睡眠不調には、眠れない「不眠症」と睡眠が足りていない「睡眠不足」がある。上級睡眠健康指導士の角谷リョウさんは「日本人ならではの体質や生活環境が睡眠不調につながることがある。たとえば、日本は諸外国に比べて照明が明るく、『睡眠ホルモン』の分泌を妨げている」という――。

※本稿は、角谷リョウ『超熟睡トレーニング』(Gakken)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/NelleG
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/NelleG

■日本人は遺伝的に精神不安定になりがち

睡眠不調はさまざまな原因で起こります。その中には、日本人特有の体質や、日本で暮らしているだけで起きてしまうものもあります。日本人が特に睡眠に悪いことをしている意識がなくても、起きてしまうのです。

その代表的な原因として、以下の7つを見ていきましょう。

【1】日本人は不安遺伝子が多い

不眠の理由の1つとして、「眠ろうとするとさまざまな不安が頭をめぐって、眠れなくなる」というのがあります。どんなに「気にしないでおこう」と思っても、ついつい考えがそちらに向かってしまうという人も多いのではないでしょうか。

実はこれ、生まれつきの性格や思考パターンによるものとばかりは言えない部分があります。と言うのも、日本人特有の体質で大きく左右されることがあるからです。以下、神経伝達物質のセロトニンを題材にご説明しましょう。

セロトニンは、精神安定をもたらします。このセロトニンを生み出すものが「セロトニントランスポーター」というものなのですが、セロトニントランスポーターにはL型とS型があり、L型よりもS型のほうが、セロトニンの生成量が減ります。

つまり、セロトニントランスポーターにS型が多いと、セロトニン生成量が減るため、精神安定も弱くなってしまうのです。そして日本人は遺伝的にS型の保有率が高いということを、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の柳沢正史機構長が発見しました。

■「まあいいか」と安眠できるのは5人に1人

S型の保有率が、日本人においては80%近くという結果が出ています。大まかに言えば、「今日もいろいろあったけど、まあいいか」と楽観的に考えてグーグー眠れる人は、日本人5人のうち1人しかいないということです。

この結果を見る限り、「日本人は、寝る前に不安が襲ってくるような考え方を改めましょう」というのは、ほとんど無理だと思いませんか?

考え方が後ろ向きだったり心配性だったりするのは、個人の資質によるものではありません。むしろ日本人としては平均的なのです。

だから、スムーズな眠りを手に入れるには、思考パターンを変えようと躍起になるよりも、環境や体からのアプローチ(環境や体を変えようとすること)のほうが、よほど有効だし合理的ということになります。

その方法については本書で詳しくご説明しますので、まずは「眠れないのはあなたの思考パターンが暗いからではない」「あなたのせいじゃない」ということを心に留めておいてください。

■日中、動いていない人は夜眠れない

【2】座っている時間が長い

日本人は、座っている時間が世界で最も長い国民だと言われています。これも不眠の原因の1つ。というのも、歩数と睡眠の質には相関関係があるからです。

歩数が少ないとその分運動量も少なく、頭だけが疲れて体は疲れていないので、夜眠れないということが起こってきます。

私は睡眠不調のご相談を受けたとき、ご相談者の歩数を調べるようにしているのですが、ほとんどの人が1日に4000歩未満という結果になっています。この「4000歩」というのがポイントで、このラインを下回るとうつのリスクがグンと高まるともされているのです。

特にコロナをきっかけにテレワークが主流になった現代において、急速に不眠に陥る人が増えてきています。通勤もなくなり、ただでさえ少ない歩数がますます少なくなっているからです。

食事・仕事・寝る場所のすべてが自宅で完結してしまうので、気持ちの上でもメリハリが付かず、オフィスで仮眠をしているような状態になってしまうのでしょう。

■気づかないうちに自律神経系が乱れている

【3】スマホ依存

うまく眠れないのは、本来覚醒すべきでない時間帯に目が覚めてしまうからです。

それにはスマホ依存が深く関わっています。何しろ日本人のスマホ依存度は世界で3番目(ライムライト・ネットワークス・ジャパン「デジタルライフスタイルの現状(State of Digital Lifestyle)」の2019年調査結果による)。これでは不眠になりたがっているようなものです。

