世界有数の音楽都市、シカゴの知られざる魅力に迫る観光レポート連載【シカゴ音楽旅行記】(全4回)。第1回はライブハウス/ヴェニュー巡りの旅。あの大物バンドが愛したロックの拠点や、若者も踊るジャズとブルースの老舗ナイトクラブを取材した。この街の音楽シーンがもつ「豊かさ」の背景にあるものとは?

「シカゴは両手を広げて『みんなウェルカム!』って感じ。音楽を楽しんで盛り上げていこうって空気に溢れているから、気軽に入っていきやすい」

日本と相思相愛のシカゴ新世代バンド、Frikoのベイリー・ミンゼンバーガーは本誌の取材でこんなふうに語っている。彼女が言うとおり、この街のヴェニューはどこも寛容で、「ライブが日常生活に溶け込む」というのはこういうことかと思い知らされた。

ライブ会場の充実ぶりには驚くばかりだ。Frikoも推薦していたSchubas Tavern、Empty Bottle、Beat Kitchen、Sleeping Village、Subterraneanといった小規模DIYヴェニューや、歴史的建造物をリノベーションしたThe Vic TheatreやThalia Hall、煌びやかなネオンが街のランドマークとなっているシカゴ劇場(The Chicago Theatre)といった情緒のある会場など目白押し。渡航前に公演スケジュールを調べる段階から興奮の連続で、日本でも人気のアーティストが毎日どこかしらに出演しているし、ローカルの名店を渡り歩くのも楽しみで仕方ない。


シカゴ劇場ではミュージカルやスタンドアップ・コメディに加えて音楽ライブも開催(Photo by Shiho Sasaki)

The Vic Theatreに日本からMASS OF THE FERMENTING DREGSが出演(2024年10月)。シカゴでの歓迎ぶり、会場の雰囲気が動画から伝わってくる

80年代から続くオルタナとクラブカルチャーの聖地

そのなかで今回は、シカゴを代表するライブハウス、Metroを案内していただく機会に恵まれた。鈴木誠也と今永昇太が所属するMLBシカゴ・カブスの本拠地、リグレー・フィールドが徒歩圏内。1927年竣工の古い建物で、高い天井やステージ周りに施されたモチーフはオペラハウスを連想させる。

メインフロアと2階バルコニーを合わせてキャパは1100人。白い看板も有名で、自身のスタジオ「エレクトリカル・オーディオ」をシカゴに構えるスティーヴ・アルビニが亡くなった際には、彼の名をここに記すことで追悼を捧げた。


Metroの外観(Photo by Shiho Sasaki)


リハーサル中のステージ。この日はUSオルタナロックの20年選手、スプーンが出演した(Photo by Shiho Sasaki)

筆者が後日Riot Festで目撃した(本連載Vol.2参照)The ArmedのMetro公演は規格外の盛り上がり。場内の作りもよく見える

1982年にR.E.M.のショーで開業して以来、Metroはシカゴや全米の才能を発掘し、オルタナティブな音楽シーンの聖地であり続けている。90年代前後はニルヴァーナらグランジ周辺を積極的にブッキング。オアシスやレディオヘッドなどUKや海外のバンドがアメリカ進出の足がかりとしてきた場所でもあり、少年ナイフ、ピチカート・ファイヴ、BOOM BOOM SATELLITES、コーネリアス、DIR EN GREY、BORIS、春ねむり、最近では坂本慎太郎など日本勢も出演してきた。

地元シカゴ勢にとってはホームグラウンドであり、リズ・フェア、フォール・アウト・ボーイ、チャンス・ザ・ラッパーをいち早くサポートし、チープ・トリックやウィルコといった大御所にも親しまれてきた。とりわけ縁が深いのがスマッシング・パンプキンズ。黄金期のメンバーによる初ライブ(1988年10月)と解散ライブ(2000年12月)を含めて40回近く出演しており、代表作『Siamese Dream』をリリースした1993年の公演は今も語り草になっている。

オアシスは1994年、レディオヘッドは1996年の世界的ブレイク前夜に出演

1993年、スマッシング・パンプキンズの伝説的なMetro公演

チャンス・ザ・ラッパーは2013年、飛躍作『Acid Rap』のリリース1カ月後に登場

Metroが積み重ねてきた歴史は、会場内に飾られた公演ポスターからも伝わってくる。その多くは出演者のサイン入りで、音楽ファンとしてはたまらない光景である。こうしてレガシーを共有するのは、出演者や観客の見識と音楽愛を育むことにもつながりそうだ。


