第2回 VHSテープの背表紙には「ベスト集」

 

 前世や、あの世の存在をそんなに信じているほうではないのだが、何度も見る夢があって、それが妙にリアルで頭に残っている。

 

 その夢の舞台は、多分アメリカの西海岸辺り。「西海岸」と、どこかに漢字表記されているわけではないが、「西海岸」ということを夢の中の僕は毎回、覚えている風。

 

 木造の二階建ての家に僕はいる。窓からは砂浜が見え、その先には真っ青な海が広がっている。水平線の先まで、船ひとつ見えない。雲もなく、空の青と、海の青の境はどこか滲にじんで見える。

 

 僕は古いデッキチェアーに座って、ぼんやり外を眺めている。波の音が遠くで微かに聞こえる。あまりに穏やかな時間の過ぎ方で、僕はウトウトしてしまう。夢の中だとわかっているのに、その夢の中で、僕はウトウトしている。

 

 そこで、フッと必ず目が覚める。まったく嫌な気持ちではない、不思議と穏やかな気持ちに包まれながら、「またあの夢だったなあ」と思う。

 

 この夢を見始めたのは、多分就職してからなので、二十数年前ということになる。正確ではないが、二年に一度くらいは見ている気がしている。

 

 どこかの誰かに、「前世で見た景色なんじゃないか?」と言われたことがある。前世自体、大して信じていないが、そうなのかもなあ……、くらいに思っていた。

 

 

 先日、久しぶりに実家に戻って、元自分の部屋だった、現在、物置き部屋の掃除をしていると、年季の入ったVHSテープが何本も出てきた。

 

 テープの背表紙には、「ベスト集」と油性ペンで書かれている。母親が「エロじゃない?」と迂闊うかつなことを言う。その考察はあながち捨てきれないが、思い切って古いビデオデッキを接続させて、テープを入れ、再生ボタンを押してみる。

 

「キュルル……」と不穏な音がして、巻き込んでしまったのかと思って、一度パカッとテープの挿入口を確認するが大丈夫そう。画面が切り替わり、再生がはじまった。

 

 歪んだ映像から、流れはじめたのは、テレビ東京の深夜に放送していた『モグラネグラ』。穴井夕子さんの爆笑する姿が懐かしい。

 

 プツッ、と映像は変わり、今度は全日本プロレス中継が流れはじめる。三沢光晴がまだ若い。ダニー・スパイビーという外国人選手がドタドタとリングを闊歩かっぽし、スパイビースパイク(要するにDDT)を決めた。

 

 なにをもって「ベスト集」としたのか? と当時の自分に訊いてみたくなったが、とにかく三十年くらいのときが経つと、たしかに紛れもなくすべての映像が、ベスト級だった。

 

 そしてまた画面が変わって、神奈川テレビ(TVK)が映る。覚えのないCMが映し出された。どこまでもつづく白い砂浜。真っ青な海、そして真っ青な空。「西海岸」という白文字のテロップが画面の下に入った。そして、初老の外国人男性が古い木造の家のバルコニーで、ハンモックを揺らしながら読書をしている。

 

 僕はその辺りまで観て、「あっ!」と思わず声が出た。砂浜のほうから白いビキニギャルが手を振ってハンモックの外国人男性に近づいていく。男性はゆっくりとタバコに火をつけ、「う〜ん、うまい」という感じで、ぷはあぁっと煙を吐いた。僕は、「ああ……」と頷きながらすべてを理解した。

 

 長年、僕が見てきたあの夢は、前世で見た景色ではなく、神奈川テレビの深夜に流れていたCMだった。画面がまた切り替わる。

 

 一回、砂嵐になって、再び映り出したのは、とあるバンドの演奏だった。僕が学生時代に一曲か二曲ヒットしたバンドのライブ映像。ボーカルがシャウトする。激しく動きすぎて、カメラが追いつかない。スタジオの観客たちはポカン顔でそれを眺めていた。

 

「ああ、いつかバンドやりたい」とその演奏を観ながら思ったことを思い出していた。

 

 

 そのバンドがその後どうなったのか、Wikipediaで調べてみた。バンドは1999年に解散。ボーカルの男性は亡くなっていた。演奏の最後、ドラムセットを破壊するボーカル。ギターやドラムも不満げな顔でカメラの前から去っていく。

 

 彼らの姿は、2024年の僕にはやけに感傷的でカッコよく映った。VHSから再生される映像だったからなのかもしれない。バンドの行く末がわかっているからなのかもしれない。今夜夢に出てきそうなくらいカッコいい映像だった。「ああ、いつかバンドやりたい」と、性懲りもなく僕はまた思った。

 

イラスト/嘉江(X:@mugoisiuchi) デザイン/熊谷菜生