【スプリンターズS】ルガル・西村淳也騎手 GI初制覇「レースのことは何も覚えていません」揺るぎない信頼でたどり着いた 約束の頂
悲願のGI初制覇 ルガルと西村淳也騎手(C)SANKEI
第58回スプリンターズS回顧
「こんなはずじゃないのに......」高松宮記念でルガルに騎乗した西村淳也はきっと、こう思っていたことだろう。
シルクロードSを制し、混戦模様とされたスプリント路線の中で主役の座を掴んだ春、高松宮記念でも1番人気に押されていたが、結果はまさかの10着。
いつものように好位に付けて流れに乗っていたにもかかわらず、直線ではいつものように伸びることはなかった。
レース後のインタビューでは「スタートは遅れずにスムーズに出ることはできましたが、直線で伸びませんでした」と言葉を絞り出すのが精いっぱいだった。
レースから数日後、ルガルの膝に骨折が見つかった。道悪馬場で伸びなかった理由はここにあったのかもしれないが、これ以降ルガルは休養入りを余儀なくされ、掴みかけたスプリント王の座から遠ざかってしまった。
それから半年後、故障も癒えたルガルは復帰戦にスプリンターズSを目指した。
掴みかけたスプリント王の座にもう一度挑戦するため、8月の終わりに栗東トレセンに帰厩すると、プールを併用しながらの慎重な調整を施し、焦らずじっくりと時間をかけつつ、負荷を強めてきた。
9月に入ると、ルガルの調子は目に見えてよくなり3週連続で坂路コースに入るとラスト1ハロンで11秒台を記録。
ストライドの大きいあの豪快なフットワークも徐々に戻ってきたルガルは重賞初制覇を果たしたシルクロードSのころと遜色ない仕上がりを見せていた。
もともと高松宮記念で1番人気になるほどの素質馬ではあったが......
今年のスプリンターズSには香港からの遠征馬を含めればGI馬が5頭もエントリーするという豪華なメンバーが揃い、他にも3連勝で勢いに乗るサトノレーヴ、悲願のGI制覇を狙うナムラクレアもいる。
春の高松宮記念での大敗、そして骨折明け緒戦ということが不安要素となったか、ルガルは16頭中9番人気。これまでのキャリアで最も低い評価しか与えられなかった。
(C)SANKEI
混沌としたスプリント路線を象徴するかのような曇り空の下で行われた今年のスプリンターズS。
人気を集めたサトノレーヴやマッドクールらが500キロを優に超える大きな馬体を揺らすようにパドックを闊歩し、続いてナムラクレア、ママコチャらの牝馬たちも好仕上がりをアピールするようにパドックを周回していた。
そんな中でルガルはと言うと、高松宮記念時よりもプラス2キロの526キロ。
生涯で最も大きな馬体重となったが、太目な感じは全くなく、サトノレーヴやマッドクールと比べてもそん色ないほどの馬っぷり。シュメール語で「王」の意味を持つ馬名にふさわしい、堂々たる風格をパドックで見せていた。
そんなルガルの王者の走りを、我々は間もなく見せられることになる。
スタート直後、ウイングレイテストや香港からやってきたビクターザウィナーら、外枠にいた馬たちがこぞって好スタートを切り、熾烈な先頭争いが繰り広げられた。
そうした先行争いの中、3歳馬のビューロマジックが先手を奪い逃げの体勢を取ると、そのすぐ後ろにウイングレイテスト、ビクターザウィナーが付けた。
ルガルが位置したのはまさにこの先行集団。逃げる2頭を見ながらの3番手という位置取りで、人気馬たちよりもだいぶ前のポジショニング。
ビューロマジックが気持ちよく逃げたことで前半の3ハロンは32秒1と過去10年でも最速となる超ハイペースに。
この日の中山は開催最終日らしく、適度に荒れていたため時計が出づらく、先行した馬が有利にレースを進める傾向があるとはいえ、ここまでのハイペースになるとさすがに前にいる馬たちには厳しい流れになるかと思われたが......ルガルはこのペースで本来の走りを見せてくれた。
迎えた最後の直線。3~4馬身のリードを保ったまま直線に入ったビューロマジックが逃げ切りを図る中、ただ一頭それを捕まえにいったのがルガルだった。
直線を向いてすぐに単独の2番手に浮上すると後続馬たちが伸びあぐねる中、ルガルは残り200mを過ぎたところでスパート。すると直線の真ん中を力強く伸びてきたルガルはビューロマジックを捕まえて先頭に立った。
残り100m。先頭に立ったルガルに襲い掛かろうと迫ってきたのが内を突いたトウシンマカオ、そして外からやってきたナムラクレアとママコチャ。
後ろで脚を溜めていた馬たちなのでルガル以上の末脚のキレを見せて迫ってきた。
並の馬なら、このまま差されてしまうことだろう。だが、ルガルは西村淳也の左鞭に応えるように脚を伸ばしていく。
鞭が一発、二発と入るたびに526キロの馬体が弾むように躍動していき、後続馬たちを寄せ付けない――その走りはまさに王者の走りそのものだった。
そして迫りくるトウシンマカオをクビ差封じて、ルガルは1着でゴール。
春に掴みかけてあと一歩のところでスルリと落ちていったスプリント王の座を自らの走りで取り戻してみせた。この馬を信じてコンビを続けた西村はゴール直後、馬上で天を仰いで喜びを存分にかみしめた。
「レースのことは何も覚えていません。直線も覚えていません」と、インタビューで語ったように無我夢中だった西村はただ無心で1分7秒0を駆け抜けたのかもしれない。
だが、ただただ無心で勝負に臨めた背景には、相棒ルガルへの揺るぎない信頼があったからに他ならないだろう。
名実ともに日本スプリント界の王となったルガルと西村淳也。若い人馬が刻んでいくストーリーはまだまだ始まったばかりだ。
■文/福嶌弘
第58回スプリンターズステークス(GI)着順
2024年9月29日(日)4回中山9日 発走時刻:15時40分
着順 枠順 馬名(性齢 騎手)人気
1着 7-13 ルガル(牡4 西村淳也)9
2着 1-2 トウシンマカオ(牡5 菅原明良)5
3着 3-5 ナムラクレア(牝5 横山武史)4
4着 3-6 ママコチャ(牝5 川田将雅)2
5着 2-3 ウインマーベル(牡5 松山弘平)7
6着 7-14 ビクターザウィナー(セ6 J.モレイラ)6
7着 6-12 サトノレーヴ(牡5 D.レーン)1
8着 5-10 ピューロマジック(牝3 横山典弘)10
9着 2-4 エイシンスポッター(牡5 A.シュタルケ)15
10着 4-8 モズメイメイ(牝4 国分恭介)11
11着 1-1 オオバンブルマイ(牡4 武豊)8
12着 4-7 マッドクール(牡5 坂井瑠星)3
13着 5-9 ムゲン(セ6 K.ティータン)13
14着 8-16 ウイングレイテスト(牡7 松岡正海)14
15着 6-11 ダノンスコーピオン(牡5 戸崎圭太)16
16着 8-15 ヴェントヴォーチェ(牡7 C.ルメール)12
※結果・出馬表・成績・オッズ等は主催者発表のものと照合してください。