歴史を感じさせる内装とポスター。手前に飾られているのは(左から)地元出身のアルカライン・トリオ、セイント・ヴィンセント、TVオン・ザ・レディオ、ラン・ザ・ジュエルズ(Photo by Shiho Sasaki)


左からボブ・ディラン(1997年出演)、チープ・トリック(1998年出演)(Photo by Shiho Sasaki)


Metroのマーチストアに展示されていた公演ポスター(Photo by Shiho Sasaki)

さらにMetroの地下では、80年代からシカゴのクラブカルチャーを支えるSmart Barに世界中からDJが集い、週末の夜を盛り上げている。「ハウスの生みの親」フランキー・ナックルズに愛され、デリック・カーターやザ・ブレスド・マドンナといった重鎮がレジデントを務める「音箱」で、筆者が訪れたときも極上のビートが鳴っていた(※そのときの動画)。ライブ帰りに寄って、朝まで踊り明かすもよし。


Smart Barの入り口はMetroのすぐ隣。深夜はまた違った雰囲気(Photo by Shiho Sasaki)


取材時に出演していた、シカゴ出身のDJ Hyperactive(Photo by Shiho Sasaki)

ザ・ブレスド・マドンナ(旧名The Black Madonna)、Smart Bar出演時の映像(2019年)

労働者の歴史に根ざしたパブと最新ヴェニュー

次のヴェニューへ移動する前に、シカゴで1988年に創業した米国クラフトビールのパイオニア、Goose Islandの醸造所を併設したパブレストラン「Goose Island Salt Shed Pub」に立ち寄った。ガチョウ(Goose)をトレードマークとする同ブランドは、こだわりのホップを自家農場で栽培し、世界で初めてワイン樽を使った熟成方法を導入するなど、革新性を追求しながら最高のビールを生み出し続けている。

パブには屋内席と屋外席があり、後者に座ればシカゴ川沿いのスカイラインを一望しながら食事を楽しめる。この街の市外局番から名付けられた「312」は、爽やかなのにコクのある味わい。料理もビールとの相性抜群で、ライブ前後の一杯にもうってつけだ。


Goose Island Salt Shed Pubの外観(Photo by Shiho Sasaki)


ビールサーバーもガチョウ(Photo by Shiho Sasaki)


「風の街」シカゴの空気が感じられる屋外席。離れた席では結婚パーティーが行われていた(Photo by Shiho Sasaki)


左はブラックベリーを加えた時期限定のセゾンビール「VINYL」。その隣はGoose Island定番の「312」。チップスはまさにパブの味(Photo by Shiho Sasaki)

パブから徒歩1分の距離にある新興ヴェニューThe Salt Shedも要注目。シカゴ創立の塩会社モートンソルトが所有していた、地元のシンボルでもある倉庫を改装した2022年オープンの複合施設で、2箇所あるコンサートスペースは屋内「THE SHED」に3600人、屋外「FAIRGROUNDS」に5000人を収容可能。直近ではPJハーヴェイやジンジャー・ルートなどが出演し、ダンス・ミュージック系の大箱としても活用されているようだ。

シカゴには上述のMetro然り、歴史的建造物を改修した施設がいくつもある。どんどん更地にして新しいものを建てるのではなく、先人が残した遺産を保存/再活用し、未来のカルチャーを過去という土台のうえに築き上げていく。そこから生まれる豊かさを滞在中、何度も目の当たりにした。

The wondrous Chicago skyline and riverfront. The history and architecture of the Morton Salt complex. The experiences we shared this summer through music, art, and community. Truly unforgettable.

Video: Frank Lieu
Music: @MakayaMcCraven pic.twitter.com/JzsJ7gH7Y1
- The Salt Shed (@saltshedchicago) September 16, 2022

The Salt Shedのプロモーション映像(BGM制作はマカヤ・マクレイヴン)。街のシンボルであるモートンソルト社の屋根を残しつつ、食事やショッピング、景観も楽しめるヴェニューに生まれ変わらせた

「オーディエンス・ファースト」の理想的なライブハウス

続いて訪れたLincoln Hallもまた、文化遺産を再活用する「アダプティブ・リユース」によって生まれたライブハウス。もともとは草の根を支える小規模ヴェニュー、Schubas Tavernの元オーナーが設立した姉妹店で、現在はどちらも音楽/動画配信プラットフォームのAudiotreeが経営している。キャパは500人。昨年、新しい学校のリーダーズが出演したときはチケットがすぐに完売したそうだ。

