ユニクロ、ヤマト運輸、アマゾン、佐川急便、米国大統領選のボランティア……いたるところに潜入取材を行い、「企業に最も嫌われるジャーナリスト」と呼ばれる横田増生氏。このたび20年におよぶ取材活動で得てきたノウハウのすべてを『潜入取材、全手法――調査記録、ファクトチェック、執筆に訴訟対策まで』(角川新書)にまとめた。

【画像】高齢者が1日20キロも歩いていたアマゾン倉庫でバイトをした横田氏

 日本ではとかく卑怯な手法と批判されることの多い潜入取材を、なぜするのか。それによって何を見てきたのか――都合の悪いことには口を閉ざし、楯突く者には口封じをしようとする企業と対峙してきた潜入取材の第一人者でジャーナリストの横田氏に話を聞いた。(全2回の1回目/続きを読む)


横田増生

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懸命に働くことで潜入体験に厚みが出る

――横田さんの潜入取材は面接に始まります。ユニクロは、何勝何敗?

横田 3勝1敗でした。ユニクロの東京本部が入っているビルの地下に店舗があって、そこの求人に応募したら「いや、うちは募集していないんで」と言われまして、それなら募集かけないでよと思いましたけれども、それ以外は受かりましたね。

――続いて労働です。『潜入取材、全手法』に、潜入ルポを書くうえで大事にしていることのひとつに「書くことが目的であっても働くことに手を抜かないこと」をあげています。

横田 一生懸命に働いていると、他のバイトの人たちから仲間意識をもってもらえますからね。そうすると話しかけやすくなります。潜入取材では休憩室でのおしゃべりが結構、大事です。そこでの会話でいろいろな情報が得られますから。

 仕事ができないと、どうしても「関わり合いたくない人」の扱いになるじゃないですか。それに懸命に働いていると、店長などの現場の責任者に好感をもたれて、いろいろな作業を任せてもらえる。そうやって現場のいろいろな面を見ることができるので、潜入体験に厚みが出てきますよね。

 ユニクロのバイトは若い人が多くて、50歳代のおじさんは僕だけでした。でもね、僕は「デキるバイト」だったんですよ(笑)。最初の店舗では「マスオさん」と呼ばれていたのですが、店長が他のバイトの人たちとのやりとりのなかで「最近、マスオさんの名前がよく出てくる」とわざわざ僕に言いに来たことがありました。怪しまれているかと思って理由を聞くと「よく頑張っていると、みんなが言っている」って。

 だから潜入先を変えるためにその店を辞める際、店長に「ユニクロで働き続けたいのであれば、次の店舗に推薦しますよ」と言われたんです。けれども、その話に乗ると面接者が彼だけになってしまう。そうすると潜入ルポの本が出たときに、「お前が面接して、お前が他の店まで紹介したんだから、お前の責任だ」って話になり、その店長が本部から集中砲火を浴びてしまう。それは気の毒ですから、上手いこと言って固辞しました。

どんな店長でも背景に会長兼社長の顔が見えるユニクロ

――『ユニクロ潜入一年』(2017年)の潜入取材では3店舗で働きますが、最後のビックロ新宿東口店(2022年に閉店)は、面接から強烈です。

横田 取材目的ではなく、たんに時給目的だったら、あの店では働かなかったですね。総店長が面接をするんですが、「朝7時半から出勤できないのか」とか「正月1月1日も来い」なんて言うんです。いやそれは……と断ると「それって、プロとしてどうなんですか?」と詰めてくる。そんなことを言われてもねぇ、時給1000円のバイトなのに。

 でも「あ、この店舗は、面白い話が書けるかも」と思いました。総店長がいいキャラしていますからね(笑)。

――やはり店舗というのは、店長の色が出るものなのでしょうか?