ではどうしてスマホ依存が不眠の原因になるのでしょうか。それは自律神経系が乱れるからです。ここで少し自律神経系について説明させてください。

私たちの体には心臓の動きや体温の調節など、自分の意志とは関係なく働く機能があります。それをつかさどっているのが「自律神経系」です。

気温の変化に対処するため、暑いときに汗をかいて体温を下げたり、夜がくると眠くなったりするのは、この自律神経系の働きによります。

自律神経系には「交感神経」と「副交感神経」という2種類の神経が存在します(図表1)。この2種類の神経は、どちらかが優位になるとどちらかが引っ込むという形でバランスを取っています。

出所=『超熟睡トレーニング』(Gakken)

■スイッチングを邪魔する「夜のスマホ」

日中、活発に動いたり頭を働かせたりしているときに優位になっているのが交感神経。これに対して、リラックスした状態のときは副交感神経が優位になるという具合に、無意識のうちにスイッチングが行われているのです。

つまり夜、ちゃんと眠くなるためには、副交感神経が優位になっている必要があるというわけです。

仕事が終わって家に帰り、ちょっとビールを飲んで野球中継でも観てからお風呂に入る……、というふうにだんだん自律神経系が休息モードの副交感神経優位になっていって眠りに就くというのが、21世紀入って間もないくらいまでの勤め人のパターンだったのですね。

ところが近年、この交感神経と副交感神経のスイッチングを邪魔するものが、私たちの生活に切っても切り離せないものとして登場してきました。

それがスマホです。スマホの刺激によって本来、交感神経から副交感神経に切り替わるはずのタイミングでうまく切り替わらず、交感神経が優位なままで脳が覚醒してしまうのです。

写真=iStock.com/ferrantraite
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ferrantraite

■「白くて明るい部屋」が安眠を妨げる

【4】夜間照明が明るすぎる

睡眠と覚醒には「メラトニン」というホルモンが関係しています。

メラトニンは脳の松果体(しょうかたい)と呼ばれる場所から分泌されるホルモンで、覚醒と睡眠を切り替えて自然な眠りを誘う作用を持っています。そのため「睡眠ホルモン」と呼ばれることも。

メラトニンの分泌は、主に光によって調節されます。人は朝、光を浴びることで体内時計から信号が発せられ、メラトニンの分泌が止まって覚醒します。

そして目覚めてから14〜16時間後になると体内時計からの指令によって、再びメラトニンが分泌され始めます。その分泌量は時間の経過とともに増えていき、その作用で体の深部体温が下がり、眠気を感じるようになっていくのです。

つまり、メラトニンは光の量に反比例して増えていき、スムーズな睡眠を誘います。しかし、メラトニンの分泌を妨げる要因が、今の日本には増えてしまいました。オフィスや駅などの公共施設、街中、店さらには自宅の照明の明るさが代表例です。

日本という国は、諸外国に比べて照明の明るい国。駅などの施設の照明については、諸外国に比べて40%程度明るいという調査結果があるほどです。

またメラトニンの分泌には、光の“色”も関係していると言われています。白色に近くなればなるほどメラトニンが分泌されなくなり、黄色に近ければ近いほど分泌量が増えるとされているのです。

光の「強さ」と「色」、この2つの点で、煌々と蛍光灯を照らす環境が多い日本は、メラトニンホルモンの分泌をさせなくして、安眠を妨げていると言えるでしょう。

■「寝酒は睡眠を妨げる」は常識なのに…

【5】寝酒に頼る

日本人は世界で最も寝酒(寝る前に酒を飲むこと)に頼っている民族と言われています。眠れないときにアルコールを摂る人の割合は30%にも上るのだとか。他の国は10%程度と言われているので、割合的に高いことがおわかりいただけることでしょう。