1912年竣工の映画館を作り替えただけあり、1階のフロアは傾斜や段差があって後方からでもステージが観やすく、音響面も迫力満点だ。1階のロビーとフロア、2階の3箇所にバーがあり、椅子席もある2階バルコニーは見晴らし良好。成り立ちや規模感は渋谷のWWWと少し近いが、ゆとりと「逃げ場」のあるレイアウトが窮屈さを感じさせない。オーディエンス・ファーストの丁寧な設計に、音楽文化の厚みを感じずにいられなかった。


Lincoln Hallの外観。左側のドアが入り口(Photo by Shiho Sasaki)


カラフルな巨大壁画はシカゴ在住のアーティスト、Mac Blackoutが2018年に手がけたもの(Photo by Shiho Sasaki)


1階ロビーにある広々としたバーカウンター。写真の左側に入り口、右側にフロア、中央奥に物販スペースがある(Photo by Shiho Sasaki)


開演前のフロア。程よい傾斜と段差があるおかげで、どの位置からでもステージが観やすい。Metroと同様に飾られた公演ポスターも素敵(筆者撮影)

この夜、出演したのはM・ウォード。ズーイー・デシャネルとのデュオ、She & Himでも知られる1973年生まれのシンガーソングライターで、9月にベストアルバム『For Beginners』を発表したばかりだ。渋さとナイーブさを兼ね備えた歌声、フォーキーな演奏は円熟の境地に。決して派手なタイプではないが、長年のインディーロック好きであろう観客たちに囲まれながら、彼のような実力者をLincoln Hallで観るのは贅沢な体験だった。本音を言えば、こんなライブハウスが日本にもほしい。


M・ウォード。アンコールで大好きな曲「Vincent O'Brien」を披露してくれたのも嬉しかった(Photo by Shiho Sasaki)


ヴェニューの頭文字「LH」のネオンがまた洒落てる(Photo by Shiho Sasaki)

夜はまだまだ終わらない、ブルースとジャズの老舗へ

Lincoln Hallでのライブが終わる頃には22時を過ぎていたが、夜はまだまだ終わらない。シカゴ美術館の客員講師で、今回アテンドしてくださった斉藤博子さんから「音楽の取材なら絶対に行かなきゃ!」と強く推薦されたKingston Minesへ直行する。Lincoln Hallからはたったの徒歩6分。このハシゴがまた楽しかった。


Kingston Minesの外観。「ブルースのライブを週7日開催」と書かれた看板が勇ましい(Photo by Shiho Sasaki)

南部ミシシッピのデルタ地帯で誕生したブルースは、シカゴでエレクトリック・ギターとバンド・スタイルを導入することで新たな命を吹き込んだ。1940年代後半から続くシカゴ・ブルースの伝統は今も受け継がれており、バディ・ガイが経営するBuddy Guy's Legends、Rosas Loungeといったクラブで連日セッションが繰り広げられている。

Kingston Minesは1968年に開業したシカゴ最古にして最大規模のブルース・クラブ。2つあるステージでバンドが交互に、ノンストップで午前3時過ぎまで演奏する。奥行きのある会場はほぼ満席。ステージ間近で演奏を浴びる人もいれば、テーブル席で食事や会話を楽しむ人もいて、壁に貼られたブルース・レジェンドの肖像にも老舗の矜持を感じる。


大盛況の店内。写真の右側で演奏しているのがメインステージ、左側にサブステージがある(Photo by Shiho Sasaki)


Kingston Minesとブルースの歴史を物語る写真の数々(Photo by Shiho Sasaki)

メインステージでは、リコ・マクファーランド率いるバンドが演奏していた。1960年生まれのセッションギタリストで、ブルース/ソウルのビッグネームとも共演してきた名脇役が、この日は自分が主役とばかりに図太いトーンで弾きまくる。スラップベースや鍵盤のソロ回しもすこぶるファンキーで、フジロックのFIELD OF HEAVENに出たら一発で人気者になれそうだ。

彼らに続いてサブステージへ登場したのは、現在25歳のジョー・ドイルがリーダーを務める若いバンド。ジャミロクワイのTシャツを着たベーシストも交えて、濃厚なブルースをジャムってみせる。ここはミュージシャンにとってのギルドであり養成所でもあるのだろう。単なる同業者の溜まり場であるだけでなく、憩いの場として市民に愛されているのは、長い時間をかけてブルースの伝統を根付かせてきたからこその光景だ。フードやドリンクも充実しており、マルガリータが美味だった。