横田 そうとも言えますが、ユニクロの場合は何ごとも、ほぼイコール柳井正ユニクロを運営するファーストリテイリングの会長兼社長)です。僕が潜入取材した会社でいえば、ヤマト運輸だと数年ごとに交代するサラリーマン社長の会社なので、社長の色は弱い。

 でもユニクロは、どんな店長であっても背景に柳井の顔が見える。めちゃくちゃなことを言ってくるビックロの総店長なんて、“ミニ柳井”というか、柳井の物の考え方の体現者のつもりだったんじゃないかな。

「鳥の目と蟻の目があるのがいい」とほめられて

――ユニクロでいえば、横田さんは店舗で働いただけでなく、経営者のインタビュー取材もすれば、株主総会に行ったこともある。一方で新聞社の記者だと持ち場がありますよね。警察担当であっても捜査一課担当、四課担当などと分かれるように。

横田 そうですね。僕のようなフリーランスは、垣根なくどこでも取材ができます。『「トランプ信者」潜入一年』(2022年)の取材でアメリカに行ったとき、日本のメディアの記者もいましたけれども、彼らは予備選挙の初戦となるアイオワ州など、特定の州しか見ない。取材費をふんだんにもっているのにね。いろいろな州で話を聞いて回るのは僕くらいだったりする。

――横田さんの潜入ルポの特徴は、労働現場の体験記にとどまらないことです。

横田 もう亡くなられましたが、米原万里さん(通訳・エッセイスト)が僕の初めての潜入ルポ『アマゾン・ドット・コムの光と影』(2005年)の書評を読売新聞に書いてくれたことがあります。「この作者には鳥の目と蟻の目があるのがいい」とほめてくれた。それを読んで、そうか経営者を見る目と、労働の現場を見る目の両方を持つことが大事なんだと気付かされました。

 僕はもともと物流の業界紙(「輸送経済」)の記者だったのですが、そのとき、企業を知るには決算書をちゃんと読み、そこから物ごとを見ないといけないと教わりました。会社が引き起こす問題は、決算の数字を良くしようとした結果です。サービス残業などの労働問題だって同様です。

 でも、ある企業について書こうとするとき、決算書の数字ばかりを取り上げても仕方がないし、労働者の話一辺倒でも味気ない。会社や業界の歴史を含めて書いていかないと、なかなか面白い本にはならないですよね。

本人が知らなかった取材の申し込み

――『ユニクロ帝国の光と影』(2011年)に、柳井正インタビューが載っているけれども、あれは柳井さんの感情が豊かに書かれて、人間味がある。いいインタビューです。

横田 もともと週刊文春に載ったもので、校了日だったかに急に決まったインタビューなんですよ。

 このとき、僕は柳井の人物論を書くことになっていて、広報に彼へのインタビュー取材をお願いしては、断られ続けていました。それでも一言でいいのでコメントが欲しくて、東京・渋谷の大山町にある彼の自宅まで朝駆けに行った。家の前でずっと待っていたら、朝7時くらいに柳井正を乗せた車が出てきたんですが、警備員に「のけ、のけ」といった感じで追い払われましてね、結局、柳井の言葉は取れませんでした。

 そのとき初めて柳井は、自分のところに取材が来ていることを知る。車の中から僕を見て、「あれは誰だ?」と思ったんです。つまり、僕らはインタビュー取材を何回も申し込んでいたけれども、広報がストップをかけて、本人には知らせていなかった。ところがその朝になって柳井は週刊文春と僕が動いていることを知り、彼のほうから広報を通して文春に連絡して来たんです。

 僕は何の成果も得られず自宅に戻りまして、どうやって原稿を書こうかななんて思っていたら、担当の編集者から電話がかかってきました。「柳井さんが取材を受けてくれます。(当時ユニクロの東京本部があった)九段下まですぐに来て下さい」って。

「あなたがどんなふうに書くか見ていますよ」と言われた通り

――あれだけの大企業のトップが、当日にインタビューの時間を取ってくれたというのはいい話に聞こえます。

横田 いや、そういう甘い話ではない。柳井は一回くらい、横田とかいう奴の取材を受けてやって、太っ腹なところを見せてやろうと思ったんですよ。どういうふうに書くのかお手並み拝見という感じでね。

 当時のユニクロには浦(利治)さんという番頭のような人がいて、柳井のインタビューと相前後して彼が「柳井は恩義にうるさい人間なんです。あなたがどんなふうに書くか見ていますよ」みたいなことを言ってくるわけです。それでできた記事を見た結果、二度と柳井は僕の取材を受けない。だから僕は株主総会にまで彼を追っかけた。