寝酒をするとリラックスするので、確かに入眠には効果があります。一方でアルコールを摂取すると、体内でアルコールに含まれているアセトアルデヒドという物質を解毒分解しようとする作用が起こります。すると毒素分解をするのにエネルギーを使うため、体の働きが活発になり、覚醒しやすくなってしまうのです。

諸外国ではすでに「寝酒は睡眠を妨げる」というのが常識になっているのに、日本では未だに「眠れないからお酒を飲んじゃおう」がまかり通っているというのは、寝酒に対するリテラシーが低いと言わざるを得ません。

写真=iStock.com/yipengge
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/yipengge

■「自分は寝なくても大丈夫」は思い込み

【6】自称「ショートスリーパー」が多い

自分のことをショートスリーパー(睡眠が短い人)だと思い込み、「これで睡眠は足りている」と思っている人も、日本には多いです。

でも実は調べてみたら睡眠の質がよくなかったとか、明らかに睡眠時間が足りなくてかなり疲労が蓄積しているはずなのに、本人に自覚がなかったということも珍しくありません。

自称・ショートスリーパーの人には、経営者が少なくありません。仕事が大好きでやる気に満ちているので、疲労感を覚えにくくなっているのかもしれません。

睡魔に襲われて目が痙攣(けいれん)していたり会議中にうとうとしたりするので、「疲れているんじゃないですか? 睡眠は足りていますか?」と尋ねても、「いや、疲れてもいませんし、寝てなんてもいません。自分は睡眠時間が短くても大丈夫なんです!」と言い張ります。

アメリカで大成功した実業家であるイーロン・マスク氏も長い間、自分のことをショートスリーパーだと思い込んでいたそうです。

■睡眠時間を削ると、どこかで必ず無理が生じる

ところがある時期から判断ミスをしたり、社員とのコミュニケーションがうまくいかなくなったりと不都合なことが起こってきたので、「これは睡眠不足が原因かも」と疑い、睡眠時間を5時間から7時間に増やしたのだとか。すると頭がすっきりして、物事がスムーズに回るようになってきたということです。

私自身も起業したころは無我夢中で睡眠時間を削ってまで、やりたいことをやっていました。困難なことを成し遂げるためには、ある時期、そういうことも必要だと今でも思っています。

生真面目で勤勉な日本人には、このタイプが多そうなのは容易に想像できます。でも長期的に続けるべきではないでしょう。どこかで必ず無理が生じますから。

■「隠れ睡眠時無呼吸症候群」を疑ってみる

【7】太っていなくても睡眠時無呼吸症候群になりやすい

「睡眠時無呼吸」というのは、寝ている間に呼吸が止まることを指します。すると空気が吸い込めず、体内に酸素を取り込むことができません。

無呼吸になると苦しくなるため、体が覚醒して再び呼吸を始めようとします。体が覚醒するということは、眠りが妨げられるということとイコールで結ばれます。

角谷リョウ『超熟睡トレーニング』(Gakken)

現在の日本には、500万人以上の睡眠時無呼吸症候群の人が存在するそうです。日本の全人口の4%を占めます。そのうち自覚して対処しているのは、1割に留まるとも言われます。

一般的に睡眠時無呼吸症候群は、太るとなってしまうイメージがあります。しかし実は、日本人をはじめアジア人はあごが小さく引っ込んでいる人が多いので、太っていなくても睡眠時無呼吸症候群になってしまう人が多いのです。

睡眠時無呼吸症候群はいびきと深く関わっているので、「いびきがうるさい」と言われる人は要注意。早めに自覚して、対処するようにしましょう。

----------
角谷 リョウ(すみや・りょう)
スリープコーチ
上級睡眠健康指導士、日本睡眠学会会員、日本認知療法・認知行動療法学会会員、日本サウナ学会員。ライフリー株式会社を立ち上げ、NTTドコモ、サイバーエージェントなどの法人を中心に、14万人の睡眠改善をサポートしてきた実績をもつ。短期間かつ高確率(受講者の90%以上)で効果を感じられる実践法を得意とする。最近の趣味は瞑想。瞑想でアルコール依存症を克服し、月2回・適量飲酒にまで改善した。
----------

(スリープコーチ 角谷 リョウ)