シカゴ2日目の深夜はKingston Minesというブルースクラブへ。この街にはフジロックに出たら即ヒーローになれそうなミュージシャンがゴロゴロいるんだろうな、と思わされるバカテクの快演。こちらも若いお客さんが多く、ブルースがポップな形で根付いているように映った。酒もうまかった。 pic.twitter.com/stZ2eokSLa
- 小熊俊哉 (@kitikuma3) September 21, 2024

リコ・マクファーランドのギターが炸裂(筆者撮影)


サブステージに登場したジョー・ドイル率いるバンド。演者も客層も若い(Photo by Shiho Sasaki)

ナイトクラブといえばもう一軒、忘れられない場所がある。Andy's、Winter's Jazz Club、Jazz Showcaseといった定番の老舗や、アバンギャルドの拠点Constellationも気になるなか、どうしても行ってみたかったジャズクラブがGreen Mill。かつてビリー・ホリデイも出演した1907年開業の老舗は、緑とゴールドのネオンからして雰囲気が別格だ。

シカゴはジャズの聖地でもある。1920年代、ニューオーリンズから移住してきたルイ・アームストロングらがこの街独自のスタイルを確立したことに加えて、禁酒法時代に暗躍したアル・カポネが、「スピーク・イージー」と呼ばれた秘密酒場で黒人ミュージシャンに演奏させてきたことも普及につながった。100年前にジャズを愛したカポネが入り浸り、ギャングの隠れ家として繁盛したのが、他ならぬGreen Mill。その名はパリのムーラン・ルージュ(英語でRed Mill)をもじったもので、レトロな内装には「黄金の20年代」が今も息づく。


Green Millの外装。シカゴの中心部から車で20分離れた、ノースエリアの人気のない通りにある(Photo by Shiho Sasaki)


店内に置かれたジュークボックス。コインを入れるとジャズ名曲のレコードを再生(Photo by Shiho Sasaki)

筆者のお目当ては、1998年から毎週木曜に出演しているアラン・グレシック・スウィング・オーケストラ。アランは1930年代のビッグバンド・スタイルを蘇らせる筋金入りの研究家で、ダンスミュージックとしてのスウィング・ジャズを大編成で奏でている。YouTube越しにも多幸感は伝わっていたが、生で味わうのは想像を上回る感動体験だった。

木曜の深夜にもかかわらず店内は大賑わい。オールドタイミーな演奏で老若男女が踊り(若者の多さ!)、至福の演奏をBGMにカウンターやテーブル席で語らい合う。入場料は破格の10ドル(現金払いのみ)。一杯引っかけながら音楽を満喫するにはこの上ない環境だし、こんなふうに古い音楽を楽しめるのは羨ましい限りだ。しかも、Aragon Ballroom(キャパ5000人、2024年にAdoが出演)、The Riviera Theatreという大型ヴェニューが徒歩2分圏内にあり、ライブ帰りのいきつけとなっているのも想像に難くない。

ちなみにGreen Millには、かつてシカゴ音響派の周辺にいたロブ・マズレクやジェフ・パーカー、現代のシカゴを象徴するジャズドラマーのマカヤ・マグレイヴンも過去に出演している。時空を超えた彼らの音楽観は、この店が育んできた歴史とも少なからず繋がっているのだろう。

シカゴの老舗ジャズクラブGreen Millに行ってきた。平日の深夜でも大賑わいで、オールドタイミーな演奏で若者たちが踊ったり語らい合ったりしてるのが素敵すぎる。入場料10ドル払って一杯やりながら最高の音楽を気ままに楽しむ。こういう形で古い音楽への入り口があるのはメチャクチャ豊かだな。 pic.twitter.com/A2i2k0SAbv
- 小熊俊哉 (@kitikuma3) September 20, 2024

帰国後からずっと筆者はGreen Millロス。何度思い出しても夢みたいな光景(筆者撮影)

マカヤ・マグレイヴンとジェフ・パーカーが揃ってGreen Millに出演(2015年)

※【シカゴ音楽旅行記】は全4記事
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Vol.1:歴史と文化を受け継ぐライブハウス、夜を彩るブルースとジャズの老舗(※本ページ)
Vol.2:パンク愛から生まれた「遊園地みたいな」音楽フェス・Riot Fest
Vol.3:ストーンズも憧れたブルースの聖地、チェス・レコード訪問記
Vol.4:必ず行きたいグルメと観光、音楽ファンを魅了するおすすめホテル

※取材協力:ブランドUSA、シカゴ観光局、斉藤博子(シカゴ美術館 公共教育 客員講師)


Photo by Shiho Sasaki