米大統領選、早くも投票をめぐって大混乱…この先一体どうなる⁉
11月5日の米大統領選を前に、すでにさまざまな混乱が起きている。たとえば、テキサス州で10月21日に期日前投票が開始されると、フォートワース(群庁所在地)があるタラント郡(同州で最も人口の多い郡のひとつ)の投票機が、「票をすり替えている」という主張が、ネット上で広まった(CBSニュースを参照)。
しかし、選挙当局はこの主張に反論し、この問題は人為的ミスによるもので、修正され、投票機が票を改竄(かいざん)した形跡はないことを確認したという(Xの情報)。ほかにも、テネシー州やジョージア州でも、投票機に関する同様のデマが流れたが、各州の選挙当局は、機械の改竄ではなく有権者のミスだとしている、と報じた。
投函箱への根深い不信
10月19日付の「ニューヨークタイムズ」は、「ウィスコンシン州ではすでに投票用紙をめぐる争いが始まっている」と書き、「共和党が法廷闘争を展開し、そのほとんどが禁止されるまで、ウィスコンシン州で長年使われてきた『ドロップ・ボックス』(投函箱)が復活した」と報じている。
ウィスコンシン州はいわゆる「スウィングステート」(激戦州)であり、大統領選の注目州の一つだ。同州最高裁判所の文書によると、投函箱は2021年春まで、州の72郡のほぼすべてに570台が設置されたてきた。だが、共和党がその使用に異議を唱える訴訟を起こし、当時保守派判事が多数派を占めていた州最高裁は2022年、その使用をほぼ禁止する決定を下した。ところが、今夏、新たにリベラル派が多数派となった州最高裁の下で、裁判所は判決を覆し、投票箱が復活したのである。
投函箱は、市役所や街角にある郵便受けのように、地面にボルトで固定された独立型の投票箱である(下の写真)。市庁舎の壁に組み込まれた投票箱もある。有権者は不在者投票用紙をスロット(差し込み口)から直接投票箱内に投函することができ、職員が回収して選挙日まで金庫に保管される。同州では、有権者は理由を提示せずに不在者投票用紙の請求を申請することができ、通常、数十万人が不在者投票用紙を使って投票しており、投票は直接または郵送で行うことができる。
(出所)https://www.nytimes.com/2024/10/19/us/wisconsin-ballot-drop-boxes.html
しかし、市街地に置かれた投函箱に対する根強い不信感が、共和党支持者のなかに燻(くすぶ)っている。このため、投函箱の使用に対する批判がいまでも渦巻いているのだ。
投函箱はゼロです
ウィスコンシン州の場合、選挙管理が大幅に地方分権化されており、1800人以上の地方選挙管理官が地方選挙を管理している。 郵便で投票用紙を返送したくない人や、仕事帰りに投票用紙を投函する人にとって、投函箱が便利であると指摘する管理官もいるが、郡において絶大な権力をもつ保安官がどう振る舞うかによって、投函箱の設置を制限することもできるのだ。
たとえば、10月、ウィスコンシン州ドッジ郡で行われた集会で、デール・J・シュミット保安官らは、壇上に上がり、そこで選挙運動を行っていたトランプ候補に向かって、「ドッジ郡では、2024年の選挙では、投函箱はゼロです」と語りかけた。観衆は喝采し、トランプは両手の親指を立てて応えた(YouTubeを参照)。ただし、実際には、ドッジ郡内のいくつかの自治体には投函箱が設置されている。
ほかにも、ウィスコンシン州やその他の州の保安官に「AI駆動」のカメラを寄付し、投函箱をライブ配信して遠隔監視を求める者さえいると、Wiredは報じている。
(出所)https://www.youtube.com/watch?v=aleCTa3AyQw
保安官問題
実は、いま、トランプを断固支持する保安官の一部が、11月5日やその後、過激な行動に出ることが懸念されている。いわゆる「憲法の保安官」(Constitutional Sheriffs)による暴徒化の心配があるのだ。
アメリカでは通常、警察署長は市で任命され、保安官は郡で選出されることが多い。 彼らは、刑務所の運営から街のパトロール、裁判所の警備まで、幅広い役割を担っている。
物議を醸しているのは、保安官が郡刑務所の運営、逮捕、立ち退きや移民法の執行を担当している点だ。刑務所での人種差別が容認されていたり、連邦政府によるマスク着用やワクチン接種義務化に反対する抗議運動を主導したりする保安官がいる。こうした過激な保安官は、極右の民兵組織や白人至上主義者、さらにトランプからも支持を受けている。
トランプは、大量国外追放や国境警備強化の計画において、保安官を味方とみなしている。
「憲法の保安官」という過激派
全米に約3000人いる保安官のうち、とくに、「憲法の保安官」と呼ばれる者がいる。自分たちはその郡の市民を守るために存在し、自分たちが応える唯一の権力はその市民と憲法であり、したがって連邦政府も州政府も自分たちに何をすべきか指示することはできず、自分たちの支配領域(アメリカでは郡)に対する最終的な権力は自分たちにあると信じている人たちだ。つまり、自称「憲法の保安官」たちは、違憲とみなす法律に抵抗または無視する権限と義務をもつ最高の法的権威であると主張していることになる。もちろん、アメリカの憲法には、保安官についての規定自体が存在しないから、彼らの主張には何の法的根拠もない。