 でも、あれはあなたのいうようにいいインタビューですよね。こういうざっくばらんな取材が10回くらい出来たら、面白い本になると思いますけどね。

ジャーナリズムとは報じられたくないことを報じること

――ユニクロに関するノンフィクションで対照的なのが、日経新聞編集委員の杉本貴司さんが書いた『ユニクロ』(2024年)です。

横田 杉本さんの本には「割愛」という言葉が2回出てきます。1つ目は、中国の工場や日本の店舗での労働問題については僕の著書に書いてあるので「割愛する」。2つ目は、それを出版した文藝春秋に対してユニクロが「虚偽の報道は看過できない」と訴訟を起こすが「裁判の詳細はここでは割愛する」。最高裁で文藝春秋が勝つんだけれども、この本にはユニクロの主張だけ書いて、裁判の判決については書いていない。

 読者は普通、その裁判はどうなったのか、気になるじゃないですか。敗訴したことについて柳井はどう思っているのか、当然書かれていない。この本は読者のほうを向いているのか、ユニクロのほうを向いているのか、どっちなんだということです。

「一九八四年」の作家、ジョージ・オーウェルの言葉に「ジャーナリズムとは報じられたくないことを報じることだ。それ以外は広報だ」というのがある。これを今回の『潜入取材、全手法』で紹介しました。口幅ったいことを言うようだけれども、柳井正に限らず、大企業の経営者というのは、権力者です。それをチェックする機能は必要だと思う。それがないとやりたい放題ですもん。

「守秘義務絶対主義」ユニクロ

――『潜入取材、全手法』を読むと、潜入ルポとは、物ごとを立体的に書くための手法であり、口を閉じる企業に口を開かせるための手法だとわかります。それにしてもユニクロは手強い。

横田 柳井正は自分の都合の悪いことには口を閉ざし、働いている人たちの口も閉じさせます。くわえて、メディアやジャーナリストの口を訴訟で封じようとする。ユニクロについて、なにか書こうとしたら裁判をちらつかせて封じる時期が一時期、確かにあったわけです。彼は情報も自分のものだと思っている。だからジャーナリストはきちんと見ていないと駄目ですよ。

――今回の本のなかでは、なんでもかんでも営業秘密だと言うユニクロのことを「守秘義務絶対主義」と評しています。

横田 店舗の朝礼でも「今の話は機密情報です。守秘義務にあたります」などと言っては、なんでもかんでも守秘義務扱いだとバイトの人たちに思い込ませる。そうすると大学生なんかは信じるじゃないですか。それで「もしも義務に違反してしまったら就職に響くんじゃないか」などと思ってしまう。

 ある大学で特別講義をしたときのことですが、講義の後に、女子学生が僕のところにきて「いま、ユニクロでアルバイトしているんです」と言うので、どこの店舗で働いているんですかって聞いたら「それはいえません」。バイト先の店舗名さえ、機密情報だと思い込んでいるわけです。

 こんな話もあります。「街録ch」というYouTube番組に出たとき、今までに潜入したアマゾンやヤマト運輸、ユニクロの話をしたんですよ。面白かったのがコメント欄。そこには「アマゾンでこんな酷い目に遭いました」とか、いっぱい書き込みがされるんです。けれども僕の見た限りでは、ユニクロについてのものは全然出てこない。

 それくらい、ユニクロで働いている人たちは、会社を恐れている。それでも週刊文春でユニクロの連載をしていたときは、情報提供が次々と来ました。大学生から「アルバイトを始めたら卒業するまで辞めちゃ駄目だと言われた」とかね。

潜入取材が顔見知りにバレそうになって…

――同じ潜入取材するにしてもアマゾンの倉庫などと違って、ユニクロの店だと顔見知りに遭ったりしそうだけれども、そうした経験は? 

横田 自宅の近くの店舗で働いているときに、息子の友達のお母さんが来たことがありましたね。ユニクロに潜入するためにわざわざ離婚して名字を「田中」にして働いていましたから、「あら、横田さん」なんて呼ばれたら大変です。

 そのとき僕はレジを打っていました。店にはレジが7台くらいあるのですが、そのお母さんが並んでいるのが見えて、向こうは僕のことに気づいていないけれども、だんだんと近づいてくる。レジ打ちって、ちょっとだけスピードを早めたり緩めたりできるんですよ。それでレジ待ちの状況を見ながら、僕のところに来ないように調整しまして、他のレジに行ってくれた。あのときはバレるかなと、冷や冷やしましたね。

 新宿のビックロは大きいですから、人混みに紛れる感じで顔見知りに会うことはなかったですね。そういう意味では都会は潜入取材に向いている。

 まあ、どこに潜入するにせよ、外見は普通なのがいいですよ。目立たないですから。

写真=志水隆/文藝春秋

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