作となっている。前編となる映画『室井慎次 敗れざる者』は10月11日に上映され2週連続で1位を獲得しており、興行収入は10月25日の時点で10億円を突破した。そして後編の『室井慎次 生き続ける者』も11月15日の上映に先駆け、11月8日から10日にかけて先行上映が行われると発表され、盛り上がりを見せている。
『室井慎次 敗れざる者』では、警察を辞めた室井慎次(柳葉敏郎)が秋田に移住し、里親として事件で被害にあった子供たちと暮らす姿が描かれた。
秋田の田舎街が舞台の『室井慎次』は、お台場という最先端の人工都市が舞台だった『踊る』とは正反対で、物語も室井の日常と人間関係をゆったりと見せる大人の作品に仕上がっていた。これまでの『踊る』シリーズとは真逆と言ってもいい前編を受けての後編がどのような展開になるのか筆者は注目していた。最終的に本作は、室井慎次の生き様を描いた物語として貫徹したというのが、エンドクレジットまで見終えての感想だ。
もちろん、『踊る』プロジェクトならではのサービス精神は健在で、過去に登場したキャラクターが再登場したり、その後の行方について語られる場面もある。その意味において12年ぶりの新作を待ち望んでいた『踊る』ファンの期待にはしっかりと応えている。そして、何より作り手が描きたかったのは、室井の生き様そのものだったのではないかと感じた。
試写終了後、フジテレビジョン ドラマ・映画制作局長の臼井裕詞とプロデューサーの亀山千広が登壇し、『室井慎次』の制作経緯について明かした。
亀山によると、本作は、『踊る』シリーズの脚本家・君塚良一から「室井を書きたい」、そして、亀山、君塚、本広の3人で仕事がしたいというメールをもらったのがきっかけだったという。また、当初の脚本では、大きな事件は描かず、田舎に引きこもった室井が、少しいじけながら農業をやりつつ、里親をしているという、淡々とした家族のドラマにしようとしていたという。
そのため、当初はBSフジで全4話程度の作品を想定していたそうだが、臼井に相談したところ劇場映画2部作となり、『踊る』シリーズを求めるファンに向けた大きな事件が起こる現在の脚本に変えていった。
話を聞いて何より印象に残ったのは、室井という役を大切にしている柳葉敏郎の俳優としての強いこだわりで、1人の人間を演じるという行為を追求すると、これほどまでの高みに達することができるのかと感動した。
また質疑応答で亀山は、フジテレビで様々な役職を転々としてきた自分の人生を振り返った後、室井の人生に対して「わかるな」と語っていたのが印象に残った。
『北の国から』(フジテレビ系)を筆頭に、現代を舞台にした実写映像作品の面白さは、演じるキャラクターと一緒に役者が年齢を重ねていくことだ。
27年という『踊る』シリーズの歴史の中で劇中の登場人物は私たちと同じように年を重ねており、室井慎次と同じ時間を作り手もファンも生きてきた。その同じ時を共に生きてきたという重みがもっとも強く感じられるのが、映画『室井慎次』の前後編だろう。
最後に亀山は「室井に対する感謝」を映画に込めたと語ったが、作り手にここまで深い思い入れを持って映像化された室井慎次という男は、本当に幸せである。(文=成馬零一)