それにもかかわらず、「憲法の保安官」らは、「憲法保安官・平和警官協会」(CSPOA)なる政治団体をもち、300人〜1000人とも言われる者が属している。そもそも、アメリカ人はイギリスから保安官という役職を受け継いだ。イギリスでは国王が保安官を任命し、命令を執行し、税金を徴収していた。
植民地主義者たちは、選挙を実施することで王権を弱体化させようと考えた。彼らはしばしば、新しく開拓された地域で最初に選挙で選ばれた役人の一人であった。保安官がネイティブ・アメリカンに対する暴力を助長したり、奴隷制度から逃れた黒人を追いかけたりした恥ずべき時代もある。
1990年代、保安官たちは全米ライフル協会(NRA)と協力して、銃を購入する人々の身元調査を義務づける連邦政府と闘い、最高裁が彼らに味方したことで注目を集めた。そのうちの一人、1980年代後半にアリゾナ州(グラハム郡)のリチャード・マック保安官(その後、NRAにスカウトされ、州知事選を含むいくつかの出馬に失敗)は、CSPOAを設立して勝利を拡大した(2024年10月15日付のNYTを参照)。
トランプは保安官の大ファンで、集会に保安官と一緒に登場することも多い。在任中、彼は保安官をホワイトハウスに招き、連邦政府による不法移民の逮捕、拘留、強制送還に協力するよう奨励したという。
11月5日の災難:「内部者の脅威」
一部の情報によると、マックと、CSPOAの他のメンバーの一人であるダール・リーフは、保安官は自分の部隊を持つべきだという考えを明確にもっている。保安官は訓練を受けたり組織化したりする代わりに、地元の民兵組織と連携するという主張もある。
こんな状況だから、「もっともらしい悪夢のシナリオのひとつは、ラテンアメリカ系アメリカ人のグループが投票所で嫌がらせを受けたり、危害を加えられたり、投票を妨げられたりすることだ」という見方まで生まれている。とくに、「一部の民兵は保安官とつながりがあるという事実だけで、たとえ保安官が選挙当日に何かするように指示していなくても、勇気が湧いてくる可能性がある」として、保安官が何もしなくても、民兵組織が騒ぎを起こす可能性があるという。
もっとも重大なのは、選挙にかかわる「内部者の脅威」(Insider Threats)である。ドナルド・トランプの支持者たちのなかには、「投票監視員」としての訓練を受けたり、「投票作業員」として、アメリカ中の郡や都市で選挙管理を担当するポジションに選挙結果を否定しようとする人物を配置したりしようとする動きもある。
10月28日にWiredが報じたところによると、全米の選挙スタッフは、自分や家族に対する殺害予告やストーカー行為、嫌がらせを報告しており、2022年までに、ペンシルベニア州の67郡のうち50郡で、選挙責任者が脅迫を理由にその職を辞しているという。ほかにも、米国の情報機関が数カ月前から政府機関に対して、選挙インフラを攻撃する過激派の陰謀に関する警告をひそかに発していたという情報もある。とくに、投票用紙の投函箱を爆破する方法や、法執行機関の検知を逃れる方法を紹介するオンライン投稿に警告を発していたという。
選挙後に予想される大混乱
前述のCSPOAは組織化された全国ネットワークがあるわけではない。このため、全米各州で、さまざまな騒動が起きかねないと心配されている。それに輪をかけているのがトランプ政権時代に短期間、国家安全保障担当補佐官を務めたマイケル・フリンとその側近たちだ。10月にペンシルベニア州で開催された極右イベントで、フリンが理事を務める団体「アメリカズ・フューチャー」の役員で側近のアイヴァン・ライクリンは、ペンシルベニア州のトランプ支持者に、選挙に負けた場合は州都ハリスバーグに行き、州の代表者たちに「不正な盗用の証拠」を示して「対峙する」よう強く促した(NYTを参照)。
これは、トランプ敗北の場合、共和党が多数を占める州議会が選挙人を保留するよう呼びかけることで、選挙結果の確定を遅らせて、下院の結果によっては共和党主導で、下院での選挙によって11月のハリス勝利を覆す可能性さえある(詳しくはPoliticoの記事を参照)。
実は、2020年以前には、選挙管理委員が選挙の認定を拒否した例はほんの数件しかなかった。しかし、それ以降、委員会または委員のメンバーが結果の認定に反対票を投じたのは、少なくとも8つの州にまたがる20の郡である(NYTを参照)。
法制度上、民意を無効化することは容易ではない。2022年には議会が法案(選挙人制度改革法)を可決し、州が最終的な認証結果を提出する期限を明確に定めることで、さらに難しくなったとみられている。いまの大統領選の認証期限は2024年12月11日である。この法律では、勝者を決定する選挙人の名簿を認証できるのは州議会ではなく州知事のみと定めているから、混乱を生じさせて共和党の知事にトランプに有利な決定をさせることもできることを指摘しておきたい。
先に紹介したフリンとその仲間たちは2020年12月18日、ホワイトハウスで当時のトランプ大統領と面会し、政権維持のために連邦法執行機関と軍関係者を使って投票機を没収するよう説得しようとしたことが知られている。この面会は、2021年1月6日の米連邦議会議事堂襲撃事件の捜査の焦点にもなっている。こんな過去を知ると、「もしトランプが負けたら」という「もし負けトラ」が再び惨事を招く可能性が少なからずあると言わざるをえないのだ。